桜空

彼との出会い

「まだ朝の三時だよ」
「あ、あの藤堂さん……」
「もう少し寝ようよ」
寝ぼけた声が聞こえて来て。布団を掛け直してもらった。
「やっぱり帰ります」
もしもこんなところを見られたら。変な誤解を招く。それだけはどうしても避けないと。
「ダメだよ」
逃がさないと言わんばかりに逞しい腕が体に巻き付いてきて。ぎゅっと抱き締められた。
「と、と、藤堂さん！」
驚いて裏返った声を上げたけど、腕は離れなかった。
「きみのことを調べた」
彼の一言にどきっと心臓が止まった心地がした。
「両親を説得した。跡取りさえを産んでくれれば両性でも誰でもいい。唯花の悪い噂は両親も知っていた。来年は総選挙がある。身内に国会議員がいるからなおさらスキャンダルはどうしても避けたいのだろう」
彼とふと目があった。薄暗いから表情まではよく見えなかったけど、
「桜空、結婚しよう。俺の子を産んで欲しい」
低く落ち着いた声が返ってきた。
「藤堂さん、あ、あの……」
一瞬何を言われたのか分からなくて。頭のなかが真っ白になった。
「戸籍上は男性だからすぐに性別変更の手続きを進めよう。来年に子どもが産まれたとして、再来年の春、父の知り合いが理事長をしている市内の調理師専門学校に入学すればいい。桜空、固まっているようだけど大丈夫？ちゃんと理解出来た？」
首を横に振ると、クスリと笑われた。
「つまりきみを帰す気はないってこと。このまま一緒に暮らそう。ゴメンね、俺はきみが思うほどいい大人じゃない」
腕に力が込められたのが分かった。ギシギシとベットが軋んで、藤堂さんの体が覆い被さってきて、逃げられない状況になってやっと気付いた。藤堂さんが本気だってことに。