Daily〜水曜二十時、この場所で〜

ミダ ワタル

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其の四.それでは、また水曜日

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 この世には、悪霊退散・妖怪退治・解呪に占いといった類を生業にする家や者がいる。
 私の家は、特定の場所に障るような魔を退け霊を成仏させる掃除屋である。
 箒で落ち葉を掃くように、こちらの障りをあちらへと移して片付ける。
 もしくは僧侶らしく諭して消えてもらう。
 こういった、どこへもやれない話も通じないようなものはあまり向かない。
 調伏もできないこともないが、その手のものは十和にはきっと敵わない。
 業界内で色々と住み分けがあり、互いに干渉することも基本ない。
 ただ狭い世界なので、稀に遭遇してしまうことはある。

「しゃーない。小寺さん、姿見せない・依頼受けない・お値段高いで有名だし。こっからは担当変更ってことで」
「大物専門の祓い屋に人のこと言えるか」

 八月一日ほずみとは、穂積みだ。
 実る稲穂を積み神に供え、災厄を避け豊作を祈るための稲塚。
 その姓は、古くから神事に関わる一族に多いという。
 神職の娘が、何故カトリックの私立女子校に通っているのだかではあるけれど。

「ぽんこつなんだから仕方ないじゃんっ。なのにもー、本当、どうして寄ってきちゃうかなぁーこういうの」

 古今東西の神話において悪鬼も悪竜も生贄の娘を欲する話は数多いが、どうも奴らは奴らを祓い滅する巫女を恐れる一方望みもするらしい。

「さて、と。それじゃあ、神様」

 駐車場の中央付近へ進み出て、十和は朗らかにそう言った。
 よく通るその声に応じるように、晴れていたはずの夜空に暗く重い雲がたち込めだし、重なりの間でごろごろと低く唸り出す。
 まだ眼鏡をかけずにいるから、塗り替えられるように変化していく周囲の気配が肌で感じられた。
 祓い屋の家系として業界では名門だ。
 不快な生温い空気を追いやるように、微かに冷涼な風が吹く。
  
けまくもかしこ伊邪那岐大神いざなぎのおほかみ筑紫つくし日向ひむかの橘の小戸をど阿波岐原あはぎはらに、御禊みそぎはらたまひし時にませ祓戸はらへど大神等おほかみたち……えーと」

 祓詞の途中で、人差し指を顎先に当てて、真っ黒になって稲光を走っている上空を見上げて、悩むように目を閉じてうーんと黙ってしまった十和に、止まるな……と胸の内で思わずつっこんでしまう。
 まったく本人が言うだけあって、不器用というかぽんこつ過ぎるというか。
 持っていた眼鏡をかけて、スーツのポケットに入っている財布から会計したばかりのレシートを取り出し読み上げる。

伊吹之市いぶきのし比良坂町ひらさかちょう西山之丘にしやまのおか、四丁目四番地四号っ」
「あー! ありがとーっ! 小寺さんっ」

 彼女の方が余程強い。強いのはいいが、しかし力を借りる神々の影響範囲が広すぎる。
 そのため対象や位置情報を指定しなければ、ピンポイントで祓い滅したいまとに当てられない。
 
伊吹之市いぶきのし比良坂町ひらさかちょう西山之丘にしやまのおか四丁目四番地四号の地に」

 雷鳴轟く夜空に呼応するように、きりきりと駐車場一帯が張り詰めていく。
 眼鏡がなかったらきっと当てられている、いや、かけていても総毛立つような痺れが皮膚をぴりぴりと刺激する。
 それにこの圧。まるで空間ごと絞られていくように渦巻く赤黒いもやが凝縮されていくのを、ただ呆けたように見ていることしかできない。

諸諸もろもろ禍事罪穢有まがごとつみけがれあらむをば、はらたまひ清めたまへとまおす事を聞こし召せと、かしこかしこみもまをすっ!」

 ぱん! ぱん!
 張り詰めていた一帯を、不意に柏手を打つ音が破った刹那。
 音もなく、強烈な閃光に周囲が染め上げるように照らされた。

「くっ……!」

 ファミレス店のネオン看板が剥がれ飛ばされそうなほどの強風が吹いて、ぴたりと止む。
 踏みしめた足の力を緩め、眩まないよう細めた目を戻せば、嘘のように静かでまるで何事もなかったかのような、薄暗いただの駐車場の風景だった。
 凄まじいが、やはりぽんこつ過ぎる……。

「週も半ばでありえない疲労感」

 やれやれと、足元に気を失ったまま転がっている少年を見下ろす。
 その怪我の様子を注意深く見る。
 複数回は首の骨が折れ、顔面損傷、全身複雑骨折しかねないことをし、霊障でありえない動きをしていたが、幸い憑かれいる間はそこまで大事には至らない。それに禍事罪穢まがごとつみけがれの内に入るらしい。
 少々派手に転んだ程度の怪我で済んでいた。
 数日、顔が腫れ上がりそうではあるが、低級霊に喰い殺されるよりはましだろう。

「小寺さーん、大丈夫ー?」
 
 両腕を上げて手を振りながら、ぴょんぴょん跳ねている十和に目をやって、あれに心惹かれたばっかりに災難だなと少年に同情するが、とはいえ18禁怪文書の少年でもある。
 低級を引き剥がす際に七度唱えた真言に、十和の祓詞と一夜の内にこれだけ神仏の加護を賜ったのだ。
 歪みと鬱屈を抱えた精神性根と煩悩を払拭し、光ある方へ導かれんことを。
 そんなことを思いながら、今度こそ帰ろうと車へと足を向ける。
 かわいそうだが、少年はこの場に放置だ。
 もっとも憑かれている間のことは、曖昧模糊としてやがて忘却の淵へと流れ落ちていくことだろう。

「じゃあ、縁があったらまた水曜日」
「来ませんよ。今回という今回は懲りました」
「ふうん。それならそれでいいけどー」

 また人の車のボンネットに、今度は突っ伏すように張り付いている十和に危ないとぼやき、車のドアを開けてふと嫌な考えがよぎった。
 まさか。
 私自身も、引き寄せられているのではあるまいかと。
 見えないものが視え、感じられないものを感じられる。
 血縁者の誰も持たない、これは私だけが持って生まれた異能だ。
 人として生きていくには、あまりよろしいものではない。

「いや、ないない」
「小寺さん?」

 フロントガラスからこちらを覗きこむように、ひょっこり伸ばした首を傾げて車に乗り込んだ私を不思議そうに見つめている十和に、とにかくないですと答えてドアを閉める。

「なにがー?」
「なんでもありません。危ないですよ」

 ドアの窓を開けて注意すれば、了解とばかりに敬礼のように額に手を当てて十和は車から離れた。

「くれぐれも無事に暮らしてください」
「はーい、ご心配なくー」
「それじゃ、十和さん」
「うん」

 特ににこりとはせず、それでも胸元で小さく手は振る。
 そして、車が動き出す前にさっさと背を向けて十和は帰路に着いた。
 こちらを振り返ることはない。
 ブルブルと鳴るエンジンの音を聞きながら、小さくなった彼女の後ろ姿が見えなくなるまでの間の、この妙な後ろ髪を引かれるような感傷めいた気分はなんなのだと顔を顰めて、私は大通りへと車を出した。

 ◇◇◇◇◇

 無人になったオフィスの中心から全体を見回し、私は八方へ手刀を切るように消灯確認をして、かけている眼鏡の位置を軽く直しエレベータホールへと出る。 
 恨みがましい呻き声に似た音をモーターが立てるエレベータで、三階から一階へ。

「お疲れ様です」

 避難経路を示す緑色の光だけが目立つ、薄暗い廊下を曲がったところで警備員の制服を着た初老の男に声を掛けられた。今年、勤続九十五年を迎えるらしい。シルバー採用の嘱託職員。
 続く廊下の向こうがその体から透けて見える。

「お疲れ様です。あまりひと所から動かないのはおすすめしませんけどね」
「いやあ、まだまだ。小寺さんがせめて課長になるまでは見届けなきゃあ」
「当分先だと思いますよ」

 階段から転落事故を起こして亡くなった職員の地縛霊。
 役所で亡くなったわけではなく、病院に運ばれて数日後だったそうだが気がつけば役所にいたのだという。
 勤続九十五年だ。偉い人たちがどうだったああだったとか、役所に憑いた後の人に言えないあれこれだとかを、たまの暇つぶしに教えてくれる。
 いまのところ害のない、地縛霊らしからぬ陽気な御仁なので特になにをしようとも思っていない。

「まあ、悪霊になっちまったらよろしく頼むよ」
「そうなる前に成仏コースを強く推奨します」
「あはは、考えとくよ。小寺さん、退勤時に所内清めてくれるから居心地よくてねえ」

 いや考えとくよ、ではないのだが。地縛霊に清めた場所で馴染まれても困るのだが。
 警備の任に戻ってしまった陽気な御仁に、まったくと呆れる。
 この世は生者の世界である。
 だから、これが私ではなくよからぬ考えの暴漢だったらなにも出来はしないというのに。
 市役所だけに、様々な事情を抱えた、不特定多数の人の出入りがある。
 そういった場所はいらないものも呼び込みやすい。
 厄災の芽は摘んでおいた方がいい、最終の消灯火元確認ついでに清めているだけだというのに。
 
「そういえば、水曜日か。若い人はいいねえ」

 どこからか空耳のように聞こえてきた陽気な御仁の言葉に、掛けている眼鏡を苦々しい気分で押し上げる。
 いつの間にか、この界隈すっかり広まっているらしい。
 生きている人間に影響はないから別に構わない。むしろよろしくないのがあの少女に近づく牽制になってくれないかとすら思う。
 そんなことを考えながら職員玄関から外に出れば、すっかり真っ暗だった。
 七時四十三分。
 腕時計をはめた腕を下ろして、職員専用駐車場に停めている車のキーを開けて乗り込む。
 職場から自宅までの間、金曜夜に週末の買い出しをする以外に寄り道もほとんどしないが、三ヶ月程前から週に一度の頻度で立ち寄る場所が増えている。

「まあ、近況報告くらいなら……」

 二人の逢瀬に確約はない。
 水曜日、二十時。
 この時間。
 この場所で。
 互いがここに来たならば、同じテーブルに着く。
 ただ、それだけだ。




<完>
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