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二章
2-21 誰か来て!
しおりを挟むミリオンベルの靴と、フルゲンスのブーツの音の二種類が、石畳の道に響く。
「……ベルさん?」
唐突に背後から声を掛けられ、二人は足を止めて振りかえる。そこにはジギタリスと、ふてくされたようなネモフィラがいた。
「と、フルゲンスさん」
「ジスさん、その人見つかったのか」
「おかげさまで。ご迷惑をおかけしました」
ジギタリスの隣にいるネモフィラは、不機嫌そうに頬を膨らませている。
「ジス先輩、サーセンっした!」
「ええと、これは?」
唐突に頭を下げたフルゲンスに戸惑ったように、ジギタリスは彼に視線を向けた。
「オレ、前の部署の事を引きずってて、でもそれって先輩は関係ねーじゃねーッスか」
「ま、まあ、そうなりますね」
「でも、八つ当たりしてたッス。ジス先輩、全然悪くねーッス」
フルゲンスは頭を下げたまま続ける。
「オレ、ちゃんとするッス。今までサーセンっした!」
「……サーセンが正しい謝り方かどうかはともかくとしても、謝罪は受け取っておきます」
ジギタリスは少しだけ面食らってから、頷いた。
「まぁ! 13枚なのに、謝りましたわ」
「んなもん、当然じゃねーッスか。悪い事をした方が謝るんス」
この場で一番驚いた顔をしたのは、ネモフィラだった。
鳩が豆鉄砲を食らったような顔で、ぽかんと口を開ける。何なら、本物の豆を口の中に放り入れてやれそうな程の表情だ。
尤も、今口に豆など入れれば、噛む事も忘れて大惨事が起きるかもしれないが。
「ネモフィラさん、私は先程、枚数で人を見るなと指導した筈です」
豆鉄砲フェイスを崩壊させたのは、ジギタリスだった。彼はネモフィラに冷たい視線を向ける。
「……申し訳ありませんでした」
彼女は頬を膨らませながら頭を下げた。相手は、フルゲンスではなく、ミリオンベルだ。
「……別に」
ミリオンベルはネモフィラを一瞥すると、直ぐに視線を外して、何でも屋の方へと歩みを進めた。
彼にとっては、1枚である事でどうこう言われる事は、それほど珍しくは無かったからだ。ふてくされた態度で謝られても、然程の興味も抱けない。
「ルース、帰ろう」
「ッスね」
無かった事にしてフルゲンスを誘った次の瞬間――
「だ、誰か! 誰か来て!」
女性の焦ったような大きな声。
一斉に四人で顔を見合わせると、声の方へと走り出す。どうやら近くの森から聞こえたようだ。
「あ、あの、あっちに……」
森の入り口には、女性が立っていた。
肩口のざっくりと開いた、独特なドレスのような服装。艶やかな長い黒髪に、ヘッドドレスをつけた、ジギタリスと同じ位の年齢に見える女性だ。
彼女は口元を片手で覆い、俯き気味に森の奥を指差す。
「何があったのですか?」
「男の子が……背の高い男性に、お、……襲われていて……」
緊張した様子で話す彼女をよくよく見ると、胸元には11枚の痣が刻まれていた。
「まあ!」
ネモフィラが痣を確認してから声を上げる。それを見て、ジギタリスが僅かに顔をしかめるも、「私は向かいます」と、ネモフィラ以外の二人に伝えた。
「オ、オレも行くッス!」
「……俺も」
「では、ネモフィラさんもご一緒に」
「ええ!」
フルゲンスとミリオンベルも行くつもりなのを確認してから、彼はネモフィラにも声をかける。現状でのお荷物をどうするかの判断をしたのだ。
「案内をして頂けますか?」
「え、ええ……」
独特な格好の女性はぎこちなく頷くと、ゆっくりとした足取りで案内をする。
「ところで、何故こんな所に?」
「わ、私、人を探していて……」
森の奥へと入っていく途中、ジギタリスは女性に尋ねた。
ネモフィラが物珍しそうにキョロキョロしているのは気になるが、変な行動を起こした時には直ぐに首根っこを摑まえる準備だけはしている。
「ぎ、義理の姉、何ですけど、……こ、こっちに男性と入っていくのが見えて」
フルゲンスが「マジッスかー」と、チャラチャラと相槌を打った。ミリオンベルは、ずっと口をつぐんだまま、黙々と一向に続く。
「それで、あの、そんな事は止めさせなければ、と」
「そんな事、というと、つまり」
「姉は、奔放な人なので」
ジギタリスがやや視線を逸らしたのとは反対に、フルゲンスが「マジッスかー!」と、先程の相槌よりも明るい声で口にした。
こういった事でテンションを上げてしまうあたり、見た目通りチャラチャラしている外見を裏切らず、中身もチャラチャラしているようだ。
「その姉を探していると、男の子が襲われているのが見えたものですから、思わず悲鳴を」
「悲鳴は、その場で?」
「ええ、その場で上げ、その、も、森の入り口まで走って来ました。そして、誰かいないかと、森の入り口で叫びました」
ジギタリスが僅かに眉を顰める。
「その割には、あの場所で息を乱している様子は見られませんでしたが」
「そうですか?」
女性は少しだけ首を傾げた。
「失礼ですが、お名前は?」
「ビデンス・エルフ・ブライトクロイツです」
ジギタリスの質問に、女性――ビデンスは名乗る。
何かを訝しんでいるのだろうか、と、ついて歩くミリオンベルは思った。もしかすれば、彼女が他ならぬ加害者なのではないか、と疑っているのではないかと考えたのだ。
と、同時に、こうして人を呼ぶことのメリットも想像出来なかった。この状況は、不可解だ。
「と、いう事は、義理のお姉様はアマリネ・ツヴェルフ・ボールシャイトさんで間違いはないでしょうか?」
「え、ええ」
ビデンスはぎこちなく頷く。尋問されているような、居心地の悪さを感じているのだ。
「ジス先輩、調書に書かれている人全員覚えてるんスか?」
「全員ではないですが、ある程度は目を通しているので」
「いやいやいや、目を通した位で覚えきれないッスよ! 国民何人いると思ってるんスか」
この場を明るくするのは、フルゲンスのチャラチャラした言動。彼は大げさなまでに驚いて見せる。
いや、見せるのではなく、事実驚いたのだろう。
この国での調査は、民間人は三ヶ月に一回、精術師及び魔法使いは二ヶ月に一回行われる。学生や未就学児を除いた国民全員が対象なのだ。
膨大な人数と、回数を重ねることにより何倍にも膨れ上がる調書の中から彼女達を探すのは、それだけでも骨の折れる事。それを探しもせずに、頭の中の引き出しを開けるだけで一致させる彼の脳は、驚愕に値する。
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