愛を求めて転生したら総嫌われの世界でした

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第二章 失って得たもの

2-23

「何かを企んでいる人達と、この宿に関係があるの?」
「ここは郊外にほど近い城下町の端に位置し、利用者は根無草の冒険者ばかり。国家転覆を図る余所者が集まって密かに策を練るにも、その為の仕掛けを仕込むにもうってつけだろう。真偽はまだ不明だが、彼らは他人の加護の力を操る方法を得たと言う情報がある。事実であれば、“聖なる宿”となったここの状況も説明がつく。仕掛けがいよいよ動き出したということだ」

 いくら察しの悪い僕でも、これまでのクリストフの話から何が起こっているのかを理解した。
 この宿は魔物を誘き寄せる為の餌にされているかもしれないということだ。

 モディア城下を混乱に陥れたい人達は、ここの客達の加護の力を何らかの方法で強化しているのかもしれないのだ。そして、加護の強い人間を積極的に襲うという魔物の習性を利用して、この宿を襲わせようとしている。毎夜毎夜かなりの数の強力な加護保持者が、必ず集まる酒場であり宿屋だ。郊外にも近いここを、すぐ周辺をうろつく嗅覚の鋭い魔物が嗅ぎつけるのは時間の問題だろう。この宿を突破口にして魔物がより強い加護の力を求めて王城付近まで入り込むかもしれないし、もし追い返せたとしても端とはいえ城下町で宿屋が魔物に襲われたとあっては城下全体が大混乱となるだろう。恐ろしい企てをする彼らが、モディア帝国に揺さぶりをかける方法としては非常に効果的だと思った。

 そして、僕は憤った。僕の大切な友人達の命を顧みない非道な策略を許せなかった。モディア帝国を恨み、その遺恨を晴らすことに大義があるのだとしても、到底認められるものではない。冒険者の常連客達はそのほとんどが気のいい人達ばかりで、国家と何の繋がりもない。関係のない彼らを身勝手な理由で魔物の餌にして命の危険に巻き込むなんて、と僕は怒りのあまり拳を握って戦慄かせた。

「なんて酷い……。分かった、僕も協力するよ。お客さんの中に怪しい奴がいないか、何をしようとしているのかを探ればいいんだね?」

 僕は激情を瞳に宿してクリストフに言った。抑えきれない感情に支配され、使命感に燃えるのなんて初めてのことだった。
 しかし、クリストフは困ったように眉を下げ、落ち着くようにと強張った僕の肩を撫でた。

「いいや、違う。それは私の仕事だ。君に頼みたいのは、それだけ危険な状況だと自覚してほしいのだ。何か異変を感じたら、私がいれば私を、いなければその時最も強い力を持つ者をすぐに頼ること。この宿に通う者ならば誰であれ、委細構わず君を助けるだろう。怪しい人物や危険にはくれぐれも自ら近づかないでほしい。それが私の願いだ」

 肩を撫でていたクリストフの指が、宥めるように僕の頭を撫でた。瞳にはありありと心配の色が浮かんでいる。真っ赤に染まっていた僕の視界は、どこまでも赤くどこまでも優しいクリストフの瞳に鎮められていった。

 考えてみれば、要領が悪く、頭の回転も良くない僕なんかができることは少ない。今だって酒場を切り盛りするので精一杯なのに、慣れない諜報活動の真似事などをしたらきっとボロが出る。相手に勘付かれて却ってクリストフに迷惑を掛けることになるだろう。やっと冷静になった僕は、大きく息を吐き出して肩を落とした。己の非力さが情けなくなってくる。

「特に魔物には細心の注意を払ってくれ。夜は必ず全ての窓と戸を頑丈に施錠すること。できれば閂も掛けて。……トロフォティグルは基本的に夜に群れで行動する。もしも成体の群れに出会えば私ですら無傷とはいかないだろう」

 クリストフは手に持ったトロフォティグルの爪を再度見て、「これは私が預かろう」と言って懐にしまった。勿論異論なく僕は頷いて、小さく呟いた。

「……ごめん。何もできなくて。クリストフの力になれなくて……」
「そう思ってくれるだけで百人力だ。むしろ私の方が申し訳ない気持ちだよ」

 優しく微笑んだ後に、クリストフは苦痛に耐えるように顔を顰めた。
 
「本来であればこんな危険な場所に君を置いておきたくはないのだが……すまない」

 悔しそうに机の上で両拳を握る手に、僕の手を重ねる。

「僕は大丈夫だよ。魔物が加護の強い人を襲うと言うのなら、きっと一番安全だ。それよりも店のお客さんや……何より危険と隣り合わせのクリストフのことが僕は心配だよ」

 もしもクリストフの素性が相手側に露見したら。もしも凶悪な魔物に遭遇したら。たった一人で潜伏任務に当たっているクリストフの身の方がずっと危険だろう。悪い想像が頭を駆け巡り、胸が騒いで仕方なかった。心臓が冷たく速くなって、励ますつもりだった僕の手の方が震えてしまう。きっと顔色も悪くなっていることだろう。
 僕はクリストフが傷付けられることが怖くて堪らなかった。自分がどうにかなるのは耐えられる。でも、

「大切な人が苦しむ姿は耐えられない」

 思わず想いが溢れ出てしまった僕の小さな呟きに、クリストフは目を瞠って少しの間呆けたように見つめ返した。それからゆっくりと口角を持ち上げて、握っていた拳を開き僕の片頬に添えた。

「アンリ……それほどまでに私のことを?」
「当たり前だよ。クリストフは僕のとても大切な友人だ」

 力強く頷いて答えると、クリストフは途端に難しい顔を作って「友人……」と口中で呟いた。一度、目を伏せて息を吐き出したクリストフの眉間からは皺が消え、替わりに苦笑が浮かんでいた。

「分かってはいたことだが、長期戦になりそうだ」

 クリストフの言う通り、魔物の気配を探りながら、敵を見定め、その計画を知り未然に防がなくてはならないというこの任務を遂行する為には相当の時間と気力が必要だろう。僕は益々眉を下げたが、クリストフはふっと声を漏らして笑い、頬に添えた手の親指で僕の頬を撫でた。
 上品な容姿にそぐわない、鍛錬によって作られた分厚く硬い手の平は実直なクリストフの人柄そのもののようだ。僕は目を閉じ自らその手の平に頬を擦り寄せた。頼もしくて優しくて温かくて、安心する大好きな手だ。
 しばらくそうして彼の温度を堪能してから目を開けると、クリストフは顔をもう片方の手で覆い天井を仰いでいた。

「私は試されているのだろうか……」

 上を向いたままこちらに目を合わせようともせずそう呻くクリストフに、任務の困難さを嘆いているのだろうと僕は彼の安否を憂うばかりだった。
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