必ず会いに行くから、どうか待っていて

十時(如月皐)

文字の大きさ
54 / 984

53

しおりを挟む
 年のせいかしわがれているというのに、屋敷どころか表にまで響いているであろう怒声が耳に届いた瞬間、少年の身体は地面に頽れていた。
「この役立たずッ! 誰のおかげでおまんまが食えると思ってんだッ!」
 ビシッ、と鋭い音が響くと同時に、背中が焼け付くように痛み、熱を孕んだ。それでも唇を噛んで、零れ落ちそうになる悲鳴も呻きも飲み込む。そんなものを少しでも零せば、硬い棒を持って己を見下ろしている主人の機嫌を損ね、この苦痛が永遠に終わらないことを少年は知っていたからだ。
 もうずっと、それこそ物心ついた時にはこんな環境にいたのだ。少年にとってはこれが普通で、日常だった。
 食事こそ与えられるものの、ろくに休むことのできない身体では限界が来るのは当たり前で、失敗も増えていく。だがそんなことはこの主人に関係のないことだ。
 使えなくなれば、捨てて新たな働き手を連れてくればいい。主人にとって使用人などいくらでも替えの効く消耗品で、生きたいと思うなら、ほんのわずかな米を口に入れたいと思うなら、少しでも長く働けるよう気力を振り絞り身体に鞭打つしかない。
(立たないと……)
 周りは主人の怒りが己にも向かうことを恐れて近づこうとしない。当然、助けてくれる者などいない。立たなければ、捨てられる。特別この屋敷にも主人にも思い入れなどないが、ここから放り出されれば餓死するか野良犬に食い殺される運命しか待っていない。
 生きる希望など無い。夢を見る事すら知らない。生きていたところで誰が喜ぶわけでもなく、死んだとて誰が悲しむことも無い。どうせ天涯孤独なのだ。けれど、死にたくないと、漠然とそう思う。
 生まれてきて良かったと、思ったことは無い。幸せな記憶も、笑った記憶も、何一つ少年には存在しない。そんな人生をここで終わっては、何のために生まれてきたのかと嘆きや悲しみしか残らないではないか。
 一度で良い。たった一度で良いから、ぬくもりが欲しい。生きていてよかったと思える瞬間が、それが瞬きひとつほどに短いものだったとしても欲しい。
 生きていてよかったと、そう思える何かを――。
 けれどその思いとは裏腹に、少年の身体はもう僅かも動かず、視界は闇に閉ざされてしまった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

【完結】薄幸文官志望は嘘をつく

七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。 忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。 学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。 しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー… 認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。 全17話 2/28 番外編を更新しました

さよならの合図は、

15
BL
君の声。

流れる星、どうかお願い

ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる) オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年 高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼 そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ ”要が幸せになりますように” オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ 王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに! 一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが お付き合いください!

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー AI比較企画作品

あなたが好きでした

オゾン層
BL
 私はあなたが好きでした。  ずっとずっと前から、あなたのことをお慕いしておりました。  これからもずっと、このままだと、その時の私は信じて止まなかったのです。

果たして君はこの手紙を読んで何を思うだろう?

エスミ
BL
ある時、心優しい領主が近隣の子供たちを募って十日間に及ぶバケーションの集いを催した。 貴族に限らず裕福な平民の子らも選ばれ、身分関係なく友情を深めるようにと領主は子供たちに告げた。 滞りなく期間が過ぎ、領主の願い通りさまざまな階級の子らが友人となり手を振って別れる中、フレッドとティムは生涯の友情を誓い合った。 たった十日の友人だった二人の十年を超える手紙。 ------ ・ゆるっとした設定です。何気なくお読みください。 ・手紙形式の短い文だけが続きます。 ・ところどころ文章が途切れた部分がありますが演出です。 ・外国語の手紙を翻訳したような読み心地を心がけています。 ・番号を振っていますが便宜上の連番であり内容は数年飛んでいる場合があります。 ・友情過多でBLは読後の余韻で感じられる程度かもしれません。 ・戦争の表現がありますが、手紙の中で語られる程度です。 ・魔術がある世界ですが、前面に出てくることはありません。 ・1日3回、1回に付きティムとフレッドの手紙を1通ずつ、定期的に更新します。全51通。

Rion

栄吉
BL
『これから、彼と』に登場した 神宮寺璃音と新田虎之丞の お話 『彼と過ごした一年間』 『これから、彼と』 『これからも、ずっと、彼と』 併せて読んで頂けると嬉しゅうございます

処理中です...