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18話 売り言葉に買い言葉
しおりを挟む話が終わり、弁護士のジャコブ卿が帰って行くと… クロヴィスはいきなり、ブハッ…! と吹き出した。
「ぐっ… あはははははっ――…!!」
「もう… あなた笑いすぎよ、クロヴィス?」
レースのハンカチを丁寧にたたむと、アデルは喪服のかくしポケットにしまい… 隣に座り、大きな身体をのけぞらせて笑うクロヴィスに、冷たい視線をおくる。
「いや… だって、お前… いったいドコの女狐だよ…? くっくっくっ…!」
ウソ泣きをするアデルを見ながら、ずっとニヤニヤしていたクロヴィスは、ついに爆笑をおさえられなくなった。
「あのままだとジャコブ卿は、きっと私に名義変更を考え直すよう、クドクドと説教をして、時間を無駄にかけていたはずだわ?」
私のことを心配し、親身になってくれるのは嬉しいけれど… でも今は、いっこくもはやく名義をクロヴィスに変えて、夫のピエールに私を殺しても遺産はコインの1枚も手に入らないと理解させたいから。
「確かに… オレがジャコブ卿の立場でも、きっとお前に説教をしていただろうな」
笑いすぎて瞳からにじみ出た涙を親指でぬぐいながら、クロヴィスはアデルの意見に同調する。
「そうなると私は、なぜ遺産をあずけられるほど、クロヴィスを信頼しているのか… ジャコブ卿が納得できるよう、細かく説明しなくてはいけなくなるでしょう…?」
クロヴィスは口が悪く、他人に媚びる人ではないから、出会った相手にあまり良い印象をあたえない。
だから、クロヴィスの誠実さや、性格を誰かに説明するのはすごくむずかしい。
「なぁ、アデル…? お前はオレを信用しすぎてないか? ジャコブ卿みたいに、オレもお前が少し心配になってきたぞ?」
子供のように拗ねて、プクッ… とふくれるアデルの頬を、クロヴィスは指先でつんつん… とつつく。
アデルは自分の頬をつつく、太くてゴツゴツした指をつかまえて、ギュッ… とにぎりしめる。
「だってあなた以上に、信じられる人はいないわ? クロヴィスを信じないで、他の誰を信じろというの?」
今だって… クロヴィスはこんなに私を心配してくれるのに。
隣に座るクロヴィスに、アデルはコトンッ… と凭れて瞳を閉じる。
「あなたを私の護衛からはずして、伯爵家に嫁いだときから… 毎日、あなたが恋しかったわ… ピエールに気をつかい、あなたに会ってはいけないと思えば思うほど、とてもさびしくて辛かった!」
しみじみとアデルは自分の気持ちを、クロヴィスにつたえた。
「…っ?!」
瞳を閉じていたアデルは気づかなかったが… アデルの告白を聞いたクロヴィスの顔が、カアッ… と赤くなっていた。
「叶うなら… 私は2度とクロヴィスから離れたくない…」
アデルに自覚はなかったが、『求婚か?』それとも『愛の告白か?』 …と聞いているほうは勘違いしそうなほど、情熱的な告白である。
「アデル… 結婚して少しは大人になったように見えたが… やっぱりお前は、まだ子供だな?」
クロヴィスは、アデルとは反対方向に赤い顔をむけて、ハァ――ッ… と大きなため息をつく。
「何ですって?! 私は立派なレディよ?! もう、クロヴィスったら… 本当に意地悪ね?!」
アデルはパッ… と瞳をひらいて、クロヴィスをキッ… とにらむ。
「アデル… 立派なレディは夫でも恋人でもない男に、こんなにピッタリくっついて甘えたりしないぞ?」
フッ… とクロヴィスが鼻でわらうと、アデルが癇癪をおこす。
「もう、クロヴィスの意地悪! こんなことなら、あなたと結婚しておけばよかったわ?! 妻ならこんなに意地悪なことを、言われなかったでしょうに――っ!」
「くっくっくっ… アデル、ピエールと離婚できたら、いつでもオレの嫁にしてやるよ」
アデルを揶揄い笑っているが、クロヴィスは本気である。
「そ… その言葉、忘れないでよね?! クロヴィス、絶対だから!」
売り言葉に買い言葉である。
「わかった、わかった! 約束するからさけぶなよ… お前は立派なレディだろ?」
クロヴィスは子供をなだめるように、アデルの額にキスをして、細い腕をトンッ… トンッ… とたたく。
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