黒豹無頼針

結出粕木

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黒豹無頼針

4〝今年もひとりきりさ〟

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 気がつくと、ZOO基地の医務室らしく、壁には「手洗いうがいしっかりしよう!」というポスターがあった。医務室を抜け出して、思い足取りで、二人の部屋へ向かう。

 見慣れた廊下では、いつも二人は応援している球団の話をして、時折立花次郎が何の気なしに呟いたつまらないダジャレで矢柴愛之助が笑って、またあるときは喧嘩をして。

 部屋についたら、デスクの前に座って、パソコンを開いて。
 自分の出した被害額の桁で「桁が小さかった方が晩飯奢りな!」と競争をした。しばらく、「被害額 0」の文字列を無感情に眺めてから、パソコンを操作した。プリンターが動くのを無感情で眺めて、首領のいる部屋のドアをノックした。

「立花……矢柴は……残念だが、蘇生はできなかった」
「日本支部、つくりませんか」
「…………は?」
「日本支部、俺が勝手に作るので、此処辞めてもいいですか」
「立花、急に何を言い出すんだ」
「俺が弱いばっかりに、あんたらから矢柴を奪っちまった。俺ァ、自分が情けなくて仕方がない。……だから、俺は此処には居られない」

 首領は頭を抱えて、ふと少し昔を思い出す。
 矢柴愛之助曰く。

『俺が仕事中に死にでもしたらあいつきっと自分の責任だとか言い出すニャ。それを否定すりゃあいつ逃げ場なくして死ぬかもニャ。だから、あいつが逃げることを、赦してやってほしいニャ』

 何故そこまで贔屓する。

『星の数程人がいるけどニャ……立花次郎って男は、億千万の星の中で誰よりも輝くべき男だからニャ』

 しばらく唸って。

「わかった」
「ありがとうございます」
「ただ、ZOOの日本支部というのが……予想外だった」
「そういう立ち位置になるというだけで……すいません。英語がわからなくなってしまい、意味不明なことを言ってしまった」
「組織を立ち上げるつもりではあるのか」
「……無国籍救命組織。セカンドエース。俺ひとりじゃあいつになれないから、何処かで生きている何処かの誰かと第二の矢柴になります」
「…………そうか……」
「もう行きますね」

 国境のない救命団体。何処にでも現れて、何処にでも帰る組織。
 救ってほしいと言われれば、悪人以外は救ってやる。
 立花次郎の脳みそは何処かが壊れてしまっているらしかった。

「立花次郎」

 振り返る。

「立ち向かわなくてはいけない時はいつか来るぞ。いつまでも逃げつづけるつもりか」

 何も言わずに、二つ呼吸を置いて、部屋を出た。
 懐からマフラーを出して、首に巻く。シャツのボタンを外して、素肌を出す。肉球の様な三角形の平らな赤いランプが胸板に生えている。
 クロヒョウ特有の黒い毛色を薄い灰色に変え、鏡になったまま戻らない右眼球を前髪で隠す。

「立ち向かうってさ。……今まで散々立ち向かって散々嫌な事と向き合ってきたんだ。ひとりだけ黒い毛色とも戦った。人の形を持たない障害とも戦った。父の死とも、恩人を殺すという使命も……。俺はもう戦いたくない。逃げよう、矢柴……何処までも。二人で何処までも逃げつづけよう」
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