ホワイトローズにくちづけを

雉村由壱

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縁談

 自室で身支度を整え、一階の応接間に降りていくと、父ランベルトと母ジーナ、兄エドガルドが既に揃っていた。

 外の明るさと対峙するかのように暗く感じる屋敷内。開けられた窓から夏の空気が流れ込み、レースのカーテンを微かに揺らしていた。

「お待たせしました」

 応接間に入り、兄エドガルドの隣に腰を下ろすとすぐに父ランベルトが言い放った。

「レオネ、お前に好条件の縁談が来たぞ」

 落ち着いた様子で、しかし嬉しさを隠しきれない様子の父親と相反するようにレオネは絶望した。

 いつかは来ると思いながらも父の長年の迷いから、縁談を受けるのはあと十年くらい先の可能性もあるのではないかと淡い希望を抱いていた。しかしよりにも寄ってこのタイミングだ。

 レオネはふぅっと息を吐き、ランベルトを見た。

「どちら家からのお話でしょうか」

 覇気なく尋ねるとランベルトはレオネをまっすぐに見てはっきりと言った。

「貴族ではない。豪商、ジェラルド・バラルディ氏からだ」

 ドッと心臓が大きく跳ね、全身の血液が一瞬で沸騰したような感覚がレオネを襲った。

(ジェラルド……!?)

 その名前がまさか自分の父親の口から発せられるとは全く予想していなかった。

「えっ?!」

 声を上げたのはエドガルドの方だった。弟が働きたいと手紙を出した先のトップが弟に縁談を持ち込んできたのだ。横目でチラッと様子を窺ってくる。

 母ジーナは既にこの話を知っていたようで、ただランベルトの隣で黙っていた。

「バ、バラルディ氏に、お嬢さんはいらっしゃらないかと思ったのですが……」

 できるだけ平静を装いながらレオネはランベルトに尋ねた。

「バラルディ氏を知っているのか」

「バラルディ商会くらい、私でも知っていますよ」

 声が不自然に震えてしまわないように注意しながら言葉を発する。

「御子息が一人いるそうだが、縁談の相手はジェラルド氏本人だ。レオネ、お前を妻にとの話だ」

 全身がカッと熱くなり、毛穴から熱湯が吹き出しそうだ。レオネは深く息を吐き、指を組んだ両手の中に額を埋めた。両親を前に顔が上げられない。頭の中は三ヶ月前の彼の声と顔で埋め尽くされた。

(どうしよう……! 凄く、凄く嬉しい……!)

「レオネ、落ち着いて聞きなさい」

 顔を伏せて固まる次男にランベルトは男との縁談にショックを受けていると捉えたようだった。

「この話は昨日ジェラルド氏の実姉であるジルベルタ様の使者が手紙を持って伝えに来た。これはあくまで貴族である我がブランディーニ家と、豪商であるバラルディ家を繋ぐ、いわば同盟だ。バラルディ家の要望は我が家の伯爵の爵位と領地、ロッカ平原をお前に継がせてバラルディ家へ嫁ぐことだ。バラルディ家からは支度金として一億五千万ジレ。伯爵領のロッカ平原からは年間収益の三パーセントを無期限でブランディーニ家へ支払うと言っている」

 そのとてつもない金額はレオネの働かない脳にも響いてきて、レオネは驚き顔をあげた。

「一億五千万ジレって……」

「我が候爵領と伯爵領、合わせても年間収益の五倍を超える」

 戸惑う弟につられて動揺しつつもエドガルドが口を挟んだ。

「ま、まあ、確かにその支度金には驚きますが、ロッカ平原で収益三パーセントってのは大した金額ではないですよ。あそこは岩と砂の平地が広がってるだけですから。それでも我が家が先祖より受け継いだ土地です。そう安安と商人なんかに渡して良いものとは思えません」

 長男からの当然の指摘にランベルトが話す。

「私も同じように思い、使いの方に同じことを言ったんだ。そしたらその方曰く、バラルディ商会は……あの地に飛行船の港を造りたいと考えていると言ったんだ」

「飛行船⁉」

 兄弟の声が揃う。
 飛行船は十数年前から聞くようになった空を飛ぶ技術だ。大型の工場で大量の人と機械がモノを作り、蒸気船や蒸気機関車が大量の荷物を運ぶ世になってきた昨今。飛行船もその中の技術の一つで、巨大な袋に空気より軽い気体を入れ、プロペラで空を漕ぎながら目的地まで進む。船ほど大量の荷物は運べないが、驚くほど早く目的地に人を運ぶことができる。何より空を飛ぶという人間の夢を叶えた乗り物だ。貴族や大金持ちの商人達はこぞって乗りたがったし、乗ったことは社交界では格好の自慢話となっている。

「確かに、ロッカ平原は平地ですし、港からも車か馬車で半日もかからないくらいですから、良い立地なのかもしれません……」

 レオネは小さく呟いた。そしてまっすぐ父ランベルトの目を見てはっきりと言った。

「父さま、このお話お受けいたしましょう!」
「レオネ……!」

 ランベルトは次男の潔い決断に驚くと同時に安堵した。しかし納得できないのはむしろ長男のほうだった。

「レオネ、何を言ってるんだ! 一生のことなんだぞ! 我らがブランディーニ家の歴史としても伯爵領を手放すことはそう安々と決めることじゃない!」

 兄の言葉にレオネも言い返す。

「兄さん、その気持ちは私にも理解できますし、伯爵の領地と爵位を兄さんから私が奪ってしまうのは心苦しくも感じますが、私達一族はもう百年近くあの土地を有効に活用できてないんですよ。それを飛行船の港だなんて、私は思いつきもしませんでした。やっぱりバラルディ商会はすごいですよ!」

 レオネは抑えきれない笑みを浮かべエドガルドに力説した。しかしエドガルドは納得できないようでさらに強い言葉を投げた。

「伯爵領をお前が継ぐことに私は異論はない! そんなことはいいんだ!」

 長男エドガルドは幼少から決められていた許婚と六年前に結婚し、妻と幼い二人の子供と共に同じ敷地内に屋敷を建てて暮らしている。いずれは父ランベルトの持つ候爵と伯爵の二つの爵位を継承し、この地を統治する予定だった。ランベルトも自身の父、つまりエドガルドとレオネの祖父よりこの二つの爵位を継承している。息子が複数いても複数ある爵位は分けることなく長男がすべて継承するのがこの国では一般的だ。

 エドガルドが言いにくそうに言葉を続ける。

「だが、単なる同盟と思わせて、バラルディ氏が、その……だ、男色家の可能性もあるだろ! 父上、いくら男を妻に迎えることが認められるようになったからと言って、弟を売るような行為、私は賛成できません!」

 鼻息荒くそうまくし立てたエドガルドにレオネは反論の言葉を飲み込む。そのまま出してしまえば『それでもかまわない』が答えだからだ。

(母さまの前でそんな具体的なことを言わないでくれよ……)

 レオネは心の中でつぶやいた。

「エドガルド、お前なら我が家が今どういう状況かよくわかっているな。それにレオネには、十代の頃から結婚相手が殿方になる可能性もあると言ってきた」

 興奮する長男に向かってランベルトは静かに伝えた。

「はっ⁉ 父上はまだ子供だったレオネにそんなことを要求してきたのですか!」

 だがエドガルドは余計に興奮してしまった。レオネはエドガルドが何も知らない事が逆に驚きだった。

「エドガルド、お前の言いたいことはわかる。たがこの三十年で世の中が大きく動いた。我々貴族は長年に渡る安寧に緩みきって変化に乗り切ることが出来なかった。私がそれに気付いたのは十五年前、お前たちのお祖父様が亡くなり私が爵位を継いだ時だ。我が一族の状況を知って愕然としたよ。私なりに策は練って来たつもりだが大きな変化はもたらせなかった。現状のままだと我が家はあと十年ももたない。レオネは私に残された最後の切り札だ」

 ブランディーニ家が財政的に厳しいことは感じていたが、父親がそれほど前から危機感を募らせていた事をレオネは初めて知った。

 男達の重い空気感に黙って聞いていたジーナが口を開いた。

「結婚というものはそういうものです。私もおばあさまも皆、周りが決めたお相手に嫁ぎました。その中で己の役割を果たすのが貴族に生まれた者の努め。知らぬ相手であっても結婚生活の中で信頼を築いて行けばよいのです」

 ジーナはニッコリと二人の息子を見つめる。そしてさらに言葉を続けた。

「それにランベルトだってレオネのことを思って結婚相手を選んできたのよ。ほら、あなた、二年ほど前でしたよね?クレメンティ候爵が生まれたばかりの孫娘にレオネを婿として迎えたいと。許婚ではなくてすぐにでも我が城へって。あれは流石に私も反対しましたし、ランベルトもお断りしたのよね」

 レオネとエドガルドは揃って言葉を詰まらせた。
 クレメンティ候爵は社交界では男色家であると有名だった。ブランディーニ家と同じく候爵という立場ではあるが、その領地は広大で製糸業などにいち早く手を広げたこともあり、莫大な資産を有していた。その財力で派手に遊んでいるようで、御年六十歳を超えているというのに、青年の愛人を何人も持っているとか。レオネも夜会で言葉を交わすことがあったが、値踏みするように全身をジロジロと見られ、下品なジョークを言われた覚えがある。

「クレメンティ卿になんて、それこそレオネを売ったと思われる……」

 エドガルドが熱量を下げてぽつりと呟く。ランベルトも同じように思い断ったのだろう。家の名を下げる事になるから。

 レオネは父をまっすぐ見た。

「父さま、話を進めて頂きましょう。この好条件、よそへ話が行ってしまう前に」

 ランベルトは商魂たくましい次男の感激の目を向け、しっかりとうなずいた。
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