【完結】勇者一行の後遺症~勇者に振られた薬師、騎士の治療担当になる~

きなこもち

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第十四話【サリーヤ】感じたことのない幸福

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 しかし、事態は思わぬ方向に進んでいった。『勇者一行』の実力は過去類を見ないほど優れていて、かつチームワークが良く運にも恵まれていた。
 誰も期待などしていなかったにも関わらず、本当に魔王討伐を果たしてしまったのである。
 アクレンもエイデルも、ルイスでさえ魔王を倒した際は抱き合い喜びあっていた。サリーヤも彼らと一緒に歓喜の涙を流したが、内心焦りが募っていた。

 この旅は、ここで終わるはずではなかったのか。

 彼らのような清々しく美しい人間達と長い時間を一緒に過ごしたサリーヤにとって、王都に戻り、私利私欲にまみれた醜い祭司や聖女達と同じ空間で生きることはもはや不可能だった。

 混乱する気持ちを抱えていたサリーヤであったが、一つの出来事が彼女を狂行に駆り立てることになる。

 王都へ帰る旅の途中、森の中で休憩をしていた時のことだ。
 緊張感が抜け、やっと王都に帰れると浮き足立ったアクレンとエイデルは、川で水浴びをしてくるといいその場を離れていた。

 ルイスは心なしか、どこか安心したような表情で草むらに座り遠くを見ていた。
「ルイス、何を考えてるの?」
 ルイスの瞳に、今までにない温かで穏やかな色が灯っていたことに胸騒ぎがしたサリーヤはそう問いかけた。
 ルイスはその時初めて、ルイス自身のことを語った。
「─────やっと帰れるなと思って。」
「王都に?帰ってルイスは何かしたいの?」
「ああ。結婚するんだ。待たせてる人がいる。まぁ·······まだ僕を待っててくれたらの話だけど。」
 照れ臭そうに笑ったルイスは見たこともないくらい幸せそうだった。
 サリーヤは目の前が真っ暗になった。ルイスは自分と同じではなかったのか。死に場所を探していたのではなかったのか。サリーヤはできるだけ平然を装い、さらにルイスに尋ねた。
「へぇ······そんな人がいたんだ。じゃあ、なんでこの旅に参加したの?死ぬかもしれないのに。」
 ルイスはサリーヤを見ると、またも恥ずかしそうに笑いながら答えた。
「彼女に釣り合う男になりたかったんだ。僕は何もない空っぽな人間だったから。馬鹿みたいだろ?笑ってくれていいよ。」
 その言葉を聞いたサリーヤは、今度はルイスに対して激しい怒りが沸いてきた。何なんだその理由は。いつもどこか遠くを見ていたのは、目の前の仲間ではなく王都に残してきた婚約者を想っていたのだ。

 死に場所を探していたのはサリーヤだけで、ルイスもアクレンもエイデルも、本気で生きて帰るつもりで旅をしていたのだ。

 サリーヤは震える声でルイスを呼んだ。
「···········ルイス、私を見て。」
「?」
 ルイスは不思議そうにしてサリーヤの瞳を見た。サリーヤはルイスの澄んだ茶色の瞳を見つめながら、あの『力』を使った。

 途端にルイスの目は色を失い、変わりに熱の籠った瞳でサリーヤを見つめてきた。
「ルイスどうしたの?ボーッとしてるわよ。」
 甘えた声でルイスの手を握ると、ルイスは慌てたように顔を背け、自分も川へ行ってくると言い、足早にその場を去っていった。

 とうとうあの力を使ってしまった。あんな汚れた力をルイスに使うつもりなどなかったのに。

 ルイスやアクレン、エイデルは信用に足る人間達だが、良い意味でも悪い意味でも他人に執着がない。今この場ではサリーヤを仲間として扱ってくれるが、一度王都に戻れば、彼らはサリーヤのことなど気にも留めなくなるだろう。命を懸けてサリーヤを守ってくれた彼らだが、いずれはサリーヤのことを『昔一緒に旅した仲間』程度の、取るに足らぬ存在にしてしまうのだ。

 そんなことは許さない。ルイスもアクレンもエイデルも、サリーヤのことだけをずっと考えればいい。

 そんな狂気に支配されたサリーヤは、ルイスに続いてアクレン、エイデルにも『力』を使った。一人にしか効かないと思っていた力は、同時に三人を魅了することに成功した。

 ルイスと初めて体を重ねた夜は、サリーヤにとってとてつもなく甘美で特別な夜だった。
 魅了されてもギリギリのところで耐えていたルイスの理性が音を立てて崩れた瞬間、サリーヤはルイスを陥落した気持ちになった。

 汚く年老いた司祭の体しか知らなかったサリーヤにとって、ルイスは美しく力強く、生命力に溢れていた。求めても求めても足りず、このままここで死ねたら本望だ、本気でそう願った。

 途中、アクレンかエイデルのどちらかがテントの外にいる気配がした。きっとこの情事を目の当たりにし、サリーヤに恋心を抱いている彼らはどうしようもないほど嫉妬の炎に焼かれているだろう。

 嬉しい。ルイスに抱かれ、アクレンとエイデルにも心底求められていることが、今までに感じたことがないほど甘美で心地良い。

 それから旅を続けていたが、四人の関係性は目に見えて変わった。以前のように和気あいあいとした空気はなくなり、男三人が牽制しあっているようなギスギスとした雰囲気に変わった。サリーヤはそんな様子を見て楽しみ、ルイスの見ていないところでアクレンやエイデルに思わせ振りな行動を取り、一喜一憂させ反応を見ることが楽しくなった。

 王都に帰ってからは、サリーヤは思う存分ルイスとの世界に浸かった。ルイスを魅了したサリーヤだが、サリーヤもまたルイスに魅了されていたのかもしれない。
 二人だけの世界は美しく、一生抜け出せない甘い蟻地獄のようだった。

 だから油断していたのだ。こんなにサリーヤを愛しているルイスが目を覚ますはずがない。そう思い込んでいた。

 あの赤い髪の、ルイスの婚約者だという女が現れるまでは。

 女に会った後、ルイスは僅かに様子が違ってはいたが、いつも通りにサリーヤを抱いてくれた。サリーヤは安心し、夜にはまた会えると疑うことなく、翌日ルイスと別れた。

 用事が終わり、ルイスとの愛の巣に帰ってきたサリーヤを待っていたのは、散らかった部屋と大量に流れた血痕だった。
 ルイスの目が一時的に覚め、自らここを出ていったのだ。そうとしか考えられなかった。

 ルイスの行方を探したが結局見つけられず、そのまま数日が過ぎた。ルイスが消えてしまったことでサリーヤの焦りは強くなり、気が気ではなくなっていた。

 しかし、サリーヤの魅了の効果はすぐに解けるものではない。サリーヤと濃厚に接触していたルイスはなおさら、サリーヤの姿が見えないだけで狂いそうなくらい辛いはずだ。
 端からみれば『魅了の魔法』に見えるかもしれないが、これはサリーヤの特別な聖力によるものだ。この聖力を解ける方法などありはしない。

 サリーヤは焦ってはいたが、一種の安堵があった。まずはルイスに会い、こちらの世界へ引き戻す必要がある。
 ルイスの目が一瞬覚めたとして、人間関係の幅の狭いルイスが当てにする場所といえば限られている。

 赤い髪の女の元だ。

 ここ数日、彼女は薬剤部を休んでいたようだ。ルイスを匿っているのだろう。サリーヤの名を呼び続ける元婚約者を見て、彼女は何を思うのだろうか。

 いずれ彼女と会う必要があるだろう。サリーヤはそのように思いながら、ルイスが落としていった指輪を自身の左手の薬指に嵌めた。
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