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二章
2-39 こっそり開発してた魔法があったんッスよ
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夜の森は暗くて不安だ。
ミリオンベルとフルゲンスは、身を寄せ合うようにして魔法から逃れ、ゆっくりと進む。
「大丈夫ッスか?」
「……り……」
フルゲンスが尋ねると、ミリオンベルは小さな声で返す。
暗い中では見えないが、おそらくは今、真っ青な顔をしているのだろう。ミリオンベルの身体はガタガタと震え、彼からは不規則な息使いが聞こえた。
「ん?」
「も、……む、り……」
出来るだけミリオンベルに心配をかけさせまいと、出来るだけ明るい声を出しているつもりだった。だが、ミリオンベルは小さく頭を振る。
「よっしゃ、オレがおぶるッス」
「……やだ」
フルゲンスから、どくどくと血が溢れているのは、ミリオンベルもよく知っていた。パニックになっている今の状況であっても、だ。
何しろ身を寄せ合うように、支え合うようにと歩いていたのだ。必然的に、ミリオンベルの腕や腹、足などを、フルゲンスの血が濡らしている。
「やだ、やだ……ルース、しんじゃう……」
「死なねーッス」
フルゲンスは、ミリオンベルの肩をポンポンと叩きながら、努めて明るい声を出した。
「ベル、しっかりするッス」
「おとーさん、どこぉ……」
「ベル、大丈夫ッスよ」
進むにつれ、どんどん震えが強くなる。
「いたいの、やだぁ……」
「大丈夫ッス。痛くねーッス」
震えとともに、じわじわと流れる冷や汗。ついにミリオンベルは、その場で膝をついた。
「ベル、聞くッス。オレ、ちゃんと大丈夫なんッス」
説得の為、フルゲンスもしゃがみ込む。
「オレ、実はずっとこっそり開発してた魔法があったんッスよ」
半ば抱きしめるように伝えようとするも、ミリオンベルの様子が変わることは無い。
「肉体の強化が出来るんなら、回復力をあげる事も出来るんじゃないか、って思ってて」
それでもフルゲンスは、ちゃんと伝えようと言葉を続けた。
「それが出来上がったら、ベルがもしあの武器を使っても安心かも、って思ってたんッス。それの試運転、みたいな感じで、今回オレに使ってみてたんスよ。あの倒れてた時に」
ミリオンベルは聞いているのかいないのか。震えたまま、ひっく、としゃくりをあげた。ついには泣き出してしまったようだ。
「ま、この通り、傷が治る所までには至ってないわけなんッスけど」
フルゲンスは出来るだけ元気づけようと、せめて歩ける位までには安心させてやろうと必死に話す。
「でも、ちゃんと動けてるじゃないッスか。だから、大丈夫ッス。ベルくらい、おんぶでも抱っこでも出来るッス」
「……いたいの、やだ……」
この場合の「痛いの」は、果たしてフルゲンスの話だったのだろうか。彼は首を傾げつつも、ミリオンベルの反応を待った。
「こわい……おとーさん、どこ……おとーさん」
「大丈夫ッス! 今からフー先輩の所に行くんスから」
「おとー、さん……」
お父さんがフリチラリアを指す事は、フルゲンスは知っていた。そうでなければ、父に頼ろうとする事等、ありえないからだ。
そして何より、ミリオンベルが養子に来たころの事は、彼もよく覚えていたのだから。
「……しゃーねーッス」
この状況じゃ、ミリオンベルが動けるようになるのはありえない。きっと、意識を失ってしまう方が早いだろう。
そうなった場合、ここは森だ。何の危険もないとは思えない。
「今のオレじゃ、どこまで持つかわかんねーッスけど」
フルゲンスは宙に魔法陣を描き始めた。
「ほら、ベル。明るいッス」
描き出した魔法陣からは、発光する丸い氷のような塊が転がり落ちた。
基本的には一直線上にしか進まない魔法だが、その塊は球体。光る氷を作り出した彼は、それを持ち上げる。かなりひんやりとした。
今の彼に残った体力では、13枚と言えども、光はそれほど長くは持たないだろう。それでも、無いよりはマシだった。
「……あか、るい」
「ッス! とっとと抜けちゃうッスよ」
この氷が溶ける前に。
フルゲンスは、氷で手を冷やし続けないようにと、手と光る球体の間にハンカチを挟めた。
「……う、ん」
「よし、行くッス」
震えるミリオンベルの手をとって、フルゲンスは進む。
腹の傷はズクズクと痛むし、血は止まらない。体力の回復に使っていた部分は、新たに使った魔法に半分ほど持って行かれた。
もしもこの場に一人なのであれば、きっと大の字になって転がり、助かったらラッキーとばかりに目を閉じていただろう。だが今は、友人であるミリオンベルが隣にいる。
暗闇に震えるミリオンベルを助けられるのは、フルゲンスだけだ。
これが、彼の原動力となり、ミリオンベルを支えながら歩く。
ざくざくと草を踏む音。僅かに立てられる虫の羽や足音。暗い森に差し込む僅かな月の光。
それから、フルゲンスの作り出した光る氷。
これだけが、この世界にある全てのようにすら思えた。
「大丈夫ッスか?」
「…………うん」
大丈夫ではなさそうだった。
ミリオンベルからは冷や汗が流れ、震えが治まる様子はない。それでも、前へ前へと進む足に、フルゲンスは僅かながらほっとした。
進まなければ、フリチラリアの元へ送り届けることも、ジギタリスたちの応援を頼む事も出来ないのだ。
静かな森を必死に歩く。
ようやっと森を抜けそうになった頃には、フルゲンスの持った光の氷は溶けてしまった。代わりに、僅かながら街の明かりが見えて、ほっとしたのは確かだった。
「はーい、こんばんは。1枚くん」
ほっとしたのは、束の間の出来事だった。
街の入り口には、見覚えのあるファッションセンスの男が立っていたのだ。
蛍光イエローのドット柄は闇の中で仄かな明かりを放ち、彼の顔を照らす。
「ベル、知り合いッスか?」
「…………サフラン」
「マジッスか」
ミリオンベルは、彼の顔を知っていた。忘れるはずもない。ヴルツェル村では、散々酷い目に遭わされたのだから。
名前を呟くと、フルゲンスは露骨に顔を顰めた。
ミリオンベルとフルゲンスは、身を寄せ合うようにして魔法から逃れ、ゆっくりと進む。
「大丈夫ッスか?」
「……り……」
フルゲンスが尋ねると、ミリオンベルは小さな声で返す。
暗い中では見えないが、おそらくは今、真っ青な顔をしているのだろう。ミリオンベルの身体はガタガタと震え、彼からは不規則な息使いが聞こえた。
「ん?」
「も、……む、り……」
出来るだけミリオンベルに心配をかけさせまいと、出来るだけ明るい声を出しているつもりだった。だが、ミリオンベルは小さく頭を振る。
「よっしゃ、オレがおぶるッス」
「……やだ」
フルゲンスから、どくどくと血が溢れているのは、ミリオンベルもよく知っていた。パニックになっている今の状況であっても、だ。
何しろ身を寄せ合うように、支え合うようにと歩いていたのだ。必然的に、ミリオンベルの腕や腹、足などを、フルゲンスの血が濡らしている。
「やだ、やだ……ルース、しんじゃう……」
「死なねーッス」
フルゲンスは、ミリオンベルの肩をポンポンと叩きながら、努めて明るい声を出した。
「ベル、しっかりするッス」
「おとーさん、どこぉ……」
「ベル、大丈夫ッスよ」
進むにつれ、どんどん震えが強くなる。
「いたいの、やだぁ……」
「大丈夫ッス。痛くねーッス」
震えとともに、じわじわと流れる冷や汗。ついにミリオンベルは、その場で膝をついた。
「ベル、聞くッス。オレ、ちゃんと大丈夫なんッス」
説得の為、フルゲンスもしゃがみ込む。
「オレ、実はずっとこっそり開発してた魔法があったんッスよ」
半ば抱きしめるように伝えようとするも、ミリオンベルの様子が変わることは無い。
「肉体の強化が出来るんなら、回復力をあげる事も出来るんじゃないか、って思ってて」
それでもフルゲンスは、ちゃんと伝えようと言葉を続けた。
「それが出来上がったら、ベルがもしあの武器を使っても安心かも、って思ってたんッス。それの試運転、みたいな感じで、今回オレに使ってみてたんスよ。あの倒れてた時に」
ミリオンベルは聞いているのかいないのか。震えたまま、ひっく、としゃくりをあげた。ついには泣き出してしまったようだ。
「ま、この通り、傷が治る所までには至ってないわけなんッスけど」
フルゲンスは出来るだけ元気づけようと、せめて歩ける位までには安心させてやろうと必死に話す。
「でも、ちゃんと動けてるじゃないッスか。だから、大丈夫ッス。ベルくらい、おんぶでも抱っこでも出来るッス」
「……いたいの、やだ……」
この場合の「痛いの」は、果たしてフルゲンスの話だったのだろうか。彼は首を傾げつつも、ミリオンベルの反応を待った。
「こわい……おとーさん、どこ……おとーさん」
「大丈夫ッス! 今からフー先輩の所に行くんスから」
「おとー、さん……」
お父さんがフリチラリアを指す事は、フルゲンスは知っていた。そうでなければ、父に頼ろうとする事等、ありえないからだ。
そして何より、ミリオンベルが養子に来たころの事は、彼もよく覚えていたのだから。
「……しゃーねーッス」
この状況じゃ、ミリオンベルが動けるようになるのはありえない。きっと、意識を失ってしまう方が早いだろう。
そうなった場合、ここは森だ。何の危険もないとは思えない。
「今のオレじゃ、どこまで持つかわかんねーッスけど」
フルゲンスは宙に魔法陣を描き始めた。
「ほら、ベル。明るいッス」
描き出した魔法陣からは、発光する丸い氷のような塊が転がり落ちた。
基本的には一直線上にしか進まない魔法だが、その塊は球体。光る氷を作り出した彼は、それを持ち上げる。かなりひんやりとした。
今の彼に残った体力では、13枚と言えども、光はそれほど長くは持たないだろう。それでも、無いよりはマシだった。
「……あか、るい」
「ッス! とっとと抜けちゃうッスよ」
この氷が溶ける前に。
フルゲンスは、氷で手を冷やし続けないようにと、手と光る球体の間にハンカチを挟めた。
「……う、ん」
「よし、行くッス」
震えるミリオンベルの手をとって、フルゲンスは進む。
腹の傷はズクズクと痛むし、血は止まらない。体力の回復に使っていた部分は、新たに使った魔法に半分ほど持って行かれた。
もしもこの場に一人なのであれば、きっと大の字になって転がり、助かったらラッキーとばかりに目を閉じていただろう。だが今は、友人であるミリオンベルが隣にいる。
暗闇に震えるミリオンベルを助けられるのは、フルゲンスだけだ。
これが、彼の原動力となり、ミリオンベルを支えながら歩く。
ざくざくと草を踏む音。僅かに立てられる虫の羽や足音。暗い森に差し込む僅かな月の光。
それから、フルゲンスの作り出した光る氷。
これだけが、この世界にある全てのようにすら思えた。
「大丈夫ッスか?」
「…………うん」
大丈夫ではなさそうだった。
ミリオンベルからは冷や汗が流れ、震えが治まる様子はない。それでも、前へ前へと進む足に、フルゲンスは僅かながらほっとした。
進まなければ、フリチラリアの元へ送り届けることも、ジギタリスたちの応援を頼む事も出来ないのだ。
静かな森を必死に歩く。
ようやっと森を抜けそうになった頃には、フルゲンスの持った光の氷は溶けてしまった。代わりに、僅かながら街の明かりが見えて、ほっとしたのは確かだった。
「はーい、こんばんは。1枚くん」
ほっとしたのは、束の間の出来事だった。
街の入り口には、見覚えのあるファッションセンスの男が立っていたのだ。
蛍光イエローのドット柄は闇の中で仄かな明かりを放ち、彼の顔を照らす。
「ベル、知り合いッスか?」
「…………サフラン」
「マジッスか」
ミリオンベルは、彼の顔を知っていた。忘れるはずもない。ヴルツェル村では、散々酷い目に遭わされたのだから。
名前を呟くと、フルゲンスは露骨に顔を顰めた。
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