上 下
16 / 80
10.恋するダミー

サーコ、ダミーを頼まれる

しおりを挟む
沖縄人女子高生のサーコ(本名:比嘉麻子)が高校2年生の秋の話。リャオ=あきお君=“あけみさん”にトラブルが舞い込みます。サーコのモノローグです。

九月に入る前、リャオさんへ誕生日プレゼント渡しました。慰霊の日にペリドットのイヤリングをもらったので、こちらもイヤリングを用意した。
ラピスラズリのペンダントイヤリング。あけみさんは小箱を開けてすぐ、あたしに抱きついた。
「ありがとう、すごく、うれしい!」
そして、すぐ、あたしの耳にあるペリドットを見て腕を離した。
「あ、ごめん。申し訳ない。うれしくて、つい」
それから、あたしに右手を差し出した。
「本当にありがとう。抱きついてごめん。許してね?」
あたしはうなずいて、右手を出して握手した。

あれはたしか十月だったはず。高校の文化祭が終わったすぐくらい。お弁当は毎朝作ってもらっていたけど、クラスで出し物があったから夕方は牧志の方へは顔を出せなくて、二週間ぶりくらいに夕方事務所へ向かったんだった。
平日午後にもかかわらず事務所にいたのはトモだった。トモは大学祭休みにバイトを二つ入れていて、たまたまその両方が休日だったらしい。リャオさんは西町に出かけているという。文化祭明けには英語の抜き打ちテストがあるとの噂があったので、トモに英語を教えてもらった。
リャオさんが戻ってきたのは午後六時前だろうか。“あきお君”姿でぐったりした様子だった。あたしを見かけるとすぐ
「サーコ、まだ帰らないで、薬塗ってもらうから!」
と叫んでシャワールームへ突進していった。そして十分後、あたしは呼ばれた。トモも気にしてシャワールームを覗こうとしたが、あたしたち二人はそろって叫んだ。
「男子入室禁止!」
「はいはい」
トモはおとなしくリビングへ引っ込む。あたしはリャオさんの背中を確認する。うわあ、本日もまた盛大に吹き出物のオンパレードです。お仕事とはいえ、かわいそうに。
「サーコ、あのさあ」
あたしが薬を塗っている間、椅子に座って手鏡を見ながらリャオさんが呼んだ。
「今度の土曜日、昼、時間ある?」
ええ、たぶん。ママは日勤だし、友達からの声かけも今の所ないです。トモとはまだ話をしてませんが。
「じゃ、お願いがあるんだけど」
リャオさんがこっちを向いた。次の瞬間、彼は手を合わせてあたしを拝んでた。
「お願い! 土曜の昼、西町の会社まで付き合って! 半日、いや、二時間でいい!」
「……どうしたんですか?」
「とても言いにくいんだけど」
リャオさんはこちらを見上げている。
「ダミーになってくれる?」
「はあ?」

リビングに戻ったあたし達をトモが待ち受けていた。
「トモ、大事な土曜日に済まない、サーコ貸して」
「ええ?」
土曜日が大事なのは、トモは日曜日は教会の礼拝があるからです。あたしはいつも土曜はトモとの約束を最優先していたし、そのことはリャオさんもよく知っていた。彼は、今度はトモを拝んでいる。
「リャオ、私を拝まないで下さい。偶像崇拝はいけないです」
「いや、そこを、なんとか」
「だってサーコと今月はまだどこにも出てないし」
「お願い、トモ、そこのところをなんとか曲げていただいて」
あたしは口を挟んだ。
「ダミーって、あたしは何をするんですか?」
「あのねサーコ、本当に申し訳ないんだけど」
リャオさんは拝み手をそのままにあたしを向いて言った。
「二時間だけ、私の彼女を演じて下さい」
トモとあたしは顔を見合わせ黙り込んだ。彼女? リャオさんの、彼女?
リャオさんはうなだれた。
「やっぱり、ダメだよね。ああ、どうしよう。何と言って断ろう」
「断る?」
異口同音に尋ねる二人に、リャオさんはぶすっとした顔で言った。
「お見合いの話」
トモが、リャオさんのムームー姿を頭の先から足の先までしげしげと眺める。
「お見合い、するの? その姿で?」
「違うよ。お見合いするのは、あきお君。社長が見合い話を持ってきた」
リャオさんはずっとぶすっとした顔つきのままだ。よくよく話を聞いてみると、今に始まった話ではないらしい。四、五年前からこの手の話はちょくちょくあった。その度に興味がない、まだ早い、などと言って断っていたようだ。しかしリャオさんも今年二十八歳なので、社長も先方もいつになく熱くなっている、らしい。
「おめでたいじゃないですか。受ければ?」
「全然めでたくない!」
トモのからかい口調にリャオさんは本気で怒っている。
「社長は私があけみでいることをずっと、ずっと認めようとしないんだから。変に話が進んじゃったら、それこそ一生あきお君でいなきゃならない。仕事どころじゃないわ」
「サーコに二時間、彼女になってもらう? リャオ、まさか変なこと考えてないよね?」
トモがリャオさんに食ってかかる。リャオさんはしたり顔で両手のひらをトモへ向けた。
「まあまあ、落着いて。あきお君に彼女がいるとわかれば、社長もしばらくは見合い話なんかもってこない、はず」
「ダミーって、あたしに務まるんですかね?」
「大丈夫。サーコは十分、合格ライン」
「だって、あたしまだ十六ですよ?」
「そう、そこなんだよ。君が十六歳ってのが大事なの」
あたしとリャオさんのそばでトモが疑い深げな目を向ける。
「リャオ、それ、犯罪チックな匂いがするんだけど?」
「取りようによっては、そうね」
リャオさんの言葉にトモがにやりとした。
「へー、犯罪なんですね。じゃ、タダというわけにはいかないかもしれませんね?」
「あ、うーん、そ、そうかなぁ」
「サーコを犯罪に巻き込むのだから、それ相応の代償がないと」
え? あたし、犯罪に巻き込まれるの?
「ち、違う違う。あの、えーっと、実際には犯罪じゃないんだけど犯罪に見えます、みたいな」
トモがあたしの肩を叩いて立ち上がる。
「サーコ、私たちはこの危険なおじさん置いて帰ったほうがいいかも知れません」
「おじさんって何だよ! 自分たちが何時までも若いと思って! ねえ、だから頼むよ。お願い、タダとは言わない」
再び拝み手を始めたリャオさんを見て、あたしとトモはひそひそ話をする。
「ねえ、タダじゃないんだって。どうする?」
「おごってもらいましょうか?」
「何を?」
「例えば、高級チョコレートとか」
「なるほど。でも、どうせなら、あたし、アイスクリームがいいなあ。ブルーシールとか」
あたしのつぶやきに、リャオさんがめざとく反応した。
「はい、お嬢様、連れて行きます! BigDip牧港!」
トモがそばでつぶやく。
「でもシングルじゃちょっと安くないですか?」
「ええっと、お兄さんにはダブル、いや、トリプルでもいいよ!」
あたしも、つぶやいてみる。
「BigDipなら、アップルパイにアイス乗ってるのが好きだなぁ」
「はい、パイアラモードですね、承りました!」
リャオさんは手早くピタパンにサラダを挟んでみんなに配った。
「これ食べてて。私、着替えるから」
そして部屋に消えて十分後、メイクを終えて出てきた。珍しく今夜はTシャツにクロップドパンツ姿だ。彼女、いや彼は車のキーを手に取った。
「みんな、準備して。行くよ!」

車にはリャオさんとあたし。トモがバイクでついてくる。一時間後にはあたしたちは牧港のブルーシールにいた。
トモはさっさとトリプルをコーンに載せてもらい、その場で三個のアイスを舐めて一つのまとまったアイスバーみたいにして食べている。うまいもんだ。


あたしは待望のパイアラモードにナイフを入れていた。あー久しぶり。これ高いけど大好きなんだよね。
「みなさんの要求、聞いてあげたんだから、ちゃんと協力してくださいね」
リャオさんがタピオカコーヒーフロートを飲みながらあたしたちにぼそっと言った。はいはい、聞きますよ。パイアラモード大好き! うーん、おいしー!幸せ!
「ところでサーコはドレッシーな服、ある? 細かい柄のワンピースとか。あと、ハンドバッグ」
そうですね、バッグはあるけどワンピースはママのしかないかも。即座に声がする。
「よし、買いに行こう! 行くよ!」

あたしたちはそのままパルコシティになだれ込んだ。リャオさんとトモがあーだこーだと言いながらあたしの服を選ぶ。ダミーというかほぼ着せ替え人形だ。結局、ピンクのブラウスに紺無地のフレアスカートに落着いたのだった。
しおりを挟む
1 / 3

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

芸術狂いの伯爵夫人はパトロン業で忙しい。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:91

お互いのために、離れるのが一番良いと思っていた

恋愛 / 完結 24h.ポイント:113pt お気に入り:138

〜隻眼の令嬢、リーゼロッテさんはひきこもりたい!- R 〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:5

思いついたBL短編集

BL / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:3

頭痛いから膝枕して

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:2

処理中です...