女児霊といっしょに。シリーズ

黒糖はるる

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女児霊といっしょに。~学校の七不思議~

第六章:蝕愛 7

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 雨は水曜日の深夜から降り始めた。
 朝になっても雨は止まず、日の光がさえぎられた街並みは陰鬱いんうつさに支配されていた。
 傘に落ちてくる雨粒のアトランダムな演奏以外、耳に届くことのない静寂な道。誰も歩いていない。たまに通るのは車だけ。
 いつも喧しいと思っていたのに、いざいなくなると不自然な静かさに鼓膜が戸惑う。
 水たまりに足を突っ込んでも。
 通りすがりの車に泥水をかけられても。
 びしょ濡れになっても直らない癖っ毛の前髪があっても。
 それを笑ったり慰めたりする存在は、いない。
 いないんだ。

 傘の先を地面に付けて軽く振り雨粒を振り落として、ぎっしり詰まった傘立ての隅に差し込む。
 ここは晩出市総合交流センター「ハート・バンデ」。
 市民同士が気軽に交流出来るようにスペースが設けられており、会議室や自習室などもある。また子育て支援や高齢者向けの講座などの福祉用途にも使用されている。要するに市民向けの色々出来る施設だ。
 何故、オレがこの場所にいるのか。それは大切な話があるからここに来るように、と昨日連絡があったのだ。
 呼び出したのは可児校長。現在立ち入り禁止になったため、オレも校長も奥部小に入ることが出来ない。もっとも、立ち入り禁止を決定したのは他でもない可児校長なのだが。

「やぁ、駆郎君」

 肥えた腹を揺らしながら、可児校長が出迎えに来てくれた。普段と変わらずかに柄ネクタイ姿だ。
 そんな可児校長は天候を気にして蟹柄のタオルを用意してくれていたようで、それをオレに差し出してきた。

「これを使って。随分濡れているみたいだけど、傘が壊れたのかい?」
「……いえ、昔から傘を差すのが下手でして」

 タオルを受け取ると、髪の水気を拭き取る。
 差すのが下手、なんて当然嘘だ。もう少しまともな言い訳は出てこなかったのか、と自分を叱責しっせきしたい。だが本当の濡れた理由が“呆けたまま歩いてきた”せいなので、責め文句が思いつく程脳味噌のうみそは働かなかった。

「それで、話って何ですか?」
「まぁまぁ。そこで一息ついてからにしましょう」

 可児校長はオレの肩を掴み、センター内のカフェへと押し込んだ。

 丸テーブルの上にはコーヒーカップが二つ。雨で冷えたオレを気遣ってくれたのか、ホットコーヒーを頼んでくれた。












「さ、遠慮せずにどうぞ。温まりますよ」
「……頂きます」

 熱いコーヒーを一口すする。

「駆郎君は無糖派なんですね」
「……はい」

 一方の可児校長は砂糖を大量に投入している。不健康なのではないか、と心配になるような量だ。

「そんなに糖分を摂り過ぎたら健康診断に引っ掛かるぞ、って思ったでしょ?」
「……大体その通りです」
「はっはっは。自分でもいけないって頭では分かっているんですけどね。美味しい物を体は求めるんですよ」

 甘くなり過ぎただろうコーヒーを美味しそうに飲む可児校長。しかしまだ甘みが足りなかったのか、また砂糖を追加で入れている。

「美味しい物と言えば、実は私の好物は蟹なんですよ。カニボウズだけに」

 それは初耳だ。小学校に通った六年間、本人どころか周囲の人からもそんな話を聞いたことはない。

「若い時から仲間から共食いだとよくからかわれましたよ。でも今でもよく食べていて、プリン体の摂り過ぎだと家内から言われてます。……人間、好きな物は早々変わらないんですよねぇ」

 多分、朝礼で話すような良い事を話しているんだと思う。
 でもそんなことを話すためにオレを呼んだのか?可児校長には申し訳ないが、説法を聞いていられる程気持ちに余裕がない。

「こんな下らない話を聞きに来たんじゃない、って思いましたね」
「そうですよ。オレは浄霊に失敗して学校閉鎖する事態を招いたんだ。こんな所で暢気にコーヒーを飲んでいる場合じゃないんです!」

 思わずテーブルを叩いてしまった。
 突然の騒音に驚いて、他の客が何事かとこちらを見つめていた。

「落ち着いて座りなさい、駆郎君」
「だから――」
「座りなさい」

 可児校長の重低ボイスは、オレから黙って座る以外の選択肢を奪った。
 周囲の人達に謝罪の会釈を軽くして、オレは椅子に再度腰を掛けた。可児校長の顔を真っ直ぐと見た……が、険しい強面こわもて顔で視線が自然と下へと向いてしまった。

「君のことだから責任を感じて荒んでいると思いましたが、概ね正解だったようですね。呼び出して良かったです」

 一呼吸置いた後の可児校長の声は、いつもの諭すような声に戻っていた。
 やっぱり、見透かされていた。直接会う前から心を読んでいるなんて、オレがどういう人間なのか多分オレ自身より理解している。

「駆郎君の事情は聞いています。相棒の霊もろとも悪霊を封印したそうですね」

 どくん。心臓が大きく跳ねた。
 悪霊に侵食されて歪んでいくななの姿がフラッシュバックした。
 オレに力が足りなかったせいで自ら犠牲になることを選んだ、相棒の姿が。

「その相棒の霊は駆郎君にとってどんな人ですか?ただの仕事仲間なのか、友人なのか、それとも恋人ですか?」
「それは……どういう意味ですか?」
「そのままの意味ですよ。直感で、君にとってどんな存在だったんですか?」

 考えてもなかった。
 ななはオレの初仕事をサポートする相棒。
 そしてオレに課されたもう一つの仕事の、事実上の依頼主。記憶を取り戻して気持ちよく浄霊してあげなくてはいけない霊。
 でも、それだけだろうか?
 可児校長の言う通り、オレにとってただの仕事仲間兼依頼主なのか?

「よく……分からないです」

 成り行きで一緒にいることになったけど、ななとオレの関係を説明する言葉が分からない。足りない語彙力が恨めしい。

「では質問を変えます。その相棒の霊は君にとって大切ですか?」
「大切です!」

 これは即答だった。
 頭で考えるより先に言葉が飛びだしていた。

「なながいなかったら解決出来ないことだってあった。なながいなかったら死んでいたかもしれないこともあった。生意気な奴でいつもオレのこと茶化してくるけど、あいつがいたからここまでやり遂げてきたんだ!」
「落ち着いて、駆郎君。もう一回座ろうか」

 はっと我に返る。
 感情に任せて大声で叫んでしまったようだ。

「……すみません」

 すごすごと縮こまる。
 そんなオレの頭を可児校長は乱暴に撫で回した。

「な、何ですか、急に!?」

 驚きと恥ずかしさで飛び退いてしまった。

「髪の量がいいな~って思ったから、つい……」
「はいぃっ!?」
「今のは冗談だ。私はハゲじゃなくてあえてスキンヘッドにしてるからね」

 本当に、急にどうしたんだ可児校長。まるでオレのことを、問題に正解した小学生を褒めるみたいに扱って。

「駆郎君が優しい人に成長しているようで良かったよ」
「……は?」
「一緒に戦った相棒の霊のことを大切に思っているんだろう?それなら今、君がやるべきことは分かっているね?」

 オレのやるべきこと。
 決まっている。ななを悪霊の魔の手から取り戻すことだ。

「でも学校は閉鎖しているから――」
「ああ、そうだ」

 発言を遮り、可児校長は何かを思い出したかのように手をぽんっと叩く。
 子供の前でする、わざとらしい仕草だ。

「困っていることがあるんだ。実は校舎を開ける鍵をなくしてしまったんだよ。見つけたらすぐ私に教えてほしいんだ」

 こんなかんじ、と鍵の形を描いたメモを渡してきた。エコなことにこのメモの紙は印刷失敗したプリントだ。

「あぁ、でも今日から今週いっぱいまで大事な会議があって忙しいんだった。う~ん、もし連絡がつかなかったら預かっていてほしい。大丈夫、使。あと、鍵をなくしたことはここだけの話だよ。バレたら怒られちゃうからね」

 可児校長は早口で一気に伝えてくる。オレに余計な返答をさせないような、そんな意図を感じる。それに子供のことを第一に考えていて曲がったことが嫌いな可児校長とは思えないような失態と口止めだ。

「おっと、そろそろ行かないと会議に間に合わなくなってしまうな。それでは先に失礼するから、鍵の件は頼んだよ駆郎君!」

 誤魔化すような笑い声を上げながらささっと荷物を纏め、可児校長は足早に立ち去っていった。
 結局、オレの返答を一切聞かずに帰ってしまった。
 そんな可児校長が座っていた椅子の上には、
 ……そういうことか。
 オレは可児校長のご厚意に預かることにして、その鍵をポケットの中に仕舞った。
 コーヒーを一気にあおる。
 もう、うじうじしている時間はない。
 ななを救い出すために、大切な相棒を取り戻すために!

 「合計で六百円になります」

 コーヒー代は二人分払う羽目になった。
 ……鍵のレンタル料ということにしておこう。

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