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第十四章 盗人
第十四章 盗人(1)
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か
山陽道の景色は様々な場所で明瞭な色彩を持って往来の旅人達に季節の移ろいを感じさせ始めている。
秀吉の異父弟羽柴秀長を筆頭に、竹中重治、蜂須賀正勝ら、羽柴氏の重臣達が百人前後の兵卒を従え、軽塵を上げて西へと向かう。大津でこの一行に合流した清太は集団の中央よりやや前方の位置にあって重治の轡を取りながら駆け足で進む。
「存外、多くの兵を伴われましたな。」
清太は半分だけ振り返りながら、騎乗の重治に話し掛ける。
「秀吉殿が謹慎中の身なので、目立った行動は控えるべきところだが、播磨国人衆に我々の健在を示すためには最低限の人数は伴わざるを得まい。まあ、たった百ほどの将兵では播磨国人衆に対する自慢にも恫喝にもならぬかもしれぬが…。」
鞍上、重治が痩身を揺らしながら、自嘲気味に語る。
「勝家殿と謙信との対決は近い。勝家殿はやはり野戦を挑むらしいが、以前にも話したとおり、勝家殿が野戦で謙信に太刀打ちできるとは到底考えられぬ。北陸で勝家殿が大敗すれば、山陽道で織田氏に傾斜しつつある流れが逆流しかねぬ。それを少しでも食い止めるのが、この百余人だ。」
「しかし、たかだか百人とは言え、兵馬を動かしたことが信長様のお耳に入れば、さらにご勘気を被りませぬか。」
清太が自分の懸念を素直にぶつけて、重治の見解を確認する。
「秀吉殿は、「鬱々と逼塞していては、逆に信長様に謀反の準備などと誤解されかねぬゆえ、信長様が目を瞑ることができる範囲で動いておかねばならぬ」と、読んでいる。信長様がどこまでお許しになるのかは、わたしには分からぬ。いざとなれば、この百人は「単なる護衛」と言い逃れればよい。それでも秀吉殿がさらなるご勘気を被るようなら、秀吉殿の御運もそれまでよ。」
清太は説明を聞きながら、「百人」という数字を、
―重治様なりに播磨国人衆への示威と信長様の許容範囲との微妙な均衡を計った上での結論。
と解釈する。
重治が続ける。
「羽柴家中には様々な才能を持った優秀な人材が綺羅星の如く揃っている。この道中で重臣達の言動をよく観察しておくとよい。」
重治は、将来、峡で甲丞になる清太のため、さらに広い視野を涵養するという観点も含めて、播磨下向に随行させていることを暗に清太に示す。
清太は一行とともに播磨に入ると、竹中家中の「池田清太」として、一行の到着を知らせるため、姫路城へ走る。
先行して姫路に入った弥蔵の先触れにより、孝高自身が一行を賓客として大手門で出迎え、城内大書院では重臣筆頭の秀長をはじめ羽柴家中に上座を勧める。清太は重治の助言を胸に秘めながら、重治の家臣として大書院の入口付近に控える形で、秀長と孝高の対面に陪席する。
双方儀礼的な挨拶を済ませると、早速、孝高が切迫する播磨・山陽の情勢について説き始める。秀長は柔和な笑顔を浮かべ、適度に相槌を打ちながら、孝高の論説に聞き入る。それでいて、秀長はのれんに腕押しではなく、絶妙な拍子で相槌を打つことによって孝高の口舌をますます滑らかにして、孝高の頭脳にある情報と分析を存分に引き出しているようにも見える。
―傾聴とはこういう姿勢を言うのか。
清太は、
「異父兄の秀吉殿を補佐し、家宰のような立場で玉石混淆の羽柴家中を取り仕切る器量人。秀長殿の器量ならば、百万石の大名家でも切り盛りできるだろう。」
という、重治が語った秀長の人物評を想起する。
孝高との対面を終えた秀長達は、孝高の案内で彼の主人である御着城主小寺政職、さらに、播磨最大の勢力である三木城主別所長治と若い当主を後見する叔父の重棟・賀相兄弟との面談に望む。秀長は、政職に対しては英賀城を急襲した毛利水軍との合戦を、長治に対しては紀伊雑賀攻めへの出兵を引き合いに出すなど、相手に応じて細やかに話題を変えながら、柔らかく先方の心を掴んでいく。
主要な国人衆との面談を終えた秀長達は姫路城に戻ると、凡庸な小寺政職や煮えきらぬ別所氏の態度に関する不安、不満を口々に吐露する。発言が出尽くした頃、それまで周囲の意見を聞きながら、沈黙していた秀長がゆっくりと口を開く。
「三木城の別所長治はまだ若く、家中を束ね切れておらぬ。表向きは二人の叔父が取り仕切っていることになっているようだが、見た所、二人の意見は一致しておらぬ。また、小寺政職は孝高の主筋ではあるが、信念がなく、風向き次第で態度を変えるかもしれぬ。孝高は織田氏を全面的に支持してはいるが、舌鋒が鋭すぎ、播磨国内でも敵が多いように感じる。」
隣で胡座を掻いている正勝が二、三度頷いて、同意を示す。それまで黙っていた重治が秀長に続く。
「孝高殿は知謀深く、弁も立つため、周囲には油断ならぬ人物に映るかもしれませぬ。しかし、織田氏に対する姿勢には確固たる信念を感じます。信ずるに足る人物と見ました。」
正勝が声を落として周囲を憚りながら語る。
「孝高は怜悧に過ぎる。しかも、他者への配慮が欠けているように感じる。孝高自身は信じるに足るかもしれぬが、周囲は違う。孝高を快く思わぬ連中は、順風の時には沈黙して従うが、逆風になれば虎狼となって牙を剥く。それが世の常だ。」
表裏様々な世界を見てきた事情通の正勝が語る人間の内面を見抜いた言葉には説得力がある。
「ともあれ、別所や小寺が役に立ちそうにない現状では、孝高を頼るしかなかろう。」
秀長が小さな嘆息を吐きながら締め括る。
清太は重治の背後に控えて、議論を聞きながら、羽柴家の多彩な人材と能力、そして、秀長と重治の見識の高さを痛感した。
山陽道の景色は様々な場所で明瞭な色彩を持って往来の旅人達に季節の移ろいを感じさせ始めている。
秀吉の異父弟羽柴秀長を筆頭に、竹中重治、蜂須賀正勝ら、羽柴氏の重臣達が百人前後の兵卒を従え、軽塵を上げて西へと向かう。大津でこの一行に合流した清太は集団の中央よりやや前方の位置にあって重治の轡を取りながら駆け足で進む。
「存外、多くの兵を伴われましたな。」
清太は半分だけ振り返りながら、騎乗の重治に話し掛ける。
「秀吉殿が謹慎中の身なので、目立った行動は控えるべきところだが、播磨国人衆に我々の健在を示すためには最低限の人数は伴わざるを得まい。まあ、たった百ほどの将兵では播磨国人衆に対する自慢にも恫喝にもならぬかもしれぬが…。」
鞍上、重治が痩身を揺らしながら、自嘲気味に語る。
「勝家殿と謙信との対決は近い。勝家殿はやはり野戦を挑むらしいが、以前にも話したとおり、勝家殿が野戦で謙信に太刀打ちできるとは到底考えられぬ。北陸で勝家殿が大敗すれば、山陽道で織田氏に傾斜しつつある流れが逆流しかねぬ。それを少しでも食い止めるのが、この百余人だ。」
「しかし、たかだか百人とは言え、兵馬を動かしたことが信長様のお耳に入れば、さらにご勘気を被りませぬか。」
清太が自分の懸念を素直にぶつけて、重治の見解を確認する。
「秀吉殿は、「鬱々と逼塞していては、逆に信長様に謀反の準備などと誤解されかねぬゆえ、信長様が目を瞑ることができる範囲で動いておかねばならぬ」と、読んでいる。信長様がどこまでお許しになるのかは、わたしには分からぬ。いざとなれば、この百人は「単なる護衛」と言い逃れればよい。それでも秀吉殿がさらなるご勘気を被るようなら、秀吉殿の御運もそれまでよ。」
清太は説明を聞きながら、「百人」という数字を、
―重治様なりに播磨国人衆への示威と信長様の許容範囲との微妙な均衡を計った上での結論。
と解釈する。
重治が続ける。
「羽柴家中には様々な才能を持った優秀な人材が綺羅星の如く揃っている。この道中で重臣達の言動をよく観察しておくとよい。」
重治は、将来、峡で甲丞になる清太のため、さらに広い視野を涵養するという観点も含めて、播磨下向に随行させていることを暗に清太に示す。
清太は一行とともに播磨に入ると、竹中家中の「池田清太」として、一行の到着を知らせるため、姫路城へ走る。
先行して姫路に入った弥蔵の先触れにより、孝高自身が一行を賓客として大手門で出迎え、城内大書院では重臣筆頭の秀長をはじめ羽柴家中に上座を勧める。清太は重治の助言を胸に秘めながら、重治の家臣として大書院の入口付近に控える形で、秀長と孝高の対面に陪席する。
双方儀礼的な挨拶を済ませると、早速、孝高が切迫する播磨・山陽の情勢について説き始める。秀長は柔和な笑顔を浮かべ、適度に相槌を打ちながら、孝高の論説に聞き入る。それでいて、秀長はのれんに腕押しではなく、絶妙な拍子で相槌を打つことによって孝高の口舌をますます滑らかにして、孝高の頭脳にある情報と分析を存分に引き出しているようにも見える。
―傾聴とはこういう姿勢を言うのか。
清太は、
「異父兄の秀吉殿を補佐し、家宰のような立場で玉石混淆の羽柴家中を取り仕切る器量人。秀長殿の器量ならば、百万石の大名家でも切り盛りできるだろう。」
という、重治が語った秀長の人物評を想起する。
孝高との対面を終えた秀長達は、孝高の案内で彼の主人である御着城主小寺政職、さらに、播磨最大の勢力である三木城主別所長治と若い当主を後見する叔父の重棟・賀相兄弟との面談に望む。秀長は、政職に対しては英賀城を急襲した毛利水軍との合戦を、長治に対しては紀伊雑賀攻めへの出兵を引き合いに出すなど、相手に応じて細やかに話題を変えながら、柔らかく先方の心を掴んでいく。
主要な国人衆との面談を終えた秀長達は姫路城に戻ると、凡庸な小寺政職や煮えきらぬ別所氏の態度に関する不安、不満を口々に吐露する。発言が出尽くした頃、それまで周囲の意見を聞きながら、沈黙していた秀長がゆっくりと口を開く。
「三木城の別所長治はまだ若く、家中を束ね切れておらぬ。表向きは二人の叔父が取り仕切っていることになっているようだが、見た所、二人の意見は一致しておらぬ。また、小寺政職は孝高の主筋ではあるが、信念がなく、風向き次第で態度を変えるかもしれぬ。孝高は織田氏を全面的に支持してはいるが、舌鋒が鋭すぎ、播磨国内でも敵が多いように感じる。」
隣で胡座を掻いている正勝が二、三度頷いて、同意を示す。それまで黙っていた重治が秀長に続く。
「孝高殿は知謀深く、弁も立つため、周囲には油断ならぬ人物に映るかもしれませぬ。しかし、織田氏に対する姿勢には確固たる信念を感じます。信ずるに足る人物と見ました。」
正勝が声を落として周囲を憚りながら語る。
「孝高は怜悧に過ぎる。しかも、他者への配慮が欠けているように感じる。孝高自身は信じるに足るかもしれぬが、周囲は違う。孝高を快く思わぬ連中は、順風の時には沈黙して従うが、逆風になれば虎狼となって牙を剥く。それが世の常だ。」
表裏様々な世界を見てきた事情通の正勝が語る人間の内面を見抜いた言葉には説得力がある。
「ともあれ、別所や小寺が役に立ちそうにない現状では、孝高を頼るしかなかろう。」
秀長が小さな嘆息を吐きながら締め括る。
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