A・O・U(アウ)

遭綺

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A・O・U(アウ)

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「これ、俺の連絡先になります。もしよかったら、また声を掛けて下さい」
青年が少し恥ずかしそうに言う。
二人はとあるコンビニの駐車場で彼が運転する車の中で話をしている。
「ありがとう」
僕は感情のこもっていない声で応えた。
「本当にココで良いんですか」
「ええ。あとは歩いて帰れるので」
助手席から降りようと、車のドアを開ける。
「あ、あの!最後に。お名前だけ、教えて貰っても良いですか」
「…葵生アオイ
やや溜息交じりにそう呟く。
「アオイさん、かぁ。素敵な名前」
「それじゃあ」
僕は何故か逃げる様にその場を離れた。

彼の乗る車の姿が完全に見えなくなった事を確認して、僕はそっとスマホを取り出し、先程交換した彼の連絡先を削除した。
「今回もハズレだった。僕はこんな事を、いつまで続けなきゃいけないんだろう」
葵生は一人どんよりとした雲を見上げた。

先程運転していた彼とは、さっきまでホテルで身体を重ねていた。
葵生と言う名も、いつ捨てても良い別垢の名前だ。
SNSであの青年と知り合い、ついに今日、初対面にも関わらずそのような行為に勤しんでいた。
顔も身体もまずまず。それに、攻めとしてのテクもそれなりだった。
気持ち良かったけれど、自分の身体は全然満足していなかった。

全てはあの時、僕の身体を性で魔改造したアイツのせいなんだ。

大学四年生の時。
その日は、第一志望の企業から合格を貰えた日だった。
僕は意気揚々と初めて一人で歓楽街に呑みに行った。
それが全ての過ちの始まりだったなんて今になって後悔している。
お店の雰囲気に飲まれて、どんどんお酒が進んでしまった。
すると、
「キミ、隣、少し良いかな」
大人の余裕がある低い声だった。
自分より10歳は離れているように見えたが、とても若々しかった。
酔っていたせいで顔は憶えていないが、綺麗な指に美しく輝くリングがはめられていたことと、
その耳心地の良い声だけはハッキリと憶えている。

「はい。良いですよ」
そこからの記憶は断片的だった。

意識が戻りかけた時、自分の自由が奪われている事に気が付いた。
(えっ、な、なに。手と足が何かに縛られている!?)
それに、僕はベッドの上に寝かされているらしい。
視界も真っ暗。
しかも服も全て剝がされていて、突然の恥ずかしさと状況把握が出来ない事に声を上げた。
(そ、そんな。音も、視覚も、自由も、今の僕にはないのかよ。誰がこんな事を!)
不安に駆られていたその時、突然、胸から腹部にかけてひんやりとした液体を垂らされた。
ふいの冷たさと驚きに変な声を発してしまったが、自分には全く聴こえない。
呼吸が苦しい。
きっと鼻と口に覆われている防音マスクなるもののせいだろうか。
そのまままるで筆で優しく触れる様に自分の胸の先端が弄ばれ始めた。
(や、やめ…)
身体を悶えさせる度に、ぬるついた液体が下腹部から臀部へ垂れ落ちて行く。
少しずつ熱を帯び始めた陰茎を知らないヒトが厭らしく触り始める。
溜息のような声が勝手に漏れてしまう。
一番気持ちの良い速さでそこを扱かれる度に、身体が跳ねた。
快楽から逃げる事が出来ない状況で、訳も分からないまま一方的に攻められている。
このまま自分はどうなってしまうのか。
すると、自分の陰茎に突如熱が加わる。
何も見えないが、恐らく、誰かの口の中に包まれてしまったようだった。
舌先が与えて来る、経験した事のない強い刺激。
叫びにも似た聴こえぬ声。
無音の中の快楽に、葵生は意識が飛びそうになる。
恋人でも何でもない、知らないヒトの前で陰茎を膨らませ、ヨガる自分はどこまでも淫らだった。
もしかしたら、沢山の人の前でこの姿を晒されているのかも知れない。
そう思っただけで怖くなったが、もうそれすらもどうでも良くなっていた。

そしてついに、葵生は精を放ってしまった。
知らないヒトの口の中で。
果てた後の虚脱感。だが、身体はどんどん熱くなっていく。
休む間もなく、葵生の身体はさらに未知の世界へ堕とされていく。
強制的に足を広げさせられ、誰にも見せた事のない、彼の秘奥が露わになる。
すでに恥ずかしさは消え失せていた。
お酒と快楽のせいで、理性が保てない。
彼の孔に冷たい何かがじりじりと侵入してくる。
新たな痛みに悲痛の声が上がる。
勿論、誰にも届かない声。
それから彼は痛みが気持ち良さに変わるまで、あらゆるものを実験的に挿れられ続けた。
身体とは恐ろしいもので、次第にその刺激に慣れて来たようだった。
そんな彼の変化を見逃さないように、今度は熱を帯びた何かが入って来た。
細く長い指だろうか。
少し温かいモノが入るだけなのに、僕の身体は素直に受け入れるようになっていた。
ゆっくりと奥に侵入を続けるそれがとある所に差し掛かった時、言いようのない強烈な快楽が下半身から脳に直撃した。
(あ、あうぅ。な、なんだよ、コレ…)
意識が飛びそうになるし、色々漏れそうになってしまう。
それよりも、未経験の刺激を僕は無意識のうちにそれを受け入れ、求めている事に驚いていた。
その一点を攻められる度に何度も身体が大きく飛び跳ねた。
そしてそのうちに、自分でも意図せずに陰部から噴水のように液体をばら撒いていた。
その放出を見届け終わるかのように、今度は葵生の孔に大きく硬い何かが当たっていた。
(ま、まさか…)
そう思っても、彼に逃げ場はない。
そのまま太く熱い何かが簡単に葵生の身体に侵入していったのだ。
(あっ、ぐあっ!)
誰かのそれが動く度に、葵生の身体に深く呪いのように刻み込まれていく。
葵生の身体の奥がまるでレプリカのように、その人のように変化をしていった。

それから何度も奥を突かれ、その度に精を放ち、何度も声にならない声を発しながら、意識を飛ばした。

葵生が次に目を覚ました時、自分の家から近い駅のベンチに座っていた。
ハッとしてすぐに自分の身体を見渡してみる。
お酒を呑みに行った時の服装のままだった。
裸じゃない事だけで安堵した。
そしてすぐ、身体の奥底で熱を帯びる何かを感じ取った時、それは夢じゃない事を事実として認識した時、涙が零れた。
身体を穢されただけではなく、その快楽に身を委ね、流されてしまった心の弱さに辟易としてしまったからだ。
そんな葵生の手が動いた時、ベンチの上に置いてあった何かが触れた。
銀色に輝く小さなリングだった。
怒りに似た感覚に陥り、そのまま投げ捨てようとしたが、何故かそれが出来なかった。
彼はリングをポケットに突っ込み、ぐらつく身体を引き摺りながら家路についた。

葵生の身体はもう、知らないヒトに掌握されていた。

今までは女性との恋愛しかしていなかったが、全く愛を感じる事も、与える事も出来なくなっていた。
人混みに紛れた時は、すれ違う人の指を見る癖が付いてしまった。
あのリングと同じものをしているかも知れないから。
それ以上に、身体の奥はその刺激を求めてやまない。
いつしか、彼は同性に愛を感じるようになった。
同性に身体の奥を攻め立てて貰い、その感情を癒す。
だが、そこに全くの満足感、充足感はなかった。
何かが違うのだ。身体が憶えたあの刺激と重ならない。
性の無限回廊に突き落とされた葵生に、その出口が果たして見つかるのだろうか。

「はじめまして。もし良かったら僕とませんか」

そんな中、今日も彼は偽名を使い、SNSを駆使して、あのヒトを探す。
一縷の望みを抱きながら、身体が憶えたあの刺激を求めて。
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