【完結】勇者一行の後遺症~勇者に振られた薬師、騎士の治療担当になる~

きなこもち

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第十話 失態

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 イェリは重い瞼をゆっくりと開いた。

 あたまが割れるように痛い。しかし、上質な毛布が肌に触れ心地良く、再び目を閉じて眠りにつこうとした。

「─────えっ!?」
 イェリはバッと飛び起き辺りを見回した。大きなベッドの上にいて、下着姿だった。見慣れない部屋、どうみてもイェリには泊まれなさそうな、高級な宿である。
 (落ち着いて思い出そう·······アクレン様と飲んでて、大泣きして楽しくなってそれで──────)
「イェリ起きたのか?気分はどうだ?」
 シャワー室からバスローブを羽織っただけのアクレンが出てきた。髪が濡れ鍛え上げられた胸元が見えるその姿は、目のやり場に困るほど性的で、イェリは思わず顔を背けた。
「あ────アクレン様、私············」
『もしかして私達はやることをやったのか?私が誘ったのか?』と聞きたかったが言葉に詰まった。
「覚えてない?君が気持ち悪くなって吐いて········ごめん、服が汚れてたから勝手に脱がせた。」
 どうやら自分は酒に酔って我を忘れ、英雄の騎士に汚物を撒き散らしてしまったらしい。レイザの忠告を思い出した。『酒は辛いことを忘れさせてくれるけど、考えられない失態を犯すこともある。』こういうことだったのだ。イェリは人生最大の失態を犯した。
「アクレン様、あの、私はおかしなことを口走っていなかったでしょうか·······」
「ええと·····、『行き遅れ女の初めてを貰ってください、全部忘れたいんです。』って言ってたかな。イェリが酔った勢いで言ってるって分かってたから、ごめん貰えなかった。」
 最悪だ。『初めてを貰ってくれ』などと厚かましすぎるし、なんならうっすらと思い出してきた。
 宿に着いてから目を覚ましたイェリは、介抱してくれるアクレンの優しさに触れた時、言い様のない人恋しさを感じたのだ。心から愛しても愛されなかったことで自信を失くし、誰かにすがりたくなった。酔っていたとしても、誰でもいい訳ではなかったが、目の前にいる男性はあまりに魅力的で、イェリは自制ができずみっともなくすがってしまったのだ。酷すぎて目も当てられない。
 イェリは耳まで赤くし、毛布を頭まで被った。
「こら、隠れるな。」
 アクレンは笑いながら毛布を剥ぎ、驚くことにイェリを抱き寄せてきた。
「·········本当にごめんなさい、私患者さんにこんな迷惑かけて─────」
 イェリが震える声で謝ると、アクレンは突然イェリの唇を塞ぎ言葉を遮った。
「そんなことどうだっていい。イェリは本当に可愛くて綺麗だ。それに·······俺に近付いてくる女は多いけど、イェリみたいな女性は初めてだ。こんな気持ちも······自分でも初めてで戸惑ってる。」
「アクレン様············」
「酔ってないなら君を抱きたかった。今からどうだ?」
 アクレンの低い声が鼓膜に響き、イェリはごくりと生唾を飲んだ。
 イェリは寸前のところでアクレンの腕から抜け出し、
「だ、大丈夫です!!忘れてください!」
 と叫びバスルームへ走っていった。
 アクレンは苦笑したが、少し残念そうにため息をついた。

 ◇

 結局、それから家に帰る時間のなくなったイェリは、そのまま出勤するしかなかった。アクレンに王宮まで連れてきてもらい途中で別れた。

 ルイスから間接的に引導を渡された後、ルイスの仲間だった男と一晩を過ごした。何もなかったにせよ、キスをされた感覚がリアルに残っていて、今でも頭がフワフワしている。
 アクレンはレイザの情報によれば、今までも息抜き程度には女性と遊んでいるらしかった。今回はたまたま憐れな女をからかってみたのだろう。

 朝の興奮が冷めやらぬイェリは、職場へ向かいながらもどこか気持ちは上の空だった。

 職場で自分の席についた途端、同僚のレイザが小声で話しかけてきた。
「えっ、イェリ昨日と同じ服?初めての朝帰り!?」
 茶化すような物言いに、イェリは言葉に詰まった。『昨夜、あなたの推しと一晩を過ごしました。』とは口が裂けても言えなかった。
「違いますよ········ちょっと遅くまで飲みすぎちゃって。」
「えー?隠さなくてもいいじゃない。なんか声枯れてるし。」
 レイザがニヤニヤしながら脇腹を小突いてきた。
 イェリとレイザのコソコソ話が気になった薬剤部の上司は、「おい!しゃべってないで手を動かせ!!」
 と怒号を飛ばした。二人は肩をすくめデスクに向き直った。

 その日の就業間際のことである。前日に早退をしていたイェリであるが、終わらなかった業務があり、少し残業をする予定だった。
 同僚たちが早々に退勤しようとする中、戸口の方に背の高い人物が立っていた。部屋の中にいた薬師たちは一斉にそちらを振り向いた。

 なんとそこにはアクレンが立っているではないか。
 突然の噂の英雄騎士の登場に、皆顔を見合わせざわつき始めた。
 イェリも驚いた様子でアクレンを見ていると、視線に気づいたアクレンが口の端を上げ、軽く片手を上げてきた。
「イ、イェリ!どうしよう、アクレン様がこっちを見てる!!」
 イェリの隣の席にいたレイザは、興奮した様子でイェリの腕を掴み、声を押し殺して叫んだ。
(ど、どうしよう。何か用かしら…?今朝会ったばかりだけど、なんだか気まずい…)
「あー、仕事の話かも。私ちょっと行ってくる。」
 そわそわと落ち着かないレイザにそう告げると、イェリは恐る恐るアクレンに近づいた。
「イェリお疲れ様。そろそろ終わるころかと思ってな。一緒に帰ろう。」
 聞き耳を立てていた同僚たちが、アクレンがプライベートでイェリを誘っていることに驚き、どういう仲なんだとざわつき始めた。
「あ…でも、今日少し残業しようと思ってます。待たせたら悪いから先に……」
 イェリとアクレンの会話に聞き耳を立てていた上司がすかさず叫んだ。
「残業なんかいい!騎士様をお待たせするんじゃない!さっさと帰りなさい!!」
 上司に叱責されたイェリは、同僚たちの針の筵のような視線に耐えながら、そそくさと帰り支度をした。
 帰り際、アクレン推しのレイザがじとっとした流し目でイェリを睨んできた。イェリは心臓が縮むような思いで職場を後にした。

「突然いらっしゃるからビックリしました。どうしたんですか?」
 イェリがアクレンに尋ねると、アクレンは少し眉尻を下げ苦笑した。
「用がなかったら来ちゃ悪いか?君に少しは近づけたと思ったんだがな。……会いたかったからきた。」
 アクレンは少し照れくさそうに頭を掻いた。その仕草と、会いに来てくれたという事実が嬉しかったイェリは、顔を綻ばせながらアクレンの隣を並んで歩いた。
「勘違いされたかと思ったんだ。」
「え?」
 一度キスしたくらいで彼女面するなという意味だろうか?イェリはドキッとし聞き返した。
「勢いに任せてキスしたと……そう思われてたら嫌だと思って。それに、みっともないが嫉妬してたんだ。」
「嫉妬?アクレン様が?誰にですか?」
「ルイスにだよ!君を泣かせたあいつに嫉妬してたんだ。」
 まさか自分が天下の騎士アクレンの嫉妬心に火をつけてしまうとは思いもしなかった。
 イェリはなんとも照れくさくなり、咳払いをして下を向いた。
「アクレン様······今日、私の家に来ますか?良かったら食事でもどうかなって。昨夜迷惑をかけたお礼がしたいです。」
 アクレンはパッとイェリの方を振り向くと、「行く。」と即答した。あまりの返答の早さに少したじろいでしまった。

 イェリは自宅にアクレンを招き入れた。この家に人を招くのは、三年前ルイスが旅立つ前日以来の事だ。あの時は、食事をした後関係を迫ったが、中途半端は嫌だからと断られたのだった。
 まさか三年後、ルイスと一緒に旅をした別の騎士を招くことになるなんて、あの時は想像もしなかった。

 リビングのイスにソワソワしながら座っているアクレンを見ると、過去のルイスの姿と重なり感傷的な気持ちになった。記憶を追い出すように軽く首を振り、目の前に並べてある料理の具材を切ろうと手を伸ばした。

 その時、玄関のチャイムが鳴った。
 (こんな時間に誰だろう·····?)
 イェリはパタパタと玄関まで行き扉を開けると、そこにはイェリの元恋人が立っていた。
「ルイス··············?」



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