窓を開けろ!

二ノ宮明季

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窓を開けろ!

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「布団がふっとんだ」

「あはは、あはははははは!」

 何故かオレは、たったこれだけの言葉で笑ってしまう。

 それも、教室の扉にこんなくだらないギャグを言われて、だ。

「ゾウは強いっぽいゾウ」

「ぽいって何だよ、ぽいって、あははははは!」

 教室を飛び出したオレに、今度は廊下が語りかけた。

 全く持って、これっぽっちも面白くは無い。面白くは無い筈なのに、自分の意思とは反して笑いが込み上げ、自動的に腹筋を鍛えてくるようだった。

 そう、オレは幽霊に呪いをかけられた。

 チラっと横を見ると、半分透けた女の子が「きゃはははは」と笑いながら俺を指差している。

 こいつが諸悪の根源。オレに頼みごとをしたがすげなく断られ、腹いせに全ての物がギャグを言っているように聞こえる呪いをかけた張本人。

 オレは何故、こいつの言う事を聞けなかったのか。

 ほんの数cm、窓を開けてくれ、という望みを。





 事の起こりは、たったの数分前。

 授業中に寝こけて、気がついたら放課後。誰もいない。これはマズいと帰り支度を整えていると、半透明の女の子が目の前に現れた。

 この時点でおかしなことを言っているのは分かる。分かるが、事実なので仕方がない。

「やっほー。逢魔が時だよ」

「……」

 オレには見えない、見えていない。そう、必死に自己暗示をかける。

「ねぇねぇ、実はあたし、うっかり学校から出れなくなっちゃったから、そこの窓を数cm開けて欲しいんだよね」

 オレには見えない、聞こえない。

 自己暗示を繰り返し、オレは鞄を手に、完全スルーを決め込んだ。見事なスルー力で、スルー検定なら一級を取れる出来栄えだったと思う。

「おーっと、無視とは、無視できませんなぁ!」

 半透明の彼女は、そう言いながら唐突にオレの前に現われる。完璧なスルーを見せつけたオレの前に、回り込んできたのだ。

「呪っちゃうよ!」

 呪うってなんだよ。一応そこは飲み込んで、無視して教室を出ようとした瞬間――

「布団がふっとんだ」

「あはは、あはははははは!」

 何故かオレは、たったこれだけの言葉で笑ってしまったのだ。それも、教室の扉にこんなくだらないギャグを言われて、だ。

 いや、教室の扉がギャグを言うって何だよ!

「全ての物にギャグを言われて、笑いたくもないのに笑っちゃう呪いをかけたよ。解いて欲しかったら、昇降口近くの窓を数cm開けてね」

 彼女はそう言うと、ニヤニヤ笑いながらオレにまとわりつく。

 半透明なだけあって、纏わりつかれている感覚は全くない。

 しかし、とにかくどうにかしなければ帰れもしない。オレは教室を飛び出した。

「ゾウは強いっぽいゾウ」

「ぽいって何だよ、ぽいって、あははははは!」

 教室を飛び出したオレに、今度は廊下が語りかけた。

 全く持って、これっぽっちも面白くは無い。今一番面白いのは、しいて上げるなら無機物がオヤジギャグを言っている事だ。

 ごめん、やっぱり面白くない。

 ここは三階。当然ながら、昇降口は一階。

 オレは無事辿りつけるのかと、意思に反してピクピクと動く腹筋を抱え、転がるように走る。

「うわっ!」

 廊下に設置された水道に差し掛かった当たりだった。

 唐突に勢いよく水が飛び出し、オレにかかる。雨でもないのに濡れた日になってしまった。

「水も滴るいい男!」

「べつに良くなっても無いけどね!」

「やかましいわ! こんなの、わらっ……笑うはず……あはははははは!」

 もはやギャグなのか何なのか分からない。

 面白くは無い、なのに何故か笑わずにいられない。教室を出る時、時計の短針は6を指していたはず。そんな時間に水を突然かけられて笑う。

 これ、オレが都市伝説じゃないの。七不思議なんじゃないの!?

 必死に走って、階段へと差し掛かる。

「段階的に階段を踏む」

「全然意味が分からない! わからない、のにっ……!」

 オレは堪えられずに笑いながら、必死に階段を下りる。ひっきりなしに階段は「階段で会談」「そして会談で冗談」などと訳の分からない事を言い続けた。

 勿論、オレはそれが面白いとは思わない。

 思わないのに笑いが止まらず、ひたすら「あははは」と笑い声をあげながら、一気に一階へと向かって降りた。

「いやー、愉快愉快!」

 オレには、半透明な女の子が尚も纏わりついていた。

 愉快じゃない! そう言いかえしてやりたいのに、オレからは「ひーひー」と「あはは」の笑い声以外が出る余地が無くなっていた。

 いや、だが、それももうすぐ終わりだ。

 必死に階段を下りると、昇降口は直ぐそこ。斜め向かい側にある窓が、この幽霊的な女の子が指定した窓だ。

「ダジャレを言うのはダレじゃー」

「おっ、おっ……お前ら、だよ!」

 オレは渾身の力で、ギャグを言ってきやがった窓ガラスをガラッと開けた。

「あー、面白かった!」

 オレにまとわりついていた女の子は、きゃっきゃと笑いながら壁に凭れかかるような恰好をする。

「ねぇ、ここを開けたって事は、あたしが見えてるし、あたしの声が聞こえてたんだよね」

「……おう」

 もう、スルー検定落ちてる。絶対落ちてるけど、どうでもいい。

「うんうん、素直で結構結構、コケコッコー」

「おま、えも……言うのかよ……ふ、ふひっ、あははは!」

 ズルいだろ。窓開けたじゃん! 追い打ちかよ!

「いやー、傍にいてくれるだけでこんなにも面白いなんてね」

 オレがゼーハーと肩で息をしているのを見ながら、女の子はにまーっと笑う。いてくれる、じゃ、ないだろ。お前が勝手にいたんだろ。

「ねぇ、これ、数cmじゃないんだけど」

「悪かったよ!」

 半ば怒鳴る様にして、オレは全力で開けた窓を、数cmまで狭めた。

「ありがと。じゃ、また面白そうな大義名分でからかうから。じゃーねー!」

「じゃーねー、じゃねーよ! 嘘だろ!?」

 結局、窓を開けようが開けまいが、状況は変わらなかったのだろう。

 彼女はきゃっきゃと笑うと、するっと消えて行った。それと同時に、オレの笑いの衝動、無機物からのギャグも消える。

 逢魔が時って怖い。居眠りは控えよう。

「もう、疲れた」

 笑いまくったせいで疲れた身体は、廊下に密着していた。いや、でも、帰らないと。

 よろよろと立ち上がり、窓を閉める。

 こうして元のオレに戻ったのは、今まで数々の試練を与えて来た「そいつ」を黙らせることの出来たあかしだ。一刻も早く帰りたいと、オレは鞄を片手に、フラつく身体で学校を後にしたのだった。 
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