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第十二話 疑念
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イェリが玄関扉を開けた先に立っていたのは、イェリの幼馴染で元恋人ルイスだった。
ルイスの顔は青ざめており、イェリと目が合った瞬間安堵したように微笑むと、イェリに抱きつくような形で倒れこんできた。
イェリは大柄なルイスの重さを支えきれずグラッと後ろに倒れてしまった。
「···········キャッ!」
イェリの声を聞き付けたアクレンがすぐに駆けつけると、ルイスが気を失いイェリの上に覆い被さるように倒れているのを見て仰天した。
「ルイス!?イェリ·····大丈夫か!?」
アクレンはルイスをイェリから引き離し床に横たえた。
イェリは気が動転していた。なぜなら、ルイスの右腕からおびただしい程の血が流れていたからだ。イェリの手にもルイスの血がベッタリと張り付き、イェリはその様子を見て震えながら叫んだ。
「ルイス······!!ち、血が出てる!!!どうして?───」
アクレンはすぐさまルイスの腕の傷口を確認すると、眉間にシワを寄せ低い声で唸った。
「この傷は······自分で傷付けてる。それに、簡単な止血魔法ならルイスは自分でやれるはずだ。自分で腕を刺し、あえて傷を塞がずにここへ来たんだ。」
「自分で腕を!?一体なぜなの········!?アクレン様、どうしましょう。私はすぐに傷を塞ぐような薬は作れません!」
「とりあえず落ち着こう。傷口を押さえ包帯で巻けば止血できる。何か理由があって来たのかもしれない。ルイスの目が覚めてから本人に聞こう。俺も一緒にいるよ。」
不安な気持ちのままイェリは頷くと、横たわったルイスの傍らに座り、神妙な面持ちで彼の目覚めを待った。
「イェリ、ルイスの様子は俺が見てるよ。君は疲れただろ?寝てきた方がいい。」
イェリは口の端で微笑んで首を振った。
「ありがとうございます、アクレン様。でも私はここにいます。ベッドはアクレン様が使ってください。」
イェリは頑なにルイスの傍を離れようとはせず、その姿はまるで雛を守る親鳥のようにアクレンには映った。
それから一晩、ルイスは眠り続け、目覚めたのは朝日が登る頃であった。
イェリはベッドの脇にある椅子でいつの間にか寝ていたが、ルイスの苦しそうな声で目が覚めた。
「うっ·······サリーヤは────サリーヤはどこだ!?」
ルイスは頭を抱えながら執拗にサリーヤの名前を叫んでいた。
声を聞き付けたアクレンも部屋に駆けつけたが、尋常ではないルイスの姿に愕然とした。
「───ルイス!サリーヤはいない!!お前が自分でここに来たんだ。しっかりしろ!!!」
「··········僕が、自分で?────」
「そうだ!!自分の足でイェリに会いに来たんじゃないのか!?」
アクレンがルイスの肩を掴み、言い聞かせるように語尾を強めた。
ルイスは幾分落ち着きを取り戻し、小さく息を吐くと、アクレンの隣で固唾を飲んで見守っているイェリに目を向けた。
「イェリ·······そうだ、僕は君に会いたくてきたんだ。君を忘れたくなくて来た········」
イェリは、消え入りそうなルイスの姿が痛々しくて見ていられなくなり、涙を堪えルイスにそっと話しかけた。
「·········ルイス、とにかく今は休んで。あなた怪我してる。気分を落ち着ける薬を持ってくるね。」
慈愛に満ちた笑みを浮かべながらイェリはそういうと、アクレンの袖を引き、連れだって部屋から出た。
「──────アクレン様、ルイスはおかしくないですか?とてもまともだと思えません。」
イェリは神妙な顔をして問いかけた。
「··········ああ、王都に帰還してからは直接会うことはほとんどなかったが、明らかに精神に異常をきたしてるな。」
「あの···········私の立場でこういうのも変なんですが、ルイスが『魅了』されているということはないんでしょうか?」
「───俺と同じ魅了状態になり、対象相手がサリーヤだということか?いや、魅了魔法の相手は通常一人だ。誰かを魅了状態にしている間、別の者を魅了状態にすることはできない。········前例がない。」
「しかし·········まるで中毒症状のようにサリーヤ様の名前を呼ぶのはおかしいです。それに、弓道場で会ったとき·······サリーヤ様を見た途端、ルイスの目の色が変わったんです。あの時はただ彼女に恋しているのかと思いましたが───」
アクレンは溜め息をつき、悩ましげに頭を抱えた。
「········もしルイスが魅了されているのであればもしや───サリーヤが、何らかの目的で俺達二人に同時に魅了魔法をかけたことになるな。そんなことが可能なのか·······?」
考え込んでいたイェリは、突如はっとした様子で顔を上げた。
「勇者一行········もう一人いるじゃないですか!魔法使いの·········」
「エイデルか?あいつも魅了魔法にかかっているかもしれないって?ハハ!それはあり得ない。国家一の魔法使いが、魔法使いでもない女に魅了されたなんて笑い話もいいところだぞ。」
「···········そうでしょうか。」
アクレンは険しい顔をして黙り込んだ。
「──────いずれにせよ、エイデルに会わなければならないな。ルイスは俺の屋敷に連れていくよ。何をするか分からない以上、ここには置いていけない。」
「·················分かりました。ありがとうございます、アクレン様。」
アクレンはイェリに問いかけようとしたが、寸前のところで言葉を飲み込んだ。『ルイスが魅了されていたとしたら、魅了が解けた後、全部水に流して恋人に戻るのか?』そう聞こうとしたが、イェリから女々しい男だと思われるのはごめんだった。
◇
それからアクレンは、ルイスを自身の屋敷に匿った。アクレンは元々平民出身で屋敷など持たなかったが、魔王討伐の褒賞の一部として屋敷を賜ったのだった。
イェリはアクレンに付いて、魔法使いエイデルのいる魔法塔に来ていた。エイデルは帰還を果たした後はあまり人前に出ず、自身の執務室に籠ることが多くなっているらしかった。
訪ねたアクレンを見たエイデルは顔色が悪く、特に久しぶりの仲間との再会を喜ぶでもなく淡々としていて、さも早く帰って欲しそうに眉を潜めた。
「アクレンか。一体何の用だ?忙しいんだが。」
「そう言うなエイデル。最近調子はどうだ?そういえば、サリーヤがお前に会いたがっていたぞ。」
サリーヤの名前を出した途端、淡々としていたエイデルの顔は気の毒な程紅潮し、目に見えて落ち着きを無くした。
「サ、サリーヤが私に?·········」
エイデルの反応を見たアクレンとイェリは絶望的な気持ちで顔を見合せた。
「俺が魅了魔法にかかっているだと!?馬鹿にするのはよせ!」
アクレンがエイデルに事の経緯を話すと、案の定エイデルはそんなはずはないと怒り始めた。アクレン曰く、エイデルは恐ろしく自尊心が高いため、『自分がいつの間にか恋する魔法にかけられていた』ことなど到底認めないだろうと言っていた。
「エイデル、恥じることじゃない。俺もルイスも同じだ。旅の後遺症のようなものだと思えばいい。まずは治さないと········」
説得しようとするアクレンを黙らせるように、エイデルは目を剥いて叫び散らした。
「魔力無しのお前と、子どもに毛が生えた程の魔力しかないルイスと私を一緒にするな!私は国で最も優れた魔法使いだぞ!?」
見かねたイェリもエイデルの説得を試みる。
「───エイデル様!そうですよね。私達の勘違いかもしれません。それならば申し訳ないです·········ですが、万が一のこともあるので、私がこれから作る薬だけでも飲んでいただけませんか?副作用はほとんどありません。魔法にかかっていないのでしたら、薬を飲んでもエイデル様の好きな方への気持ちは何も変わらないはずです。どうかお願いします。」
エイデルは不遜な性格であったが、女性に対しては見栄を張るようなところがあり、イェリにこのようにお願いをされては、断るということができなかった。
「まぁ·······そこまで言うなら。飲んでも何も変わらないと思うぞ。」
エイデルは渋々了承した。
イェリは解毒薬の材料が二人分集まり次第、ルイスとエイデルの治療に当たることになった。
「それではアクレン様。材料の調達と───ルイスをよろしくお願いします。」
別れ際、イェリがアクレンにそう声をかけると、アクレンは何か言いたそうな顔をしたが、すぐに短く「ああ。」と答えた。
イェリが背を向け去ろうとした時であった。
「イェリ!」
アクレンから名を呼ばれ、イェリが振り向くと、突然アクレンから抱き寄せられた。
「··············!ア、アクレン様────」
「辛いだろう。ルイスがこんなことになり複雑なはずだ。それなのに·········俺達の不始末で迷惑をかけてすまない。君には感謝してもしきれない。」
イェリはそっと体を離すと、アクレンの目を見つめながら首を振り微笑んだ。
「いいえ!迷惑だなんて────私には魔王を倒す力はありません。アクレン様達がいなければ、普通の生活すら送れないし、今ここにいないかもしれません。生きて帰ってきた英雄達の治療に当たれることは、私にとって光栄なことです。何としても治してみせます!」
イェリの澄んだ瞳に強い信念の色が映った。その瞳を見た時、アクレンはその時初めて、自身が『魅了されたこと』に感謝した。そうでなければ、イェリと出会うことはなかったからだ。一つの不運な出来事が、一つの幸運な出会いをもたらしたと感じた。
アクレンが屋敷に戻ると、ルイスは部屋の窓際に座り外を眺めていた。部屋の中は台風でもきたのかというほど物が散乱し、家具は足が折れ穴が空いていた。
「これはまた········派手に暴れたなルイス。」
サリーヤと密接な関係だったルイスは、アクレンやエイデルよりも遥かに強い魅了状態であった。サリーヤという麻薬がないことへの禁断症状が出ていた。
「アクレン··········僕を動けないよう縛って牢屋にでも閉じ込めてくれ。早く戻りたいんだ。元の自分に········」
それからアクレンは、ルイスを強固な手鎖で繋ぎ地下室に閉じ込めた。
最初の数日間はサリーヤの名前を叫ぶルイスの悲痛な声が聞こえていたが、それは次第に静かになっていった。
イェリが煎じた薬が出来上がり、ルイスに飲ませるためアクレンは地下室を訪れた。ルイスは下を向いて力なく目を閉じていたが、目を開けたときのその瞳は、数日前よりも力強さを取り戻しているように見えた。
「ルイス。イェリが作ってくれた薬だ。飲め。」
「イェリが·········」
ルイスは手渡されたピンク色の薬をしばらくじっと見つめた後、一気に飲み干した。
ルイスの顔は青ざめており、イェリと目が合った瞬間安堵したように微笑むと、イェリに抱きつくような形で倒れこんできた。
イェリは大柄なルイスの重さを支えきれずグラッと後ろに倒れてしまった。
「···········キャッ!」
イェリの声を聞き付けたアクレンがすぐに駆けつけると、ルイスが気を失いイェリの上に覆い被さるように倒れているのを見て仰天した。
「ルイス!?イェリ·····大丈夫か!?」
アクレンはルイスをイェリから引き離し床に横たえた。
イェリは気が動転していた。なぜなら、ルイスの右腕からおびただしい程の血が流れていたからだ。イェリの手にもルイスの血がベッタリと張り付き、イェリはその様子を見て震えながら叫んだ。
「ルイス······!!ち、血が出てる!!!どうして?───」
アクレンはすぐさまルイスの腕の傷口を確認すると、眉間にシワを寄せ低い声で唸った。
「この傷は······自分で傷付けてる。それに、簡単な止血魔法ならルイスは自分でやれるはずだ。自分で腕を刺し、あえて傷を塞がずにここへ来たんだ。」
「自分で腕を!?一体なぜなの········!?アクレン様、どうしましょう。私はすぐに傷を塞ぐような薬は作れません!」
「とりあえず落ち着こう。傷口を押さえ包帯で巻けば止血できる。何か理由があって来たのかもしれない。ルイスの目が覚めてから本人に聞こう。俺も一緒にいるよ。」
不安な気持ちのままイェリは頷くと、横たわったルイスの傍らに座り、神妙な面持ちで彼の目覚めを待った。
「イェリ、ルイスの様子は俺が見てるよ。君は疲れただろ?寝てきた方がいい。」
イェリは口の端で微笑んで首を振った。
「ありがとうございます、アクレン様。でも私はここにいます。ベッドはアクレン様が使ってください。」
イェリは頑なにルイスの傍を離れようとはせず、その姿はまるで雛を守る親鳥のようにアクレンには映った。
それから一晩、ルイスは眠り続け、目覚めたのは朝日が登る頃であった。
イェリはベッドの脇にある椅子でいつの間にか寝ていたが、ルイスの苦しそうな声で目が覚めた。
「うっ·······サリーヤは────サリーヤはどこだ!?」
ルイスは頭を抱えながら執拗にサリーヤの名前を叫んでいた。
声を聞き付けたアクレンも部屋に駆けつけたが、尋常ではないルイスの姿に愕然とした。
「───ルイス!サリーヤはいない!!お前が自分でここに来たんだ。しっかりしろ!!!」
「··········僕が、自分で?────」
「そうだ!!自分の足でイェリに会いに来たんじゃないのか!?」
アクレンがルイスの肩を掴み、言い聞かせるように語尾を強めた。
ルイスは幾分落ち着きを取り戻し、小さく息を吐くと、アクレンの隣で固唾を飲んで見守っているイェリに目を向けた。
「イェリ·······そうだ、僕は君に会いたくてきたんだ。君を忘れたくなくて来た········」
イェリは、消え入りそうなルイスの姿が痛々しくて見ていられなくなり、涙を堪えルイスにそっと話しかけた。
「·········ルイス、とにかく今は休んで。あなた怪我してる。気分を落ち着ける薬を持ってくるね。」
慈愛に満ちた笑みを浮かべながらイェリはそういうと、アクレンの袖を引き、連れだって部屋から出た。
「──────アクレン様、ルイスはおかしくないですか?とてもまともだと思えません。」
イェリは神妙な顔をして問いかけた。
「··········ああ、王都に帰還してからは直接会うことはほとんどなかったが、明らかに精神に異常をきたしてるな。」
「あの···········私の立場でこういうのも変なんですが、ルイスが『魅了』されているということはないんでしょうか?」
「───俺と同じ魅了状態になり、対象相手がサリーヤだということか?いや、魅了魔法の相手は通常一人だ。誰かを魅了状態にしている間、別の者を魅了状態にすることはできない。········前例がない。」
「しかし·········まるで中毒症状のようにサリーヤ様の名前を呼ぶのはおかしいです。それに、弓道場で会ったとき·······サリーヤ様を見た途端、ルイスの目の色が変わったんです。あの時はただ彼女に恋しているのかと思いましたが───」
アクレンは溜め息をつき、悩ましげに頭を抱えた。
「········もしルイスが魅了されているのであればもしや───サリーヤが、何らかの目的で俺達二人に同時に魅了魔法をかけたことになるな。そんなことが可能なのか·······?」
考え込んでいたイェリは、突如はっとした様子で顔を上げた。
「勇者一行········もう一人いるじゃないですか!魔法使いの·········」
「エイデルか?あいつも魅了魔法にかかっているかもしれないって?ハハ!それはあり得ない。国家一の魔法使いが、魔法使いでもない女に魅了されたなんて笑い話もいいところだぞ。」
「···········そうでしょうか。」
アクレンは険しい顔をして黙り込んだ。
「──────いずれにせよ、エイデルに会わなければならないな。ルイスは俺の屋敷に連れていくよ。何をするか分からない以上、ここには置いていけない。」
「·················分かりました。ありがとうございます、アクレン様。」
アクレンはイェリに問いかけようとしたが、寸前のところで言葉を飲み込んだ。『ルイスが魅了されていたとしたら、魅了が解けた後、全部水に流して恋人に戻るのか?』そう聞こうとしたが、イェリから女々しい男だと思われるのはごめんだった。
◇
それからアクレンは、ルイスを自身の屋敷に匿った。アクレンは元々平民出身で屋敷など持たなかったが、魔王討伐の褒賞の一部として屋敷を賜ったのだった。
イェリはアクレンに付いて、魔法使いエイデルのいる魔法塔に来ていた。エイデルは帰還を果たした後はあまり人前に出ず、自身の執務室に籠ることが多くなっているらしかった。
訪ねたアクレンを見たエイデルは顔色が悪く、特に久しぶりの仲間との再会を喜ぶでもなく淡々としていて、さも早く帰って欲しそうに眉を潜めた。
「アクレンか。一体何の用だ?忙しいんだが。」
「そう言うなエイデル。最近調子はどうだ?そういえば、サリーヤがお前に会いたがっていたぞ。」
サリーヤの名前を出した途端、淡々としていたエイデルの顔は気の毒な程紅潮し、目に見えて落ち着きを無くした。
「サ、サリーヤが私に?·········」
エイデルの反応を見たアクレンとイェリは絶望的な気持ちで顔を見合せた。
「俺が魅了魔法にかかっているだと!?馬鹿にするのはよせ!」
アクレンがエイデルに事の経緯を話すと、案の定エイデルはそんなはずはないと怒り始めた。アクレン曰く、エイデルは恐ろしく自尊心が高いため、『自分がいつの間にか恋する魔法にかけられていた』ことなど到底認めないだろうと言っていた。
「エイデル、恥じることじゃない。俺もルイスも同じだ。旅の後遺症のようなものだと思えばいい。まずは治さないと········」
説得しようとするアクレンを黙らせるように、エイデルは目を剥いて叫び散らした。
「魔力無しのお前と、子どもに毛が生えた程の魔力しかないルイスと私を一緒にするな!私は国で最も優れた魔法使いだぞ!?」
見かねたイェリもエイデルの説得を試みる。
「───エイデル様!そうですよね。私達の勘違いかもしれません。それならば申し訳ないです·········ですが、万が一のこともあるので、私がこれから作る薬だけでも飲んでいただけませんか?副作用はほとんどありません。魔法にかかっていないのでしたら、薬を飲んでもエイデル様の好きな方への気持ちは何も変わらないはずです。どうかお願いします。」
エイデルは不遜な性格であったが、女性に対しては見栄を張るようなところがあり、イェリにこのようにお願いをされては、断るということができなかった。
「まぁ·······そこまで言うなら。飲んでも何も変わらないと思うぞ。」
エイデルは渋々了承した。
イェリは解毒薬の材料が二人分集まり次第、ルイスとエイデルの治療に当たることになった。
「それではアクレン様。材料の調達と───ルイスをよろしくお願いします。」
別れ際、イェリがアクレンにそう声をかけると、アクレンは何か言いたそうな顔をしたが、すぐに短く「ああ。」と答えた。
イェリが背を向け去ろうとした時であった。
「イェリ!」
アクレンから名を呼ばれ、イェリが振り向くと、突然アクレンから抱き寄せられた。
「··············!ア、アクレン様────」
「辛いだろう。ルイスがこんなことになり複雑なはずだ。それなのに·········俺達の不始末で迷惑をかけてすまない。君には感謝してもしきれない。」
イェリはそっと体を離すと、アクレンの目を見つめながら首を振り微笑んだ。
「いいえ!迷惑だなんて────私には魔王を倒す力はありません。アクレン様達がいなければ、普通の生活すら送れないし、今ここにいないかもしれません。生きて帰ってきた英雄達の治療に当たれることは、私にとって光栄なことです。何としても治してみせます!」
イェリの澄んだ瞳に強い信念の色が映った。その瞳を見た時、アクレンはその時初めて、自身が『魅了されたこと』に感謝した。そうでなければ、イェリと出会うことはなかったからだ。一つの不運な出来事が、一つの幸運な出会いをもたらしたと感じた。
アクレンが屋敷に戻ると、ルイスは部屋の窓際に座り外を眺めていた。部屋の中は台風でもきたのかというほど物が散乱し、家具は足が折れ穴が空いていた。
「これはまた········派手に暴れたなルイス。」
サリーヤと密接な関係だったルイスは、アクレンやエイデルよりも遥かに強い魅了状態であった。サリーヤという麻薬がないことへの禁断症状が出ていた。
「アクレン··········僕を動けないよう縛って牢屋にでも閉じ込めてくれ。早く戻りたいんだ。元の自分に········」
それからアクレンは、ルイスを強固な手鎖で繋ぎ地下室に閉じ込めた。
最初の数日間はサリーヤの名前を叫ぶルイスの悲痛な声が聞こえていたが、それは次第に静かになっていった。
イェリが煎じた薬が出来上がり、ルイスに飲ませるためアクレンは地下室を訪れた。ルイスは下を向いて力なく目を閉じていたが、目を開けたときのその瞳は、数日前よりも力強さを取り戻しているように見えた。
「ルイス。イェリが作ってくれた薬だ。飲め。」
「イェリが·········」
ルイスは手渡されたピンク色の薬をしばらくじっと見つめた後、一気に飲み干した。
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