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二章
2-36 死ぬ程、殺したい程、憎い、妬ましい!
しおりを挟む「あら、いやだ。つるむ、だなんて」
「んもう、面倒くさい子ね」
「貴女に何かを言われたくはないわ。知ったような口を利かないで。私は貴女が嫌いなのだから。貴女さえいなければ、私は――」
「はいはい、ごめんなさいね。けれど、先に一仕事、終わらせてしまいましょう。長くは一緒にいたくないのでしょう?」
アマリネはてきとー感満載で宥めると、オレ達に向き直る。
「話は終わっていないわ」
「あら、そうなの? それじゃあたっぷりとお姫様に語ってあげて頂戴。その時間稼ぎくらいならしてあげるわ」
ビスは舌打ちをすると、魔法陣を描き始めた。時間稼ぎ、関係ねーじゃん! 攻撃準備するの、お前かよ!
「どうせお父様はあんたの方が好きだったのよ。可愛かったのよ。だって家にはあまり帰って来なかったけれど、そっちにはよく行ってらしたようじゃない!」
ひゅん、とオレ達を風の刃が襲う。
「伏せて下さい」
ジギタリスの指示通りに屈むと、隣で彼もネモフィラの頭を強引に下げさせながら屈んだ。
「あら、そんな事は無いと、いつも言っているのに。本当、しょうがない子」
アマリネの余裕そうな声を聞きながら、オレ達は立ち上がる。既に彼女の方へと飛んで行った魔法に対し、アマリネが魔陣符を構えていた。
「本当に、本当に本当に本当に本当に妬ましい! 妬ましいわ!」
アマリネからこちらに向かってくる魔法を躱して振りかえすと、二つ目の魔法がビスから放たれていた。
最初の魔法もまだ着弾していない。二つの魔法が地に落ちることなく、確実にオレ達を狙っていた。
どうも、ベルに置いて行かせたランタンの光で、狙いを定めやすくしているような気がする。
普通の状況であれば、それはこちらからしても同じ事だったのだろう。まして相手は女の子で、こっちにはなんかすげー強いジスがいるのだから。
そこから考えるに、ベルにこれを置いていくように指示したのは、単に助けを呼ぶの遅くするためだけではなさそうだ。
「幸せな人が妬ましい。恵まれている人が妬ましい」
ジギタリスは必死にネモフィラを庇いながら、魔法を躱す。オレも、一人で躱すのが精いっぱいだ。
それなのに、ついには三つ目の魔法も描かれ始めた。
「そこの女のように、何不自由なく暮らして、何も疑問に持たず、人におんぶにだっこで生きて迷惑をかけても自覚すら出来ず、ただのうのうと自分の人生だけを楽しんで、他者を見下してそれにすら気付かず、人を傷つけるだけ傷つけ、幸せである事を知らずに最高の環境で持て囃されるだけ持て囃され、いいように使われているだけなのに笑って生きているような奴が、死ぬ程、殺したい程、憎い、妬ましい!」
ビスは歪んだ顔で憎々しげにネモフィラを睨みつけながら、がなり立てた。
がなり立てながらも放たれたのは――三つ目。
どうにかしないと、と、思っているのは、オレもジギタリスも一緒だ。
何とか攻撃に転じる為に、ジギタリスはネモフィラを放した。瞬間――彼女は狙い澄ましたかの様にするりと腕を抜け、ビスの方へと走り始める。
何考えてるんだ、あのバカ!
「わ、わたくしだって、わたくしだって管理官ですわ!」
半ば叫ぶようにしながら、腰のサーベルを引き抜く。
「てめぇ、待ちやがれ!」
ジギタリスは回り込むつもりだったのだろうが、運悪く……なのか、狙ってだったのかまでは定かではないが、ネモフィラへと向かえないようにする配置で魔法が襲い掛かった。対してオレの方には何もない。
オレは必死に腕を伸ばして首根っこを摑まえようとしたが、唐突に石のようなものに足を取られて、盛大にずっこけてしまった。痛ぇ……。
何なんだ、と視線を向けると、今まであったとは思えない程大きな石が転がっている。これ、まさか!
振り返ると、アマリネが微笑んでいた。あいつ、こっそりこんな魔法まで使いやがったな!
「クルトさん、そのまま動かないで下さい!」
ジギタリスの言葉に従うと、彼はオレの上をひょいっと飛び越えて、ネモフィラの方へとショートカットしたようだった。
顔をあげると、ネモフィラはビスにサーベルを振るっていたが、どうにもあっさり避けられた所のようだ。その首根っこをジギタリスが引っ掴むと、ネモフィラが「うぐっ」と声を上げるのも構わずに引き倒す。
今の、圧倒的に不利な状況でオレに出来る事は何だ? 一々ネモフィラが邪魔して、そのネモフィラがひたすら狙われる今、オレが出来る事は、何なんだ。絞り出せ、オレ。
「んなもん、オレが魔法ぶっ叩けばいいんだろ。頼むぞ、ツークフォーゲル」
この状況で問題なのは、増え続ける魔法と、魔法を相殺できない部分だ。オレはツークフォーゲルに祈ると、精霊石を槍の姿へと変えた。
「あら、嫌だわ」
アマリネの余裕たっぷりの声を聞きながらも、オレはそっちに一気に加速した。
だが彼女は、オレが槍を振るうよりも先に、ほんの少しだけ位置を変えた。……木の陰に。
そこで、魔法陣を描き始めた。
しまった! ここは森で、開けた場所ではない。オレの武器は槍で、木々の多いこの場所ではどうしても動きに制限が出るだろう。何でオレ、もっと早く気付かなかったんだよ!
でも、オレの武器は槍だけじゃない。
「我はツークフォーゲルの名を継ぐ者。ツークフォーゲルの名のもとに、風の精霊の力を寸借致す。あいつに風を!」
だったらせめて、あの魔法を相殺してやる。何の魔法だか知らねーけど!
『おっけー』
『クルトのたのみとあらばー』
オレに向かって放たれたのは、今度は水の塊だった。ツークフォーゲルの返事とほぼ同時にこっちに来た水の塊は、きっと風で蹴散らせる。
「な――」
そんな風に感じたのは、オレの誤算であった。
水の塊と風とが真っ向勝負となると、その塊は細かく弾け、この場に雨のように降り注ぐ。
「きゃっ」
降り注ぐ水はオレ達を濡らす。
それだけではなく、足元をぬかるませた。どうもぬかるみに足を取られたようで、後ろでべっちゃりとネモフィラが転んでいた。
さっきジスに引き倒されたところから折角体勢を整えたのだろうに、悪い事をしたな……。
「丁度良いわ。やるじゃない、クルト君」
ニタ、とビスが笑う。彼女の指先には、既に魔法陣が描かれていた。
オレ達の周りには、既に何回か魔法が着弾したようで、キラキラとした光の粒が光って照らしている。
「――チッ」
様々な攻撃を躱して状況を好転させようとしていたであろうジギタリスが舌打ちをする。ご、ごめん。
そうしながら、彼はネモフィラを庇う為に屈んで彼女の肩を掴んで引きずった。
ビスの魔法から逃れる為か、と思ったのも束の間。直ぐ隣の植物を凪ぐ魔法が放たれた。アマリネのものだ。
二人の魔法は、執拗にネモフィラばかりを狙う。オレやジギタリスには、けん制程度に来るが……この場で一番弱いのはネモフィラで、一番バカみたいにかかっていくのもネモフィラ。厄介だ。
二人の白い制服は、もう、ドロドロだし。
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