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11.旅立ち
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「本当に出て行くんですか? もし違う仕事をと言うなら下働きのようなものならありますし」
「あなたみたいな世間知らずが外に出たら危ないわ。仕事なんてしなくてもいいからここに残るべきよ」
「そうですよハルトさん、どうかもう一度考え直してください」
元々荷物なんてなかったから、身一つで小さな鞄だけを肩から提げ娼館の入り口に立つと、見送りの仲間からまた引き止める声が上がる。
フランツとカミルは待っていると言ってくれたけれど、俺がどちらかの気持ちに応えられる日は来ないだろう。それなのに男娼として二人と関係を持ち続けるのは、自分が許せなかった。二人のことが大好きだから、誠意には誠意で応えたい。たとえそれが俺の我が儘であっても。
俺がいなくなったと知ったら二人をまた傷つけるかもしれない。でも、傷が癒えたらまた前を向けるから。このまま二人の気持ちを宙ぶらりんにしたまま留めておくのは良くないから。
「今までありがとうございました。お世話になりました」
深く頭を下げてから顔を上げると、娼館の主人も、娼婦仲間も、用心棒や下働きの従業員も一様に眉を寄せて心配そうにこちらを見ている。俺は本当に恵まれていたんだなぁ。緩みそうになる涙腺を叱咤して笑顔を作る。しっかりしろ、お世話になった人達に最後まで心配かけてどうする。
「俺は人と巡り合う運には恵まれているから大丈夫ですよ。ほら、こんなにいい人達に出会えたんだし、ね!」
そう言って仲間達をぐるりと見渡せば、娼婦仲間がぐすりと鼻を鳴らした。俺もつられて視界が滲み始めたので、鞄の紐を力強く握ってもう一度笑った。
「それじゃあ、また。皆さんもお元気で」
手を振って元気に扉を開ける。後ろから沢山の労いの言葉がかけられたけれどもう振り返ることはできなかった。止まらなくなった涙が後から後から溢れてくる。俺は娼館仲間からその髪色は市井では目立つからと贈られた帽子を目深に被って情けない目元を隠す。ずっと娼館に引きこもっていたから、王都の喧騒が懐かしい。俺は頬を乱暴に拭いながら大股で歩いた。
これからが俺の本当の異世界生活だ。俺が俺らしく生きていけるように、自分一人で生活して行くんだ。
馬車の車輪の軋む音、人々の話し声、工房から響く音。全てが新鮮だった。空は気持ちの良い青空で、俺の門出を祝っているようだった。
◆・◆・◆
<SIDE:ヴァルター>
「出て行った……だと?」
取る物も取り敢えず、急ぎ馬車を走らせ王都へ着いたヴァルターは客から聞き出した店へ飛び込んだ。しかし、そこで娼館の主人から伝えられた話に愕然とした。三日前にハルトは出て行ったと言う。ハルトの行き先を尋ねても、娼館仲間の誰にも伝えていなかったようで、消息は杳として知れない。
やっとその影を掴みかけたのに。たった三日。三日遅れただけで、ハルトがまたヴァルターの手をすり抜け暗闇に消えてしまった。悔やんでも悔やみきれない。
主人に無理を言って、三日前までハルトが使っていたという部屋を見せてもらった。すっかり部屋は片付けられ、彼の私物は何も残っていなかったが、元々荷物はほとんどなかったのだと言う。着のみ着のまま飛び出したのだ、それもそのはずだろう。
ヴァルターは、一際目を引く大きなベッドの前で祈るように跪き、真新しいシーツに顔を埋めた。番だからこそ嗅ぎ取れる程度に微かに、懐かしいハルトの香りを感じた。心臓が押し潰されそうになる。
「ハルト……君はどこにいるんだ」
嗚咽のように呟いた。
新緑のように清々しく、花のように甘やかなハルトの香り。せめてもとその香りを胸いっぱいに吸い込む。しかしその中に、爛れた香の匂いと野卑な獣の匂いを感じ取り、ヴァルターは不快感に眉を顰める。ハルトの常連客のものだろう。恐らくは噂の英雄カミル・アスマンと、もう一人誰かの。ハルトは高嶺の花と羨まれるような人気の男娼だったらしいから、足繁く通う客が何人かついていても不思議ではない。むしろハルトの人格が認められたと、本来なら誇るべきことだ。しかし、ヴァルターの心は不快感に軋んでいた。そんな自分の気持ちが不可解で仕方がなかった。
「おや、これはこれは。珍しい客がいたものだ」
思案していると背後から声を掛けられ、ヴァルターは立ち上がって振り返る。すると部屋の戸口に意外な人物が立っており、驚きのあまり無礼にも棒立ちのまま相手を凝視してしまった。
「あれほど繁く通っていた城にもすっかり顔を見せなくなり案じていたが……その様子では番を失ったという噂は本当だったようだな」
「はっ、……聊爾の儀、誠に申し訳ございません」
やつれた姿を労われ、ヴァルターは慌てて片膝をつき頭を下げて主従の礼を取る。それを相手は片手で制した。
「良い良い。ここでは普通にしてくれ。……して、ここにいるということは、お前の探し人は……」
ベッドを見つめる視線に問われてヴァルターは力なく頷いた。しばしの沈黙が流れる。その後、唸り声と共に長い溜息を吐いてから相手は言った。
「誰にも知らせるつもりはなかったが、番とあらば致し方あるまい。ハルトを迎えに行ってもらおうか」
その言葉を、ヴァルターは即座に理解できず僅かに眉間に皺を寄せた。常には見せぬヴァルターの隙だらけの様子に小さく笑って、相手――フランツは、これまでの己とハルトの次第を語り始めたのだった。
「あなたみたいな世間知らずが外に出たら危ないわ。仕事なんてしなくてもいいからここに残るべきよ」
「そうですよハルトさん、どうかもう一度考え直してください」
元々荷物なんてなかったから、身一つで小さな鞄だけを肩から提げ娼館の入り口に立つと、見送りの仲間からまた引き止める声が上がる。
フランツとカミルは待っていると言ってくれたけれど、俺がどちらかの気持ちに応えられる日は来ないだろう。それなのに男娼として二人と関係を持ち続けるのは、自分が許せなかった。二人のことが大好きだから、誠意には誠意で応えたい。たとえそれが俺の我が儘であっても。
俺がいなくなったと知ったら二人をまた傷つけるかもしれない。でも、傷が癒えたらまた前を向けるから。このまま二人の気持ちを宙ぶらりんにしたまま留めておくのは良くないから。
「今までありがとうございました。お世話になりました」
深く頭を下げてから顔を上げると、娼館の主人も、娼婦仲間も、用心棒や下働きの従業員も一様に眉を寄せて心配そうにこちらを見ている。俺は本当に恵まれていたんだなぁ。緩みそうになる涙腺を叱咤して笑顔を作る。しっかりしろ、お世話になった人達に最後まで心配かけてどうする。
「俺は人と巡り合う運には恵まれているから大丈夫ですよ。ほら、こんなにいい人達に出会えたんだし、ね!」
そう言って仲間達をぐるりと見渡せば、娼婦仲間がぐすりと鼻を鳴らした。俺もつられて視界が滲み始めたので、鞄の紐を力強く握ってもう一度笑った。
「それじゃあ、また。皆さんもお元気で」
手を振って元気に扉を開ける。後ろから沢山の労いの言葉がかけられたけれどもう振り返ることはできなかった。止まらなくなった涙が後から後から溢れてくる。俺は娼館仲間からその髪色は市井では目立つからと贈られた帽子を目深に被って情けない目元を隠す。ずっと娼館に引きこもっていたから、王都の喧騒が懐かしい。俺は頬を乱暴に拭いながら大股で歩いた。
これからが俺の本当の異世界生活だ。俺が俺らしく生きていけるように、自分一人で生活して行くんだ。
馬車の車輪の軋む音、人々の話し声、工房から響く音。全てが新鮮だった。空は気持ちの良い青空で、俺の門出を祝っているようだった。
◆・◆・◆
<SIDE:ヴァルター>
「出て行った……だと?」
取る物も取り敢えず、急ぎ馬車を走らせ王都へ着いたヴァルターは客から聞き出した店へ飛び込んだ。しかし、そこで娼館の主人から伝えられた話に愕然とした。三日前にハルトは出て行ったと言う。ハルトの行き先を尋ねても、娼館仲間の誰にも伝えていなかったようで、消息は杳として知れない。
やっとその影を掴みかけたのに。たった三日。三日遅れただけで、ハルトがまたヴァルターの手をすり抜け暗闇に消えてしまった。悔やんでも悔やみきれない。
主人に無理を言って、三日前までハルトが使っていたという部屋を見せてもらった。すっかり部屋は片付けられ、彼の私物は何も残っていなかったが、元々荷物はほとんどなかったのだと言う。着のみ着のまま飛び出したのだ、それもそのはずだろう。
ヴァルターは、一際目を引く大きなベッドの前で祈るように跪き、真新しいシーツに顔を埋めた。番だからこそ嗅ぎ取れる程度に微かに、懐かしいハルトの香りを感じた。心臓が押し潰されそうになる。
「ハルト……君はどこにいるんだ」
嗚咽のように呟いた。
新緑のように清々しく、花のように甘やかなハルトの香り。せめてもとその香りを胸いっぱいに吸い込む。しかしその中に、爛れた香の匂いと野卑な獣の匂いを感じ取り、ヴァルターは不快感に眉を顰める。ハルトの常連客のものだろう。恐らくは噂の英雄カミル・アスマンと、もう一人誰かの。ハルトは高嶺の花と羨まれるような人気の男娼だったらしいから、足繁く通う客が何人かついていても不思議ではない。むしろハルトの人格が認められたと、本来なら誇るべきことだ。しかし、ヴァルターの心は不快感に軋んでいた。そんな自分の気持ちが不可解で仕方がなかった。
「おや、これはこれは。珍しい客がいたものだ」
思案していると背後から声を掛けられ、ヴァルターは立ち上がって振り返る。すると部屋の戸口に意外な人物が立っており、驚きのあまり無礼にも棒立ちのまま相手を凝視してしまった。
「あれほど繁く通っていた城にもすっかり顔を見せなくなり案じていたが……その様子では番を失ったという噂は本当だったようだな」
「はっ、……聊爾の儀、誠に申し訳ございません」
やつれた姿を労われ、ヴァルターは慌てて片膝をつき頭を下げて主従の礼を取る。それを相手は片手で制した。
「良い良い。ここでは普通にしてくれ。……して、ここにいるということは、お前の探し人は……」
ベッドを見つめる視線に問われてヴァルターは力なく頷いた。しばしの沈黙が流れる。その後、唸り声と共に長い溜息を吐いてから相手は言った。
「誰にも知らせるつもりはなかったが、番とあらば致し方あるまい。ハルトを迎えに行ってもらおうか」
その言葉を、ヴァルターは即座に理解できず僅かに眉間に皺を寄せた。常には見せぬヴァルターの隙だらけの様子に小さく笑って、相手――フランツは、これまでの己とハルトの次第を語り始めたのだった。
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