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2017.5.3.Wed
処刑と襲撃① 【 二日目 夜 】
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「クソッ! あいつら、本当にこの状態で放置しやがって……!」
ギシギシと、椅子が軋む音が、物音一つしない丸太小屋の中に響く。畜生、ぎっちりと縛りやがって。明宣の奴、馬鹿力が過ぎるんだよ。
そうして、何度か脱出しようと藻掻いてみるが、自身を拘束する縄はびくともしない。せめて刃物か、あるいはガラス瓶でもあれば、と思うが、生憎、付近にあるのは、木造のベッドとテーブルくらいしかない。
強いて言うなら、目線の先、数メートル右側に窓ガラスがあるが、……どのみち、この状態では、割る事もままならないだろう。
暴れる事にも疲れ、仕方無く椅子に身体を預けながら、俺こと、塙美津瑠は現状を恨む。思い出されるのは、数時間前の事だ。
「俺は人狼なんかじゃねぇ! 信じてくれよ……!」
最初の“人狼裁判”で最多票を得て、人狼だと断定されてしまった俺は、明宣と将泰、そして相田先生に押さえ込まれながらここ、丸太小屋へと連行された。
久し振りに来たそこは、夜である事も相まって、何かが潜んでいそうに思える程の不気味さを醸し出していた。
小屋に近付くにつれ、危機感を募らせた俺は、何とか三人から逃れようと暴れ出す。
冗談じゃねぇ。こんな不気味な小屋に置き去りにされたくない。それにここは、“処刑予定者の隔離場所”なんだろう? なら、処刑を行うとしたら、ここでやるって事になるんじゃねぇのか? もしそうなら、……ここに閉じ込められる事そのものが、死を意味しているという事になるんじゃねぇのか!
おそらく、これから起こるだろう最悪の未来が頭を過ぎり、ひたすら抵抗していると、不意に近付いて来た将泰が、ぼそりと俺の耳に何かを囁く。
「良い加減諦めろ美津瑠。 死ぬ事が怖いのか? ……そういうの止めろよ。萎えるだろ」
「将泰、お前……!?」
「お前自身が言った事だろう。あれは当然、自分が“こう”なるだろう事も覚悟した上での言葉だよな?」
言いつつ将泰は、俺の手首を握り、ギリギリと力を込める。あまりの痛みに抵抗を止めてしまった俺は、チャンスとばかりに、三人がかりで小屋の中へと引き摺られて行った。
暗い廊下を挟んだ両側の内の右側、出入口から最も近い場所のドアが開かれる。そこにあったのは、暫く使われていなかった、埃っぽい一室だ。
この丸太小屋は、ストーブ用の薪を保管するだけでなく、人が大勢泊まりに来た時の宿変わりにもなると聞いている。その為、ここには狭いなりにも、部屋が四つあるらしい。
「とっとと終わらせるか。ここでもたついて、時間内に部屋に戻れないとか馬鹿げている」
「だな、そのせいで一度に四人死んだりとかしたら、笑えないよな」
「すまない、塙君。だが、これも他の皆を救う為なんだ……!」
明宣、将泰、相田先生がそう言いながら、俺を近くにあった椅子に座らせ、縄でぎっちりと縛り付けた。止めろお前ら。こんな事したら逃げ出せなくなるだろ。
「は……!? ふざけんなお前ら! 外せ! 外せよ! 俺は、村人だ!!」
ガンガンと、椅子が倒れそうになるくらいに、俺は激しく暴れるが、びくともしない。そうして俺が、縄と格闘している間に、三人は部屋を出て行こうとする。おい待てお前ら! 本当にこのまま置いて行く気かよ!
俺は確かに村人だ! ここで俺が死ぬ事は、村人が一人減るという事だ。良いのか? この時点で、お前らは敗北に一歩近付く事になるんだぞ!?
「後悔するぞ! これで今晩、死ぬ事になるのは村人だ! お前らは、自分の首を締めているんだぞ!! 終わったな! このゲーム、勝つのは人狼だ! それに気付かない大馬鹿野郎共め! すべてが終わってから泣きを見るんだな! あっはははははは!!」
俺を差し出した元仲間達の決定が、あまりにも愚かに思えて、俺は狂ったように笑う。笑い過ぎて涙が滲む視界に、哀れなモノを見るような目を俺に向ける、三つの顔が映った。
喚き、嗤う俺に何も返す事無く、あいつらは部屋のドアを閉めたのだった。
(もっと楽しみたかったなぁ……。こんな機会、滅多にねぇっていうのに。……こんな筈じゃなかったのに。こんな最初で処刑されるとか、格好悪過ぎだろ。)
昔から、刺激的な事が大好きだった。
映画もゲームも、サバイバル系やデスゲーム系とかの、スリル満点な物ばかり選んでいたし、スカイダイビングやバンジージャンプにも憧れていた。
特に、女の子口説く時の駆け引きは、ゲーム感覚でワクワクしたし、口説き落とせた時の達成感が堪らなくて、しょっちゅう女の子をナンパしていた。おかげで“ナンパ野郎”の称号を得てしまったが、事実なので仕方無いとは思っている。
だからこそ、今回のこのゲームは、大歓迎だった。
こんな刺激的なシチュエーション、一生に一度でも遭遇出来るようなモノじゃない。通常の人狼ゲームと同じように、相手を騙し、欺き、処刑台に送る。……最高じゃないか!!
それなのに、結果はこのザマだ。
楽しみにしていた “裁判”では票を集め、早々にゲームを脱落してしまった。自分がヤバイ思考持ちだという自覚はあるが、気分が高揚すると、化けの皮が剥がれてしまう悪癖が、一番の敗因かもしれない。
本当に、惜しい事をした。出来るなら、もっとこの非日常に浸っていたかったというのに‼
自分の失態に歯噛みしていると、突然、ドアの方からガチャガチャと、鍵を開けようとする音が聞こえた。
「…………は?」
その音はやがて、カチ、と解錠する音に変わり、ギィィ、と古いドアを開く不気味な音が、室内に響く。瞬間、外から侵入して来た生暖かい風が頬を撫で、ぞわり、と背筋を震え上がらせる。
(来た……! もしかして、処刑人的な奴が来たのか……? )
バタン! とドアが乱暴に閉まった後、コツ、コツ、と床を鳴らす靴音が、徐々に近付いて来る。
静かに、しかも確実にやって来るだろう“死”に、俺は恐怖を感じていた。ばくばくと胸を打つ心臓の暴れる鼓動と、がちがちと己の歯が鳴らす音が煩い。
そして靴音が、俺から僅か数メートル近くのところで止まる。テーブルに設置された蠟燭に火が灯された瞬間、俺は、目の前の光景を疑った。
(…………え?)
自分は、幻覚を見ているのだろうか。そんな、そんな事あるわけない。──あっては、いけないんだ……!
「……嘘だろ? 何でだよ! 何で──!?」
思わず上げた叫びは、首に深く食い込んだ何かに止められる。厚くて重いそれは、おそらく斧か鉈か、兎に角、ここにある刃物だと思われた。それが一気に引かれた瞬間、首から勢い良く何かが吹き出し、顔に降りかかる。
……この匂い、絶対血じゃねぇか。何だよ。本当にこれで終わりなのか。呆気無いもんだな。
直後、足元に衝撃を感じて、自分の身体がぐらりと横側に大きく揺れる。多分、椅子を蹴られたのだろう。
「二日目の処刑、完了」
そんな淡白な声が耳に届くのと、自分が床に倒れたのは、ほぼ同時だった。どくどくと、熱い液体が首から止めどなく溢れるのを、薄れゆく意識の中感じていた。
何で、こんな事になっているんだろう。
やっぱり、***の事で、バチが当たったのか。
でも、仕方無ぇと思うんだよな。将来の事考えたら、***より朱華ちゃんを選ぶのが当然な筈だし。まぁ、確かに、申し訳なかったとは思うけどさ……。
どのみち、こんなところで死んだら、意味無いよな。
ごめん、***。多分、というか絶対、許してくれないよな。
それが、俺の人生最期の反省となったのだった。
◇
「……もう、こんな時間か」
腕時計で時刻を確認すると、もうじき午前零時になるところだった。……あの手紙によると、人狼が行動を始める時間だ。
丸太小屋に置いて来た、塙君は無事だろうか。……なんて、おこがましい。危険性があると判っていながら、彼を丸太小屋に置き去りにしたのは、自分でもあるというのに。
「……すまない、塙君」
自分の無力さ、至らなさを痛感しながら、私、相田修作は懺悔する。
手紙のルール上仕方無かったとは言え、私は塙君を見捨てた。判っている。もし、彼を庇って丸太小屋に連れて行かなかったら、ルール違反と見なされ、他の教え子達を危険に晒していたかも知れないのだから。
しかし、だからといって、彼を犠牲にして良かったとは思えない。本来なら、何としてでも生徒を守るのが教師だと、私は思うからだ。
「……私はまた、教え子を犠牲にするのか」
私はふと、六年前の事を思い出す。***さんが、自分に助けを求めて来たにも関わらず、結局はその手を離してしまった。ひとえに、私が学校からの圧力に抗おうとしなかったからだ。結果的に***さんは……。
私は、自分の犯した罪の重さに耐えられず、妻にすべてをぶちまけた。妻はそんな私を責める事はなかったが、数日後、息子を連れて家を出て行った。当然だと思う。私だって、こんな最低な教師に、我が子を預けたいとは思わない。だから、……仕方無いのだ。
そろそろ寝るべきだろうか。そう思い、再び腕時計を確認しようとしたところで、突然、部屋のドアが開く。
あぁ、今日の襲撃先は私か。虚しい事だが、これも運命なのだろう。大人しく、受け入れようと思う。
抵抗する素振りも見せず、デスクの椅子に座っていると、明かりを手にした人影が、部屋に入って来る。その人影の顔を確認した時、私は、このゲームの目的を知った。
「そうか、……君か。もしかしたら、と思っていたよ。……***さんの、仇討ちだね?」
私がそう言うと、やって来た人影──人狼は、少し驚いたようだった。まさか、気付いているとは思っていなかったのだろう。だが生憎、いくら年を重ねたとしても、今まで受け持った教え子達の事は、一人として、忘れたつもりはない。
「私を、殺しに来たのだろう? ……申し訳無いが、ほんの少しだけ待ってくれないか? 大丈夫。あまり時間はかからないからね」
言いながら私は、愛用しているボストンバッグを開き、目的の物を取り出して、相手に手渡す。
「これを、託しても良いかな? あの子が、探していると思うんだが。偶然、私が見つけてね。ずっと渡したかったのだけど、会う機会が訪れぬまま、今日まで来てしまった。……ずっと、後悔していたよ。“あの日”の事は。私は教師でありながら、結局は権力に負けてしまった。今更だろうが、……すまなかった。君達からすれば、自己満足にしか見えないと思うが、せめてけじめを付けたかったんだ」
こんな、今更の謝罪をしたところで、罪が帳消しになるとは思ってはいない。それでも、言葉にせずにはいられなかった。
私は、教師失格だ。本当ならもっと早く、教壇から退くべきだった。けれど、臆病で卑怯な私はずっと、己のポストにしがみ付き続けた。どうしようもない、馬鹿者だ。しかし、それももう終わりだ。
「……もう良いよ。最後まで聞いてくれてありがとう。いっその事、一思いにやってくれないか?」
伝えたい事は伝えられたし、託すべき物は託した。もう、思い残す事はない。……いや。本当は、もう一つだけある。けれど、それを今から叶える事は、出来ない。
これは、私自身への罰だ。弱者たる生徒を結果的に見殺しにした、愚かな教師への罰である。
ベッドに座り、ゆっくりと目を閉じる。すると、数秒も経たずして、大型の刃物と思われる何かが、首に食い込むのが判った。刹那、それが横にスライドされるのを感じて、自分の頸動脈が断ち切られたのだと悟った。
「……二日目の襲撃、完了」
感情を消し去ったその声を聞いてすぐ、身体が床に叩き付けられる。今朝、嗅いだのと同じ、鉄錆に似た生臭さが鼻腔を刺激した時、私はようやく、もうじき訪れる死を実感した。
早智子、駿、今まですまなかった。父さんは、先に逝く。
出来る事なら、もう一度だけ、会いたかった。
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