ホワイトローズにくちづけを

雉村由壱

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来訪

 バラルディ家からの縁談を受け入れると先方へ伝えて半月後、ジェラルドの実姉ジルベルタと実子ロランドがはるばる王都サルヴィからブランディーニ家へやってきた。

 最新式の自動車から運転手の手を借り降りてきたジルベルタは紛うことなきジェラルドの血縁者だった。
 艶を保った黒髪は乱れることなくまとめられ、飾り羽根の付いた大きな帽子を被っていた。ドレスもスレンダーなデザインで年齢に合わせシックなブルーに黒のレースをあしらい洗練された印象にまとめられている。何よりその目がジェラルドによく似た切れ長で他者を射抜くように鋭く光っていた。

「ジルベルタ様、ようこそお越しくださいました」

 真っ先に挨拶をしたランベルトにジルベルタはにっこりと笑みを浮かべた。

「ブランディーニ侯爵閣下。この度のお話、ご快諾いただき感謝の気持ちでいっぱいですわ」

 そして、ランベルトの隣に控えるレオネに視線を移した。

「ジルベルタ様、こちらが我が家の次男、レオネです」

 ランベルトからの紹介を受け、レオネは形式に則ったお辞儀をした。

「お初にお目にかかります。レオネ・ロレンツ・ブランディーニと申します」

「ジルベルタ・バラルディです。お会いできて光栄ですわ」

 ジルベルタはレオネをまっすぐ見つめてきた。

「レオネ様がこれほどお美しい方だとは……想定外でしたわ」

「ええ、伯母上。この方でしたら僕が妻にお迎えしたいくらいです」

 ジルベルタの後に続き車から降りてきた青年が口を挟む。レオネと同じくらいの背格好でサラリとした薄茶の髪に大きな目とそばかすが印象的だ。

「ロランド、不躾になんですか。……申し訳ございません。まだ子供気分が抜けてなくてお恥ずかしい限りです。こちらジェラルドの息子のロランドです。」

「ロランド・バラルディです」

 ロランドはランベルトとレオネ、両方としっかりとした握手を交わした。ジェラルドとはあまり似ていなくレオネは内心驚いた。

 今後の詳しい予定を話し合うべく二人を応接間に通した。

「レオネ様にはサルヴィのバラルディ本邸にお越しいただき、すぐにでも籍を入れたいと考えておりますの」

 ジルベルタはにっこり笑みを湛えながら説明を始めた。

「ジェラルド様は国外へ行っておられるとお聞きしておりますが、帰国したら直ぐにということでしょうか」

 ランベルトがおずおずと確認した。

「いえ、帰国を待つ必要はありませんわ。ジェラルドは来春まで戻れないので、結婚誓約書は郵送でサインさせます」

「は、はあ……」

 ランベルトが戸惑う。レオネも正直驚いた。だがこの話を反故にしたくないランベルトは強く追求できない。ブランディーニ一族の不安を察してかジルベルタは説明し始めた。

「私達バラルディ商会は早急に飛行船港の計画を進めたいと考えております。現に今、弟が国外を飛び回っているのも国外数か所に同様の港を作るためです。まずは本拠地である国内の港を開くことが最優先。なので一日でも惜しいのです」

 どうやら商人の時間感覚は貴族とはまったく違うらしい。のんびりしている貴族としては恥すべきことのように思えてくる。

「レオネ様」

 ジルベルタはレオネに視線を向けるとにっこりと笑い優しく語りかけてきた。

「夫となる者と会わずに籍を入れることに不安を感じられるかと思いますが、レオネ様には伯爵として我が家と貴族社会の架け橋になっていただきたいのです。ジェラルドとは仕事仲間だと考えて頂き、私生活はご自由にお過ごしいただいて結構ですのよ」

 レオネはジルベルタの話を黙って聞いていた。

(ジェラルドは私と会ったこと、やっぱり言ってないってことだよな……)

 おそらくレオネとジェラルドが出逢う前から、バラルディ商会には飛行船港の候補にロッカ平原があったのだろう。あの日の朝、レオネがブランディーニ家の者だと分かった時のジェラルドの反応からするとこの予想はきっと合ってる。その計画もありジェラルドはこの話を進めるように姉に指示したのではないだろうか。

「お気遣いありがとうございます」

 レオネは笑みを湛えてジルベルタに返した。


 その夜はジルベルタとロランドを歓迎すべく、ブランディーニ家の縁戚が集まり、ささやかな晩餐会が開かれた。
 ジルベルタは貴族の女性とは違い事業の様々な話が出来る人だった。レオネはジェラルドが言っていた『私以上に会長のような態度』がなんとなくわかったような気がした。
 ロランドも若いながらさすがにジェラルドの息子だけあり、飄々とした態度の中にしっかりと商人魂を感じた。

「レオネ様、お隣よろしいでしょうか」

 晩餐会も終わりかけた時、バルコニーで夜風にあたっていたレオネにロランドが話しかけてきた。レオネは笑顔で「どうぞ」と促す。

「ここはいい所ですね」

 夜の田園風景を眺めながらロランドが言った。昼の暑さとは打って変わり心地良い夜の風が頬を撫でる。

「レオネ様は確か二十二歳でしたよね」
「そうです。ロランド様は……」
「私は今十八です。どうぞロランドとお呼びください」

 ロランドが人懐っこい笑顔を向けてくる。

「ではロランド。ぜひ私のこともレオネと」

 レオネがそう言うとロランドは嬉しそうにうなずいた。

「なんだか兄ができるようで嬉しいです。去年学校を卒業してサルヴィに戻ったのですが、本邸には住んでないんです。でもレオネが住むなら僕も戻ろうかな」

 いたずらっぽくロランドがレオネを見る。

「なぜお父様とは一緒に住んでいらっしゃらないのですか」

 なんとなく聞いてみた。

「んー、職場でも家でも父と顔を合わせるのは息が詰まりそうと思ったのと、気ままな一人暮らしがしてみたかったからですかね」

 都会での一人暮らしはどんな感じなのだろうか。一人暮らしと言っても使用人はいるよな? などとちょっと想像を膨らます。

「父は出張も多いからあまり家に居ないですし、レオネも新しい環境で一人だと色々不安でしょう」

 レオネにはロランドがどこに住むべきか指定する権利は無いので曖昧に微笑んだ。むしろジェラルドがあまり家に居ないと聞いて寂しさを感じる。

「レオネ、やっぱり結婚は僕とにしませんか」

 レオネが不安な表情をしていたからか、ロランドが笑いながら提案してきた。

「何をおっしゃいますか」

 それをジョークと受け止めレオネも笑う。

「僕はひとりっ子だから女性と結婚して跡取りを成せ、と伯母上は言ってますけど、父が再婚してもう何人か子をもうければ良いのです。レオネだって父親ほど年の離れた男と一緒になるのは嫌でしょう? 父はもう三十七歳ですよ」

「お父上はこんな立派なご子息を得られたから、貴方にも子が授かることを望んでいらっしゃるのではないでしょうか。私も若い貴方の将来を摘み取るのは気が引けます」

 もっともらしいことで言い繕うレオネに対して、ロランドはわざと不貞腐れたような表情を作った。

「レオネも若いじゃないですか。僕と四つしか違わない」

 これからの家族となる者と打ち解ける為に言っている冗談だろう。レオネは笑って受け流した。

「レオネ、僕は貴方が気に入りましたので親切心からの忠告です。一番厄介なのは父ではなく伯母です。昔一度貴族に嫁いだけど離縁されたそうで、貴族に対して執着している部分があります。彼女は手段を選ばないので要注意ですよ」

 あまり父親似でないと思っていたロランドが真剣な声色で発した忠告に、レオネはロランドにジェラルドの血を感じた。
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