黒豹無頼針

結出粕木

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黒豹無頼針

1〝立花次郎〟

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 最獄おわり国。すべての戦いが終わった国。二つの大きな剣が重なり合い、有る筈の無い実在する虚無〝空白から試練しれん〟が生まれた国。その国に人はおらず、しかし、その国には信仰者がいた。

 意味ありげに壁に塗料で刻まれた文字は古代文字。

 〝立花家に生まれる「メラニズム」には別の名が与えられる〟

 始まりは、存在する。



 昔々、あるところに。一人の能力者がいた。「混ぜ合わせる能力」を持つその能力者は獣の神を作り出した。獣の神は人の神と恋に落ち、獣人を作り出した。昔々、あるところに。一人の能力者がいた。獣人で、「混ぜ合わせる能力」を持っていた。能力者は自らの息子とある男を融合させ、ある一人の獣人を作り出した。

 クロヒョウ獣人、立花次郎たちばなじろうである。立花次郎が獣人になった頃、何かの影響で月が削れ、半月と呼ばれる様になった。

 立花次郎が20歳になった。立花次郎はスーツを身に纏い、アメリカ合衆国某所にある8階建て建築物の前に立っている。逆さまの肉球のマークは獣の神ギガの信仰紋。表向きはギガ信仰のある小さな製薬会社。国際秘密特別捜索隊ZOO。構成員は10万人。首領の名はジェイコブ・クラクニ。幹部会は5名。小さな組織が行うのは、かつて存在した万年戦争の影響で起こった戦争や起こりうる戦争を砕く事。

 喫煙室にいた小柄の老人に視線を合わせるようにしゃがみ込んで、懐から紙切れを出し、読み上げた。

「ご老人、貴方は此処の職員か」
「はてェ?」
「此処の職員になる為に来た。面積を通り抜けたから来たのだけれど、もし職員ならば、受付に人がいないし、呼び鈴も無いものだから、どうにかして約束を確認してきて頂きたい」
「さてェ……」

 老人は煙草をくわえて、懐をまさぐった。

「どっちの職員か?」
「言うな聞くなが規則じゃ無かったか? ご老人」

 老人が拳銃を引き抜き、立花次郎に引き金を引いた。

「流動化の能力かのォ」

 グネグネと粘液のようにあたりに散らばり太い糸を引きながら立花次郎だったそれはぷるぷると震えて赤い瞳の眼球をぶらんと垂れ下がらせた。

「お前、職員じゃないのか」
「そうおもうか」
「面の構えで決まる。俺はそういう面をするジジイを知らないし、初対面にタマ向ける人間を身内にしたくない」

 立花次郎は眼球を拳銃の形・性質にするともう片方の眼球を弾丸に変えた。

「流動化の能力じゃない……ありえない、そんな動き!」
「誰も肯定してないさ。惜しいけど……」

 能力には物質を操る〝物質系〟現象を操る〝現象系〟物に変化を与える〝変化系〟身体を物質あるいは現象という概念に変化させそれを操る〝概念系〟の四つがある。概念系は自由度と引き換えに強さを失ったと揶揄されるくらいには弱い。

 老人の言う「流動化」は概念系に値する。

「ご老人、貴方何処の誰だ」
「概念系! ならばさほどの脅威も無い! ハハ、ハハハ! 構わん教えてやろう。ワシは千巣世界せんそうせかい所属! 〝狂わせ〟のオブリークじゃ!」
「千巣世界……! じゃあ、アキラさんの所の?」

 射殺しながら言う。形をもとに戻し、受付を覗き込み、呼び鈴を鳴らす。すると、受付の奥のファイルばかりの棚が変化していき、扉になる。チーンという音が合図らしく、音同時に扉が開いた。エレベーターらしかった。

「アキラさんも力をつけてきているんだなあ」

 そんなことを考えながら、再度開いた扉から外に出る。広大な空間が広がっている。寒気がたっていて、思わず震えた。

「来たか、立花次郎」
「……受付の所の喫煙室で千巣世界の輩が煙草なんぞ吹かしていましたよ」
「どうせ奴等には我々の此処もバレているから、殺してくれたのならば問題にはならない」
「秘密組織なんじゃ?」
「裏社会にはバレてる」

 名前変えろよ、と思った。

「さあ行こう。立花次郎。我々は基本的に二人一組で行動をする。君に紹介したい男がいる。君のバディさ。同じ日本人だから、気が合うのでは無いかな」
「日本人は陰鬱だから他人を好きになる事はない」
「私の知る日本人は大層明るく元気な厄介者だ。ほら来た」

 頭上を何かが飛ぶから、立花次郎は慌てて屈み、「なんだ」と叫ぶ。「にゃはははは!」と笑い声が響いた。

「このロケット楽し~ニャ!」
「彼だ」
「彼か……」

 もうダメかもしれないと思った。

「紹介しよう。矢柴! 自己紹介できるか!?」
「当たり前ニャ! もう21歳ニャ!」
「出来ないのが君ではないかな」
「ニャハハ! 言えてる!」

 もうダメかもしれないと思った。

「じゃあ自己紹介するニャ! オッス! 俺の名前は矢柴やしば愛之助あいのすけニャ! 好物はハンバーガーニャ! おまえはハンバーガー好きかニャ? チーズバーガーでもなんでもいいニャ。ちなみに俺はチーズバーガーが好きニャ。チーズのちょうどいい塩気とピクルスや、ソースの旨味が混ざり合っていい感じに美味しいんだニャ。それに、ハンバーガーは美味しい上に、人を強くするニャ。ハンバーガーを食うと、生まれたての赤子も、死にたての老婆も強くなるニャ! ムッキムキー! ハンバーガーパワー!」
「……ハンバーガーは嫌いだ」
「えーっ! そうなの!? じゃあ強くなれないニャ! どうするニャ!?」
「…………俺は強い……」
「そうなのか! 心強いニャ~! ニャハハハ!」

 もうダメかもしれないと思った。
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