【完結】不出来令嬢は王子に愛される

きなこもち

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最終話

 臨月近くになると、ディアンも仕事を一段落つけ屋敷にやってきた。出産の時は絶対にララの側にいたいという希望があった為だ。

 陣痛がきてからの出産は凄絶で、赤ん坊が出てくるまでに丸2日かかった。苦しむララを見て、ディアンとレックスは終始あたふたしていた。「変わってあげたい」「ララが死んでしまう」等と青ざめながら言うものだから、アリソンは「男は何もできないんだから、せめてララが安心できるようにどんと構えてなさい!」と2人を一喝した。

 赤ん坊が産まれた時には、ララはほとんど意識がなかったが、初めて我が子を見た時、「わぁ。かわいい······」と微笑み、そのまま眠りに落ちた。

「ララ·········本当にありがとう。」
 ディアンはララの手を握り、涙を流した。
 生死をかけて子を産んだララの姿と、誕生したばかりの無垢な娘の姿を見た時、自分の命をかけてでも、ララとライラを一生守ろうと心に誓った。アリソンもレックスも泣きながらライラの誕生を喜んだ。

 ララは、産後の肥立が良くなかった為、授乳以外はディアン、レックス、アリソンがライラの世話をした。まるでライラの取り合いのようになっており、父親であるディアンは、「手伝ってくれて嬉しいけど、少しは遠慮してほしい。」と珍しく2人に苦言を呈していた。

 ララも体調が回復し、ディアンとレックスも仕事をずっと空けるわけにもいかないので、そろそろ自分達の家に戻ろうと思うとアリソンに話すと、
「お願い、ララとライラは置いていって!あなた達は帰ってくれて大丈夫!」と泣いて懇願した。
 さすがにそういうわけにもいかず、またすぐに遊びに来ることを約束し、海辺の街に戻ってきた。

 ララは兄と暮らしていた家から出て、ディアンとライラと暮らす新居に引っ越した。とはいっても、引っ越した先はすぐ近所だったので、レックスは毎日のように仕事終わりに遊びにきた。あまりに来るものだから、ディアンは嫌気が差し、
「レックス、僕よりこの家にいない?彼女でも作りなよ。職場で君に会って、家でも君の顔見るとなんだか気が休まらない。」
 と文句を言っていた。

 レックスは少しばかり気を遣って訪ねてくる頻度は減ったが、彼女を作っている様子はなく、ライラをまるで自分の娘かのように可愛がっていた。
 ララは、当初は育児ができるのか心配されたが、元々子どもが好きだったこと、自身ができないことが多いため、子どもに対してもイライラすることがなかった。意外にも世の中の母親のように、立派にライラを育てた。時には失敗をするが、逆にライラが幼いながらにしっかり者になり、「お母さん忘れ物してない?」「お風呂のお湯止めたの?」などと、ララに日常的に注意を行うような子どもに成長した。

 そして6年が経ち、ライラも平民が通う学校に行き始めた。ライラは同学年の子どもよりも賢かったが、海辺で絵を描いているララを見かけた同級生から、心ない揶揄をされることもしばしばあった。

 その日は学校の休み時間、ライラは席に座り、次の授業の準備をしていた。
 目の前に誰かが立っていた為顔を上げると、ブースというララの大嫌いな悪ガキが意地悪そうな顔をして立っていた。
「おいライラ!お前の母さんどっかおかしいのか?今日も海辺に座ってお絵描きしてたぞ!普通のお母さんは、家事をしたり、働きに出たりするよな?暇でいいなぁ!」
 相手にするのも馬鹿らしく、ライラは聞こえないふりをして無視をした。
「おい無視すんなよ!俺の父さんが言ってたぞ!お前の母さんみたいなのを、『キチガイ』って言うんだろ?毎日毎日下手な絵描いて馬鹿みたいだ。ハハ!」
 とうとう我慢できなくなったライラは、机を飛び越え、ブースに蹴りを入れると、思い切り床に押し倒した。そして、拳を振り上げ、躊躇なくブースの顔面めがけて振り下ろした。
「黙れ!!お前なんかに母さんの絵の価値が分かってたまるか!!お前の父さんなんかより母さんは稼いでるんだ!!この世間知らず!!!」
 これは本当のことで、ララは『海の絵ばかりを描く女性画家』として、資産家の間でも有名になっていた。ララ本人は稼いでいるという感覚はなかったが、ファンは多く、名指しで注文を受けることもあった。

 ライラは温厚な両親には似ず、性格はどちらかというと王妃やレックスに似ていて、気性は荒い方だった。男の子相手でも退かず、『悔しくても我慢する』ことは苦手だった。
 顔面にパンチを食らったブースは泣き出し、結局騒ぎを聞き付けた教師が止めに入った。ブースの親が息子が殴られたと騒ぎ出し、その日の放課後、ディアンは学校に謝罪をしにいく羽目になった。


「どうも、うちの娘が大変申し訳ございませんでした。家できつく言って聞かせます。」
 ディアンが丁寧に頭を下げた。ブースの両親はディアンを見て顔を見合わせた。絵ばかり描いている女の夫で、乱暴者の女児の父親だ。どうせ常識のない、変人の父親が来ると予想していた。意外にも、なかなか見ない程の男前で、品行方正な父親が来たので少々たじろいでいた。
「ま、まぁ、謝っていただけるならいいんですよ。今後はこのようなことがないようにしてください!」
 ディアンは「はい。」と頷くと、ライラに目線を合わせ問いかけた。
「ライラ、どうしてブースに乱暴したの?」
 ライラは悔しそうに唇を震わせながら理由を話した。
「だって······!!ブースがお母さんのこと····下手な絵ばかり描いて『キチガイ』だって!ブースのお父さんがそう言ってたって言ったんだもん!!」
 その話を聞いたディアンは一瞬目が冷たくなったが、すぐにライラの顔を覗き込んで言った。
「そうか。それでも、暴力は駄目だよライラ。殴ったことは謝りなさい。」
「うぅ············ごめんなさい。」
 ライラは泣きながら謝り、ブースは勝ち誇ったような顔をしていた。
「うちは謝りました。しかし··········そちらも謝るべきでは?私の妻が『キチガイ』だと、息子さんに言ったのは本当ですか?」
 予想外のカウンターを食らい、ブースの父親の顔色に焦りが見えた。
「な、なんでうちが謝らなきゃいけないんだ!?被害者だぞ!?それに、そんなことを言った覚えはない!」
「えっ!お父さん昨日言ったよ!!『キチガイ女だから話しかけちゃ駄目だ。娘とも関わるな』って·····」
「うっ··········た、確かにそれに近いようなことを言ったかもしれないが·······だって本当のことでしょう?誰が見たって、あなたの奥さんはおかしいですよ!」
 ディアンは表情には出さなかったが、内心はひどく怒っていた。ディアンはララのことを悪く言われるのが本当に嫌いで、この夫婦と根性の悪い子どもに痛い目を見せなければ気が済まなくなっていた。
「·············分かりました。『謝らない』ということですね。では、今後は個人的な付き合いはもちろん、仕事上での付き合いもやめましょう。」
「·········は?」
「おたく、家具店をされていますよね。店内の半分以上が、私が勤めているL商会の輸入家具を卸していました。僕は副社長です。うちの家具を出したいという店は多いんですよ。今後、あなた方とは一切取引をしません。」
「え········?あ、あなたL商会の方ですか·····!?ちょっと待ってくださいそんな────」
 ブースの両親は、今更ながら慌て出し、顔を真っ青にしながらディアンを引き留めようとした。
「ああ、あと、おたくの質の悪い息子さんをうちの娘に関わらせないようにしてください。頭が良くないから理解できるか分かりませんが········私の妻を馬鹿にしたことは、今後忘れることはありません。───ライラ行くぞ。」
 ディアンは脂汗をかいているブースの両親を一瞥し、ライラの手を引いて颯爽と部屋を退出した。
 去り際、ライラはブースを振り返ると、ニヤリと笑って中指を立てた。以前家にやってきた、母の友人の、とても格好良くて偉そうな男の人が教えてくれた。『ライラいいか、心底嫌いな奴にはこうやるんだ』と。

 家への帰り道、仕事を抜けて謝りにきた父親に対し、ライラは申し訳ない気持ちが込み上げてきた。父のディアンは、仕事でも皆から頼られているし、頭もいい。家でも遊んでくれ、ライラやララが何かをしても、頭ごなしに怒らず話を聞いてくれる、ライラの自慢の父親だ。ブースの両親のような軽率な人間に頭を下げさせたことが、ライラは悔しくて堪らなかった。
「···············お父さん、ごめんなさい。」
「ん?もういいよライラ。さっき謝っただろ?」
「でも·········私いつも我慢できなくて······」
「ライラはそのままでいい。時には我慢も必要だけど、我慢しない方がいい時もある。嫌なこととか、腹が立ったら、思うままに暴れていいと思うよ。そういう性格、羨ましい。」
 父が笑っていたのでライラは安心した。甘えて父の腕に絡み付いた。
「ねぇ·······お父さんは、どうしてお母さんと結婚したの?」
「え?何だよいきなり。」
「だってさ、お父さんって元々貴族じゃないの?レックスおじさんが『兄さん』って呼んでるの聞いたことある。何でも知ってるし、他の子のお父さんみたいにがさつじゃない。それに比べてお母さんは········何も知らないし、ちょっと『人とは違う』じゃない?私はお母さんのこと大好きだけど!!····何て言うか、お父さんなら、上品でおしとやかな感じの女の人を選べたんじゃないのかなって思っただけ!」
 ディアンはおかしそうに笑った。
「違うよララ。『お父さんがお母さんを選んであげた』んじゃない。『お母さんがお父さんを選んでくれた』んだ。この違い分かる?つまり、お母さんじゃなきゃダメだったのは僕の方だってこと。·····ライラは知らないかもしれないけど、お母さんを好きな人は多かったんだよ。お父さんは幸運だったんだ。だから、お母さんを悪く言われるのは許せない。ライラがあの子にやり返してくれてスッキリしたよ。ありがとう。」
 ライラには、父の言っていることが半分分からなかったが、半分理解はできた。
 つまり、父は母のことが大好きだということだ。ライラも物知りでかっこいい父と、いつも優しくて可愛らしい母が大好きだ。
 いつも可愛がってくれるレックスおじさんも、時々遊びに行ったら構い倒してくれる、すごい屋敷に住んでいるアリソンおばあちゃんも大好きだ。

 家に帰る途中、いつものように海辺で絵を描いているララを見つけ、ライラとディアンは大きく手を振った。
 ララは、「あれー?2人してどこに行ってたの??」と、人の苦労も知らず呑気な顔をしていたので、ライラとディアンは顔を見合わせて笑ってしまった。

 ディアンは家に帰ると、デスクの引き出しにしまってある額縁を取り出した。
 時々無性にこの絵を見たくなる。

 幼い女の子と男の子が、木の根元に入り込んで仲良く遊んでいる絵。

 アリソンの屋敷に行ったときに、ララの部屋に飾ってあったこの絵を、アリソンに頼み込んで譲ってもらったのだった。

 紆余曲折はあった。ダリアのように、ディアンの意思の弱さのせいで傷付けてしまった人もいた。
 しかし、あの時あの屋敷で、幼い栗色の巻き毛の女の子を見つけた自分は何て幸運だったんだろう。
 全てのことが、今の幸せに繋がっている気がして、ディアンは全ての出会いと別れに感謝した。

 そして、夫婦の始まりの絵を大切そうに引き出しの奥にしまった。


 ~終~


 ご愛読ありがとうございました。
 またお会いできるのを楽しみにしてます!

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