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誕生日の夜に
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夜のリビング。
テーブルの上には、誕生日ケーキの甘い香りがまだ残っていた。
ソファでノートパソコンを閉じた父は、深いため息をつく。
「……例の地下物件、また空室だ。ライブハウスも焼き肉屋も、一年ももたなかったな。
何度も潰れる場所ってのは、それなりの理由があるんだろう」
その声を背に、コーヒーカップを二つ持った朝比奈涼子が現れる。
父は鍵の束を取り出し、差し出した。
「涼子、25歳の誕生日祝いだ。前から言っていた湘南の別荘の鍵だ。
好きに使え」
しかし、涼子は鍵を見ただけで首を振った。
「ありがとう。でも――私いらない」
「ん? どうした? 欲しがってただろう」
「違うの。今の私が欲しいのは、“理論を試す場所”なの」
彼女はまっすぐに父を見据えた。
「だから、さっき見ていたあの地下物件を私に任せてくれない?」
父は目を細める。
「おまえが?……あそこは失敗の履歴書だぞ。負債しか残っていない。
素人同然のお前が手を出しても、失敗は目に見えている」
「分かってる。それでも挑戦したいの。
今の私が欲しいのは、“安全”より“経験”なの」
沈黙のあと、父は低く呟いた。
「……焦る気持ちも分かるが、簡単じゃないぞ?」
涼子は小さく笑う。
「私だって、お父さんの娘よ?」
父は深く息を吐き、静かに言った。
「……いいだろう。ただしこれは遊びじゃない。半年で採算に乗らなければ、すぐに返してもらう」
「わかったわ」
涼子は迷いなく応じる。
父は腕を組み、じっと見据える。
「……もし利益が出たとして、その金をどう扱うつもりだ? 俺の負債を勝手にいじる以上、遊びでは済まさんぞ」
涼子は真っすぐに答えた。
「これはビジネス。半年で黒字化できたら、その時点から利益を分配する。
父さんの取り分は当然確保して、そのうえで、私たちが築いた分は私たちの成果として返してほしい」
父が片眉を上げる。
「成功報酬で分け前を主張するか。……ずいぶん強気だな」
涼子は笑みを返す。
「強気じゃなきゃ、“地下物件の呪い”なんて跳ね返せないでしょ?」
父は苦笑した。
「……分かった。半年で黒字にできたら、その実績に応じて分け前を渡そう。
だが失敗したら容赦なく返してもらう。」
「分かってるわ」
長い沈黙の末、父はもう一度ため息をつき、ゆっくりと頷いた。
「……いいだろう。受けて立とう。好きにやってみろ」
25歳の夜。
朝比奈涼子は、贈られた別荘を断り、“呪われた地下物件”に挑む権利を、自らの意志で勝ち取った。
──リビングの灯りが消え、静けさが戻る。
涼子はノートパソコンを開き、画面に映る一つのファイルを見つめた。
『Psy-Sci Theory/人間行動の欲求力学』
それは高校時代、仲間と共に“世界を変えられる”と信じて作り上げた理論だった。
当時は確信があった。
放課後の部室で語り合うたび、未知の真理を発見したような興奮があった。
だが、社会に出るとその熱はあっけなく冷めた。
理論を語っても誰も関心を示さず、いつしかファイルは開かれなくなった。
そして今、二十五歳の夜。
涼子は再びそのファイルを開き、静かに呟いた。
「もう一度、この理論を世に出す。
高校の部室で終わらせるには、もったいなさすぎるから。」
──忘れかけていた“発見の続きを証明する物語”が、ここから始まる。
テーブルの上には、誕生日ケーキの甘い香りがまだ残っていた。
ソファでノートパソコンを閉じた父は、深いため息をつく。
「……例の地下物件、また空室だ。ライブハウスも焼き肉屋も、一年ももたなかったな。
何度も潰れる場所ってのは、それなりの理由があるんだろう」
その声を背に、コーヒーカップを二つ持った朝比奈涼子が現れる。
父は鍵の束を取り出し、差し出した。
「涼子、25歳の誕生日祝いだ。前から言っていた湘南の別荘の鍵だ。
好きに使え」
しかし、涼子は鍵を見ただけで首を振った。
「ありがとう。でも――私いらない」
「ん? どうした? 欲しがってただろう」
「違うの。今の私が欲しいのは、“理論を試す場所”なの」
彼女はまっすぐに父を見据えた。
「だから、さっき見ていたあの地下物件を私に任せてくれない?」
父は目を細める。
「おまえが?……あそこは失敗の履歴書だぞ。負債しか残っていない。
素人同然のお前が手を出しても、失敗は目に見えている」
「分かってる。それでも挑戦したいの。
今の私が欲しいのは、“安全”より“経験”なの」
沈黙のあと、父は低く呟いた。
「……焦る気持ちも分かるが、簡単じゃないぞ?」
涼子は小さく笑う。
「私だって、お父さんの娘よ?」
父は深く息を吐き、静かに言った。
「……いいだろう。ただしこれは遊びじゃない。半年で採算に乗らなければ、すぐに返してもらう」
「わかったわ」
涼子は迷いなく応じる。
父は腕を組み、じっと見据える。
「……もし利益が出たとして、その金をどう扱うつもりだ? 俺の負債を勝手にいじる以上、遊びでは済まさんぞ」
涼子は真っすぐに答えた。
「これはビジネス。半年で黒字化できたら、その時点から利益を分配する。
父さんの取り分は当然確保して、そのうえで、私たちが築いた分は私たちの成果として返してほしい」
父が片眉を上げる。
「成功報酬で分け前を主張するか。……ずいぶん強気だな」
涼子は笑みを返す。
「強気じゃなきゃ、“地下物件の呪い”なんて跳ね返せないでしょ?」
父は苦笑した。
「……分かった。半年で黒字にできたら、その実績に応じて分け前を渡そう。
だが失敗したら容赦なく返してもらう。」
「分かってるわ」
長い沈黙の末、父はもう一度ため息をつき、ゆっくりと頷いた。
「……いいだろう。受けて立とう。好きにやってみろ」
25歳の夜。
朝比奈涼子は、贈られた別荘を断り、“呪われた地下物件”に挑む権利を、自らの意志で勝ち取った。
──リビングの灯りが消え、静けさが戻る。
涼子はノートパソコンを開き、画面に映る一つのファイルを見つめた。
『Psy-Sci Theory/人間行動の欲求力学』
それは高校時代、仲間と共に“世界を変えられる”と信じて作り上げた理論だった。
当時は確信があった。
放課後の部室で語り合うたび、未知の真理を発見したような興奮があった。
だが、社会に出るとその熱はあっけなく冷めた。
理論を語っても誰も関心を示さず、いつしかファイルは開かれなくなった。
そして今、二十五歳の夜。
涼子は再びそのファイルを開き、静かに呟いた。
「もう一度、この理論を世に出す。
高校の部室で終わらせるには、もったいなさすぎるから。」
──忘れかけていた“発見の続きを証明する物語”が、ここから始まる。
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