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塾をサボった罰として……。
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昼下がりの教室、授業後のホームルームが終わり、クラスの皆は騒がしく帰りの支度を始めていた。
「私も早く帰らないとな……」
そう思って席を立ったが足取りはとても重い。普通、学校が終わった直後というのは晴れやかな気分で居られるものだけど今日は違う。まだこれから塾があるのだ。学校だけでも疲れることが多いのに、それよりも更に大変な受験塾だ。授業のレベルは高く、学習のスピードも早い。気を抜いていたらすぐに置いていかれてしまう。私はその塾に最近通い始めたばかりなので、この新しい生活サイクルが酷く大変に感じられた。私の周りでは受験をする子が多いし、これくらいの事は私も頑張らないといけないと思ってはいるけど、やはり辛い。
そして何より今日に限っては、まだその塾の提出分の課題が終わっていないというおまけ付。一旦家に帰って残りの分を急いで取り掛かるつもりだけど、果たして間に合うのかはわからない。もし終わらなかったら塾の先生に厳しく怒られるだろう。そんなこんなで、いつまでもうじうじはしていられないので、私は鞄に荷物を詰め込むと気持ちを切り替え、足早に帰路についた──。
小走りしながら家の前に到着したときには私は大分息が上がっていた。扉の鍵を開けて家の中に入ると誰もいない。両親はいつも仕事で帰って来るのが遅い。無人の家は不気味なほど静かだ。私は孤独感を感じつつも玄関に靴を脱ぎ捨て無言で自室に向かう。それから私は自室の勉強机に筆記用具と問題集を広げて早速課題に取り掛かった。ちらと時計を確認すると、時間的には小一時間ほど余裕があった。これならなんとかなるかもしれない。そう少し安心したとき、突如私は抗い難い睡魔に襲われた。今日は体育の授業もあったので、ただでさえ少ない私の体力は既に残り僅かだったようだ。頭がぼうっと急激に重くなって、私は机に身体を突っ伏すしかなくなった。
「ここで寝たら駄目だ……頑張らないと……」
そう思って手に力を込めてシャーペンを強く握り直そうとしたけど、私の意識はどこか遠くへ飛ばされていった──。
────気が付くと窓の外の景色は真っ暗になっていた。私はいったい何時間居眠りしてしまったのだろう。時計を確認すると時刻は午後7時を回っていた。それを見て心臓がどきりとする。塾の授業はとっくに始まってしまっている時刻だ。結局課題も終わっていない。最悪だ、どうしよう。悩んでいると玄関からがちゃりと扉が開く音がした。どうやら母が帰宅したようだ。どんどんと足音がして、母が私の部屋に向かって来る。そして部屋の扉が開けられると、母は驚いた様子で私を見て言った。
「え? あんた今日塾じゃないの? なんでここに居るの?」
「あ、あのお腹が痛くて休もうかなって……」
私は咄嗟に言い訳をしたけど、これはなかなか厳しい状況だ。母の顔が段々と強張っていく。恐くて目も合わせられない。
「は? じゃあなんで早めに連絡しないの? っていうかあんた寝てたでしょ? 顔見れば分かるよ」
「え、いやでも本当にお腹すごい痛くて……」
母には私の全てがお見通しなのか、私はどんどん追い込まれていく。
「じゃあその宿題なに? まだ途中だよねそれ。宿題終わってないから塾行くの嫌だったんじゃないの?」
母は机の上に広げられていた問題集を指差しながら、厳しい口調で私を問い詰めていく。なんだか今日は特に母の機嫌が悪い日のようだ。
「ちが……違うよ、本当にお腹が……急に来たんだって……」
「いい加減にしなさい! 叩くよ?」
母は言い訳を続ける私に激怒して、遂に大声で私を怒鳴りつけた。
「ご、ごめんなさい……」
「今からでいいから急いで行ってきなさい!」
「分かりました……」
結局お腹が痛いから休むという言い訳は通用せず、私は今から大遅刻をして塾に行くことになった。鞄に教材と筆記用具と携帯、作り置かれていたお弁当を素早く詰めてしぶしぶ家を出た──。
────私は今、駅前のカフェで宿題をしている。やっぱりどうしても気が重くて行く気がしなかったのだ。宿題も終わってないのにこんな大遅刻して塾に行くのは怖い。それに今から急いで向かったとしても電車で数駅先の場所にある塾に到着する頃にはもう授業は終盤で、ほとんど無駄足になるということを考えると馬鹿らしくもあった。そういうわけで今はここで時間を潰している。丁度良い時間になったら家に帰るつもりだ。サボったことがバレないことを祈るしかない。宿題をしているのはこの罪悪感を軽減するためだ。
しかし、やはり世の中はそう甘くはなかった。唐突に私の携帯が軽快なメロディを奏でる。母からの着信だ。
「あんた、今どこに居るの?」
「えっと、今さっき塾終わったとこだよ」
「先生から英梨さんが塾に来てないって連絡あったけど?」
「……」
そうだよね。こんなのすぐバレるってわかってた。でもそれでも私は塾に行きたくなかったんだ。現実から目を背けたかったんだ。
「で、どこで何してるの?」
「……」
「聞いてんだけど?」
電話越しに母が厳しいトーンで問い詰めてくる。
「ごめんなさい。今、駅前のカフェに居ます……」
「は? あんた馬鹿なの?」
「ごめんなさい」
「はあ……何してんのか知らないけど、とりあえずもう遅いから帰って来なさい。帰って来たらお説教だからね」
「は、はい……」
帰ったら相当怒られるんだろう。怖いけど仕方ない。
「お尻叩くから覚悟しときなさい」
言われて背筋が凍った。胸の鼓動が急激に激しくなっていく。
「え? はい……」
「早く帰って来なさいね」
母は最後にそう言い残して電話を切った。お尻を叩くって、そんなの何時ぶりだろう。痛いし恥ずかしいし本当に最悪だ。今日はなんでこんな災厄の日になってしまったのだろう。身体の震えが止まらなくて、目は熱くなって、周りの人から見ても異常な程私は今動揺していると思う。それを分かってはいるけど自分ではとても震えを抑えられそうにない。動揺しつつもなんとか店を出て帰路につく──。
お尻を叩かれる──。頭の中でその言葉がぐるぐると駆け巡り続けて離れない。とにかく私はその母が行う罰が苦手だった。罰なのだから痛く苦しいのは当然なのかもしれないけど、あの罰はそれだけではなく、恥ずかしさからか胸の奥がすごく締め付けられるような感じがする。だから私にとって一番されたくないことだった。それを今日これからされるんだ。そう思うと緊張で変な汗が出る。視界に映る景色なんて全く頭に入ってこなかった。
────しばらくとぼとぼと歩いて、気が付くと私は家の前に立ち竦んでいた。家に入るのが凄く怖い。数秒目を瞑ってから、すうっと息を吸い込んで勢いよく吐く。情けない私なりに覚悟を決めて扉を開いた。
「おかえり、英梨」
「た、ただいま。ママ」
玄関では母が鬼のような形相で待ち構えていた。私は丁寧に靴を並べて脱いで玄関に上がる。母は静かに私の様子を伺っている。それがなんだか不気味で恐ろしい。
「それであんたこんな時間まで塾サボって何してたの?」
「えと、カフェで時間を潰してました」
「何で? 意味分かんないんだけど?」
「……」
「早く答えなさい!」
「いたっ!?」
母は大声で怒鳴りながら、私の左頬を思い切り引っ叩いた。視界が一瞬真っ白に輝いて、少し遅れて鋭い痛みが襲ってくる。平手の衝撃で私は膝をついて倒れ込んだ。
「塾行くのが怖かったんです」
恐ろしい顔で立っている母を見上げながら、私は言葉を絞り出した。
「何甘えたこと言ってんだ! ふざけんじゃないよ、こっちへ来なさい!」
母は倒れ込んでいた私の左腕をぐっと掴んで引っ張り上げて、私をリビングまで連行した。こんな感じで怒ってヒートアップしたときの母は男の人みたいに凶暴になる。そんな母が本当に恐ろしくてどうしても目が潤む。
リビングに到着すると母は私を床に放り投げた。そして両手と膝をついて倒れ込む私に母が頭上から言い放つ。
「お尻を出しなさい!」
嗚呼、やっぱり叩かれるんだ。分かってはいたけど胸がどきりとする。
「ま、待ってよママ。一応カフェで宿題はやってたよ」
「塾行かなきゃ意味ないでしょ? 早くお尻出しなさい!」
冷たい声で母が言う。
「お願い……待って許して……お尻は嫌!」
怖くなった私は床を這って壁際まで後退した後、背中を壁に押し当ててお尻を庇った。こうすればなんとなく母に抵抗できるような気がした。
「こら! 許さないよ!」
しかしそんな努力も虚しく、母はまた壁際まで追い込まれた私の腕を掴んで身体ごと引っ張り上げる。怒った母の力は異常な程強く、身軽な私の体勢はあっさりと崩された。
「嫌……嫌だよ……ごめんなさい……もう絶対サボりません! お尻は止めてえ」
「無理。お仕置きするよ!」
ソファまで連行される途中、泣きながら謝ったけどやっぱり許されない。母はソファにどしんと腰掛けるとそのまま力技で私を膝の上にうつ伏せにして乗せた。こうなるともうどうしようもない。膝の上でも軽く暴れたけど、母は腕力で私を押さえつけた。
「嫌……嫌だよお」
間もなく私のショートパンツと下着ががっしりと掴まれて躊躇なく膝まで降ろされる。母の膝は温かいのに、叩かれるために剥き出しにされたお尻はひんやりと冷たい空気に撫でられて私の羞恥心を増幅させる。この叩かれる直前が最も恥ずかしく恐ろしい瞬間だ。顔がどっと一気に熱くなって、今私の耳は真っ赤になっていると思う。部屋には母と私の二人だけ。他に誰かが見てるわけでもないのにどうしてこんなに恥ずかしいのだろう。母の平手がひゅんひゅんと風を切る音が聞こえる。もうすぐだ、もうすぐ来る──。
「いたっ!」
刹那、私のお尻に電撃のような衝撃が走り少し遅れて鋭い痛みが走る。乾いた音がリビングに響き渡り、それがまた恥ずかしさを増幅させる。
「いたっ! いやっ! やだあ!」
続いて休まず母の平手が次々と私のお尻に振り下ろされる。ぱちんぱちんと私のお尻が情けなくリズミカルな打音を奏でる。その音が耳に入る度に何故か胸の奥が締め付けられるように感じて息苦しい。
「いやあっ! ごめんなさい! ごめんなさい!」
「謝っても許さないよ! 情けないあんたのために叩いてるんだからね!」
どんなに謝っても母は手を止めない。ぱちんぱちんと私のお尻をこれでもかと懲らしめ続ける。はじめは痛みより恥ずかしさの方が大きかったけど、段々と蓄積される痛みに耐えられなくなって大声で泣き喚きたくなる。
「いやああああ! もうやめてええええ! やめてよおおお! もう反省した! 反省したよお!」
「こら! 暴れない!」
痛みに耐えられず泣きながら身体を大きく捩って暴れて、私は母の膝の上から転げ落ちた。
「戻りなさい! まだまだ許さないよ!」
いったいいつまで叩かれるのだろう。既に数十発は叩かれている気がする。もう十分反省したから許してほしい。
「もう無理! もう無理!」
母は床に転げ落ちて暴れる私を捕まえて、今度はソファに直接うつ伏せで押さえつけた。そしてそのまま垂れ下がったシャツを捲くられ、勢いよくお尻を打たれる。リビングに乾いた音と私の悲鳴が響き続ける。
「逃がさないよ!」
「うわああああん!」
右左と何回も叩かれて、私のお尻の感覚は鈍くなっていく。まだまだ続くお仕置きに絶望したとき、玄関からがちゃりと扉を開く音がした。父が帰ってきたようだ。
「いたああああい! もういやあああ!」
それでも母はお仕置きの手を止めない。まずいこのままでは父に叩かれているところを見られてしまう。恥ずかしくて胸がぎゅっと締め付けられていく。なんとかしないと──。しかし思ったときにはもう遅く、父はリビングの戸を開けていた。父が登場して、やっとお仕置きは停止された。
「これは……いったいどうしたんだ?」
父は目を見開いて私の惨状を目の当たりにする。お尻を真っ赤にされて顔がぐちゃぐちゃになるまで泣いているところを見られるなんて、親相手とはいえ恥ずかしすぎてもう死にたい。
「英梨が塾サボったのよ。行けって言っても全然言うこと聞かないし、貴方もこの子をちゃんと叱って頂戴」
「すまないが、忙しい。それにそんなに厳しくしなくても良いんじゃないか塾くらいで」
「塾くらいでって、貴方は何も分かってない。ここでサボり癖が付いたら将来困るのはこの子なのよ。むしろ塾くらいちゃんと行かせないと。貴方はいつもそうやって仕事仕事で全然子供見てくれないよね」
「こっちも遅くまで働いて疲れてるんだ。勘弁してくれ」
私はソファの上でシクシク泣きながら、両親の会話の様子を伺いつつそれとなく下着を上げようとした。しかし、母が私の動きを見逃す筈もなくすぐに静止させられる。
「あんた何勝手にパンツ上げてんの? まだ終わってないよ!」
「ご、ごめんなさい」
母がまた力技で私をソファに押さえつける。そんな私達の様子を見ていられなくなったのか父が私に助け船を出す。
「もう離してやって良いんじゃないか? 英梨も十分反省しただろう?」
「うん……すごい反省したよ……もう絶対サボりません……」
父に聞かれて私は必死で頷いて答える。
「はあ、しょうがないわね。私も苛々して厳しく叩きすぎたかもしれないわ」
父の介入で母は落ち着きを取り戻したのか、ようやく私を抑えていた手を離した。解放された私はゆっくりと下着とショートパンツを上げる。打たれたお尻に布が擦れて痛いけど、丸出しで恥ずかしいよりはましだ。
「あんた本当に反省した? あんたはパパが汗水垂らして稼いだ塾代もドブに捨てたんだよ? 分かってる?」
「うん。本当に反省しました。これからは塾ちゃんと頑張ります」
「パパにもちゃんと謝りなさい」
母にそう言われて、私は父に頭を下げて謝る。
「パパ、塾サボって本当にごめんなさい」
「もういいよ。俺が家族のために働くのは当然のことだし、それに英梨は十分よくやっていると思うよ」
優しい父はいつも私を許してくれる。父に怒られたことなんてほとんど無い。優しいというか干渉してくることがないだけかもしれないけど。
「パパ、甘すぎだよ」
その様子を見て母が呟く。本当に母は厳しい。でもその厳しさも私のためにやってくれていることなのだから感謝しなくてはならないだろう。
「はいじゃあこの話はおしまいな。腹減ったからなんかご飯作ってくれないか」
父はお腹が空いているのか、重苦しい空気を入れ替えたかったのか晩御飯を求め、母がそれに応える。
「ああご飯なら作っといたわよ。英梨は残ってるお弁当食べたら先にお風呂入っちゃって」
「はーい……」
母は作り置かれていた手料理を取りに台所へ向かった。リビングの重苦しい雰囲気は取り払われていき、我が家は私を除いて何時もの日常を取り戻す。でも叩かれた直後の私だけは気分が沈んだままだ。お尻はまだひりひりと痛むし、父に見られたこともとても恥ずかしい。私は塾で開ける筈だったお弁当を速やかに食べた後、逃げるように浴室に向かった──。
────入浴後、髪を乾かしてから自室のベッドに横たわる。お風呂では叩かれたお尻にお湯がしみて痛かったけど我慢して身体を洗った。こんなこともう二度とされたくないと思いながら目を閉じる。自分のためにも明日から頑張らないとな。
暗闇の中でまだひりひりと痛むお尻を手で優しく擦る。凄い衝撃だった。どうしても叩かれるあの感触をまた思い出してしまう。思い出すだけでまた顔が熱くなって胸がどきどきする。忘れたいのにあのときの感覚と光景が頭を駆け巡る。きっと父も母も私がこんなふうに苦しんでいることは知らない。
「私も早く帰らないとな……」
そう思って席を立ったが足取りはとても重い。普通、学校が終わった直後というのは晴れやかな気分で居られるものだけど今日は違う。まだこれから塾があるのだ。学校だけでも疲れることが多いのに、それよりも更に大変な受験塾だ。授業のレベルは高く、学習のスピードも早い。気を抜いていたらすぐに置いていかれてしまう。私はその塾に最近通い始めたばかりなので、この新しい生活サイクルが酷く大変に感じられた。私の周りでは受験をする子が多いし、これくらいの事は私も頑張らないといけないと思ってはいるけど、やはり辛い。
そして何より今日に限っては、まだその塾の提出分の課題が終わっていないというおまけ付。一旦家に帰って残りの分を急いで取り掛かるつもりだけど、果たして間に合うのかはわからない。もし終わらなかったら塾の先生に厳しく怒られるだろう。そんなこんなで、いつまでもうじうじはしていられないので、私は鞄に荷物を詰め込むと気持ちを切り替え、足早に帰路についた──。
小走りしながら家の前に到着したときには私は大分息が上がっていた。扉の鍵を開けて家の中に入ると誰もいない。両親はいつも仕事で帰って来るのが遅い。無人の家は不気味なほど静かだ。私は孤独感を感じつつも玄関に靴を脱ぎ捨て無言で自室に向かう。それから私は自室の勉強机に筆記用具と問題集を広げて早速課題に取り掛かった。ちらと時計を確認すると、時間的には小一時間ほど余裕があった。これならなんとかなるかもしれない。そう少し安心したとき、突如私は抗い難い睡魔に襲われた。今日は体育の授業もあったので、ただでさえ少ない私の体力は既に残り僅かだったようだ。頭がぼうっと急激に重くなって、私は机に身体を突っ伏すしかなくなった。
「ここで寝たら駄目だ……頑張らないと……」
そう思って手に力を込めてシャーペンを強く握り直そうとしたけど、私の意識はどこか遠くへ飛ばされていった──。
────気が付くと窓の外の景色は真っ暗になっていた。私はいったい何時間居眠りしてしまったのだろう。時計を確認すると時刻は午後7時を回っていた。それを見て心臓がどきりとする。塾の授業はとっくに始まってしまっている時刻だ。結局課題も終わっていない。最悪だ、どうしよう。悩んでいると玄関からがちゃりと扉が開く音がした。どうやら母が帰宅したようだ。どんどんと足音がして、母が私の部屋に向かって来る。そして部屋の扉が開けられると、母は驚いた様子で私を見て言った。
「え? あんた今日塾じゃないの? なんでここに居るの?」
「あ、あのお腹が痛くて休もうかなって……」
私は咄嗟に言い訳をしたけど、これはなかなか厳しい状況だ。母の顔が段々と強張っていく。恐くて目も合わせられない。
「は? じゃあなんで早めに連絡しないの? っていうかあんた寝てたでしょ? 顔見れば分かるよ」
「え、いやでも本当にお腹すごい痛くて……」
母には私の全てがお見通しなのか、私はどんどん追い込まれていく。
「じゃあその宿題なに? まだ途中だよねそれ。宿題終わってないから塾行くの嫌だったんじゃないの?」
母は机の上に広げられていた問題集を指差しながら、厳しい口調で私を問い詰めていく。なんだか今日は特に母の機嫌が悪い日のようだ。
「ちが……違うよ、本当にお腹が……急に来たんだって……」
「いい加減にしなさい! 叩くよ?」
母は言い訳を続ける私に激怒して、遂に大声で私を怒鳴りつけた。
「ご、ごめんなさい……」
「今からでいいから急いで行ってきなさい!」
「分かりました……」
結局お腹が痛いから休むという言い訳は通用せず、私は今から大遅刻をして塾に行くことになった。鞄に教材と筆記用具と携帯、作り置かれていたお弁当を素早く詰めてしぶしぶ家を出た──。
────私は今、駅前のカフェで宿題をしている。やっぱりどうしても気が重くて行く気がしなかったのだ。宿題も終わってないのにこんな大遅刻して塾に行くのは怖い。それに今から急いで向かったとしても電車で数駅先の場所にある塾に到着する頃にはもう授業は終盤で、ほとんど無駄足になるということを考えると馬鹿らしくもあった。そういうわけで今はここで時間を潰している。丁度良い時間になったら家に帰るつもりだ。サボったことがバレないことを祈るしかない。宿題をしているのはこの罪悪感を軽減するためだ。
しかし、やはり世の中はそう甘くはなかった。唐突に私の携帯が軽快なメロディを奏でる。母からの着信だ。
「あんた、今どこに居るの?」
「えっと、今さっき塾終わったとこだよ」
「先生から英梨さんが塾に来てないって連絡あったけど?」
「……」
そうだよね。こんなのすぐバレるってわかってた。でもそれでも私は塾に行きたくなかったんだ。現実から目を背けたかったんだ。
「で、どこで何してるの?」
「……」
「聞いてんだけど?」
電話越しに母が厳しいトーンで問い詰めてくる。
「ごめんなさい。今、駅前のカフェに居ます……」
「は? あんた馬鹿なの?」
「ごめんなさい」
「はあ……何してんのか知らないけど、とりあえずもう遅いから帰って来なさい。帰って来たらお説教だからね」
「は、はい……」
帰ったら相当怒られるんだろう。怖いけど仕方ない。
「お尻叩くから覚悟しときなさい」
言われて背筋が凍った。胸の鼓動が急激に激しくなっていく。
「え? はい……」
「早く帰って来なさいね」
母は最後にそう言い残して電話を切った。お尻を叩くって、そんなの何時ぶりだろう。痛いし恥ずかしいし本当に最悪だ。今日はなんでこんな災厄の日になってしまったのだろう。身体の震えが止まらなくて、目は熱くなって、周りの人から見ても異常な程私は今動揺していると思う。それを分かってはいるけど自分ではとても震えを抑えられそうにない。動揺しつつもなんとか店を出て帰路につく──。
お尻を叩かれる──。頭の中でその言葉がぐるぐると駆け巡り続けて離れない。とにかく私はその母が行う罰が苦手だった。罰なのだから痛く苦しいのは当然なのかもしれないけど、あの罰はそれだけではなく、恥ずかしさからか胸の奥がすごく締め付けられるような感じがする。だから私にとって一番されたくないことだった。それを今日これからされるんだ。そう思うと緊張で変な汗が出る。視界に映る景色なんて全く頭に入ってこなかった。
────しばらくとぼとぼと歩いて、気が付くと私は家の前に立ち竦んでいた。家に入るのが凄く怖い。数秒目を瞑ってから、すうっと息を吸い込んで勢いよく吐く。情けない私なりに覚悟を決めて扉を開いた。
「おかえり、英梨」
「た、ただいま。ママ」
玄関では母が鬼のような形相で待ち構えていた。私は丁寧に靴を並べて脱いで玄関に上がる。母は静かに私の様子を伺っている。それがなんだか不気味で恐ろしい。
「それであんたこんな時間まで塾サボって何してたの?」
「えと、カフェで時間を潰してました」
「何で? 意味分かんないんだけど?」
「……」
「早く答えなさい!」
「いたっ!?」
母は大声で怒鳴りながら、私の左頬を思い切り引っ叩いた。視界が一瞬真っ白に輝いて、少し遅れて鋭い痛みが襲ってくる。平手の衝撃で私は膝をついて倒れ込んだ。
「塾行くのが怖かったんです」
恐ろしい顔で立っている母を見上げながら、私は言葉を絞り出した。
「何甘えたこと言ってんだ! ふざけんじゃないよ、こっちへ来なさい!」
母は倒れ込んでいた私の左腕をぐっと掴んで引っ張り上げて、私をリビングまで連行した。こんな感じで怒ってヒートアップしたときの母は男の人みたいに凶暴になる。そんな母が本当に恐ろしくてどうしても目が潤む。
リビングに到着すると母は私を床に放り投げた。そして両手と膝をついて倒れ込む私に母が頭上から言い放つ。
「お尻を出しなさい!」
嗚呼、やっぱり叩かれるんだ。分かってはいたけど胸がどきりとする。
「ま、待ってよママ。一応カフェで宿題はやってたよ」
「塾行かなきゃ意味ないでしょ? 早くお尻出しなさい!」
冷たい声で母が言う。
「お願い……待って許して……お尻は嫌!」
怖くなった私は床を這って壁際まで後退した後、背中を壁に押し当ててお尻を庇った。こうすればなんとなく母に抵抗できるような気がした。
「こら! 許さないよ!」
しかしそんな努力も虚しく、母はまた壁際まで追い込まれた私の腕を掴んで身体ごと引っ張り上げる。怒った母の力は異常な程強く、身軽な私の体勢はあっさりと崩された。
「嫌……嫌だよ……ごめんなさい……もう絶対サボりません! お尻は止めてえ」
「無理。お仕置きするよ!」
ソファまで連行される途中、泣きながら謝ったけどやっぱり許されない。母はソファにどしんと腰掛けるとそのまま力技で私を膝の上にうつ伏せにして乗せた。こうなるともうどうしようもない。膝の上でも軽く暴れたけど、母は腕力で私を押さえつけた。
「嫌……嫌だよお」
間もなく私のショートパンツと下着ががっしりと掴まれて躊躇なく膝まで降ろされる。母の膝は温かいのに、叩かれるために剥き出しにされたお尻はひんやりと冷たい空気に撫でられて私の羞恥心を増幅させる。この叩かれる直前が最も恥ずかしく恐ろしい瞬間だ。顔がどっと一気に熱くなって、今私の耳は真っ赤になっていると思う。部屋には母と私の二人だけ。他に誰かが見てるわけでもないのにどうしてこんなに恥ずかしいのだろう。母の平手がひゅんひゅんと風を切る音が聞こえる。もうすぐだ、もうすぐ来る──。
「いたっ!」
刹那、私のお尻に電撃のような衝撃が走り少し遅れて鋭い痛みが走る。乾いた音がリビングに響き渡り、それがまた恥ずかしさを増幅させる。
「いたっ! いやっ! やだあ!」
続いて休まず母の平手が次々と私のお尻に振り下ろされる。ぱちんぱちんと私のお尻が情けなくリズミカルな打音を奏でる。その音が耳に入る度に何故か胸の奥が締め付けられるように感じて息苦しい。
「いやあっ! ごめんなさい! ごめんなさい!」
「謝っても許さないよ! 情けないあんたのために叩いてるんだからね!」
どんなに謝っても母は手を止めない。ぱちんぱちんと私のお尻をこれでもかと懲らしめ続ける。はじめは痛みより恥ずかしさの方が大きかったけど、段々と蓄積される痛みに耐えられなくなって大声で泣き喚きたくなる。
「いやああああ! もうやめてええええ! やめてよおおお! もう反省した! 反省したよお!」
「こら! 暴れない!」
痛みに耐えられず泣きながら身体を大きく捩って暴れて、私は母の膝の上から転げ落ちた。
「戻りなさい! まだまだ許さないよ!」
いったいいつまで叩かれるのだろう。既に数十発は叩かれている気がする。もう十分反省したから許してほしい。
「もう無理! もう無理!」
母は床に転げ落ちて暴れる私を捕まえて、今度はソファに直接うつ伏せで押さえつけた。そしてそのまま垂れ下がったシャツを捲くられ、勢いよくお尻を打たれる。リビングに乾いた音と私の悲鳴が響き続ける。
「逃がさないよ!」
「うわああああん!」
右左と何回も叩かれて、私のお尻の感覚は鈍くなっていく。まだまだ続くお仕置きに絶望したとき、玄関からがちゃりと扉を開く音がした。父が帰ってきたようだ。
「いたああああい! もういやあああ!」
それでも母はお仕置きの手を止めない。まずいこのままでは父に叩かれているところを見られてしまう。恥ずかしくて胸がぎゅっと締め付けられていく。なんとかしないと──。しかし思ったときにはもう遅く、父はリビングの戸を開けていた。父が登場して、やっとお仕置きは停止された。
「これは……いったいどうしたんだ?」
父は目を見開いて私の惨状を目の当たりにする。お尻を真っ赤にされて顔がぐちゃぐちゃになるまで泣いているところを見られるなんて、親相手とはいえ恥ずかしすぎてもう死にたい。
「英梨が塾サボったのよ。行けって言っても全然言うこと聞かないし、貴方もこの子をちゃんと叱って頂戴」
「すまないが、忙しい。それにそんなに厳しくしなくても良いんじゃないか塾くらいで」
「塾くらいでって、貴方は何も分かってない。ここでサボり癖が付いたら将来困るのはこの子なのよ。むしろ塾くらいちゃんと行かせないと。貴方はいつもそうやって仕事仕事で全然子供見てくれないよね」
「こっちも遅くまで働いて疲れてるんだ。勘弁してくれ」
私はソファの上でシクシク泣きながら、両親の会話の様子を伺いつつそれとなく下着を上げようとした。しかし、母が私の動きを見逃す筈もなくすぐに静止させられる。
「あんた何勝手にパンツ上げてんの? まだ終わってないよ!」
「ご、ごめんなさい」
母がまた力技で私をソファに押さえつける。そんな私達の様子を見ていられなくなったのか父が私に助け船を出す。
「もう離してやって良いんじゃないか? 英梨も十分反省しただろう?」
「うん……すごい反省したよ……もう絶対サボりません……」
父に聞かれて私は必死で頷いて答える。
「はあ、しょうがないわね。私も苛々して厳しく叩きすぎたかもしれないわ」
父の介入で母は落ち着きを取り戻したのか、ようやく私を抑えていた手を離した。解放された私はゆっくりと下着とショートパンツを上げる。打たれたお尻に布が擦れて痛いけど、丸出しで恥ずかしいよりはましだ。
「あんた本当に反省した? あんたはパパが汗水垂らして稼いだ塾代もドブに捨てたんだよ? 分かってる?」
「うん。本当に反省しました。これからは塾ちゃんと頑張ります」
「パパにもちゃんと謝りなさい」
母にそう言われて、私は父に頭を下げて謝る。
「パパ、塾サボって本当にごめんなさい」
「もういいよ。俺が家族のために働くのは当然のことだし、それに英梨は十分よくやっていると思うよ」
優しい父はいつも私を許してくれる。父に怒られたことなんてほとんど無い。優しいというか干渉してくることがないだけかもしれないけど。
「パパ、甘すぎだよ」
その様子を見て母が呟く。本当に母は厳しい。でもその厳しさも私のためにやってくれていることなのだから感謝しなくてはならないだろう。
「はいじゃあこの話はおしまいな。腹減ったからなんかご飯作ってくれないか」
父はお腹が空いているのか、重苦しい空気を入れ替えたかったのか晩御飯を求め、母がそれに応える。
「ああご飯なら作っといたわよ。英梨は残ってるお弁当食べたら先にお風呂入っちゃって」
「はーい……」
母は作り置かれていた手料理を取りに台所へ向かった。リビングの重苦しい雰囲気は取り払われていき、我が家は私を除いて何時もの日常を取り戻す。でも叩かれた直後の私だけは気分が沈んだままだ。お尻はまだひりひりと痛むし、父に見られたこともとても恥ずかしい。私は塾で開ける筈だったお弁当を速やかに食べた後、逃げるように浴室に向かった──。
────入浴後、髪を乾かしてから自室のベッドに横たわる。お風呂では叩かれたお尻にお湯がしみて痛かったけど我慢して身体を洗った。こんなこともう二度とされたくないと思いながら目を閉じる。自分のためにも明日から頑張らないとな。
暗闇の中でまだひりひりと痛むお尻を手で優しく擦る。凄い衝撃だった。どうしても叩かれるあの感触をまた思い出してしまう。思い出すだけでまた顔が熱くなって胸がどきどきする。忘れたいのにあのときの感覚と光景が頭を駆け巡る。きっと父も母も私がこんなふうに苦しんでいることは知らない。
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