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第十七章 信貴山
第十七章 信貴山(1)
しおりを挟む冷気を含んだ秋風が空気中の微細な粒子を払い、頭上を清澄な碧色に染める。
信貴山の北東に広がる大和のまほろばに集結した数万の織田勢が、五千ほどが籠る信貴山城を厳重に包囲する。
久秀は各地に分散する反織田勢力の蜂起に期待しながら、畿内にあって織田勢力の獅子身中の虫となるべく決起したものの、同調した勢力は紀伊雜賀衆のみで、地理的に最も近い摂津石山御坊は織田勢に包囲されたまま逼塞し、毛利氏は状況を静観する。上杉謙信は加賀手取川で柴田勝家が率いる織田軍に大勝したものの、その後、上洛する気配はない。
織田勢は旺盛な戦意を誇示し、孤立無援になった信貴山城の衰弱を待つ。
清太は織田軍の後方、生駒山脈の山腹斜面が奈良盆地に潜り込む辺りで、信貴山の山頂に聳える天守を見上げる。
「先日、四天王寺から宝剣を持ち去った老僧が信貴山城に入りました。」
信貴山に残り、監視を続けていた総馬が、この日未明に合流した清太と弥蔵に報告する。
「役者は揃ったというところだな…。」
清太が呟くと、
「その舞台が信貴山朝護孫子寺というところにも情趣がある。」
と、平次郎が、復讐という暗い感情を抑制しながら、重い声を発する。平次郎は、
―藤佐が信貴山に入った。
という亥介の伝言を嘉平から聞いて、信貴山に駆け付けた。
「朝護孫子寺に住持する乙護法という妖僧をご存じないでしょうか。」
清太が、裏世間に精通しているはずの平次郎に、尋ねる。
平次郎は首を小さく左右に振る。無論、亥介、総馬にも心当たりはない。
「丞様から届いた書状に拠れば、朝護孫子寺に乙護法という僧形の術者がいるらしい。ここからはわたしの推量だが、天王寺の宝剣を盗み出した老僧、そして、天王寺砦で弥蔵に手傷を負わせた僧侶は、この乙護法ではないだろうか。」
横合いから総馬が尋ねる。
「乙護法は何を目的に多数の宝剣を盗んでおるとお考えでございますか。」
「誰かに依頼されて刀剣を集めておるのかも知れぬ。その依頼主が久秀ということならば、天王寺砦の松永陣屋に乙護法が訪れたことと辻褄は合う。しかし、断定はできぬ。いずれにせよ、この信貴山のどこかに御劔がある可能性は十分に考えられる。」
清太が答える。
弥蔵が兎吉の所在について亥介と総馬に尋ねた。
「全く掴めておりませぬ。」
亥介が答えたところに、平次郎が割り込む。
「密教では、百足は毘沙門天の使い番ということになっている。」
妹加枝と思われるよしのを窮地から救い出した清太に深い恩義を感じている平次郎は、短期間ながら、峽の御劔や兎吉に関して機会を見て調べてきた。
清太が平次郎の説明に何度か頷いたあと、
「朝護孫子寺の本尊は毘沙門天、百足と称する従者、乙護法と称する妖僧、そして、七星剣、いずれも毘沙門天という一点で繋がる。また、乙護法が信貴山城に入ったとすれば、百足と名乗る兎吉も我々の知らぬ間に城に入っている可能性は十分にある。」
と、ここまでの議論を整理し、眦を決する。
「舞台は整った。十日の月夜は隠密には向かぬが、織田勢の総攻めも間近。今宵、城内に忍び込む。」
清太を囲んでいる四人が、
―異論なし。
という表情で力強く頷いた。
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