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34.あきお君、サーコと無断外泊する

夜のとばり~翌朝、三度目のキス

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サーコのモノローグ続きます。

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息を弾ませホテルの東エントランスをくぐる。しばらく歩くとショップがあってリゾートウェアを色々取り扱っている。お、旧品処分市やってるんだ?
「サーコ、これ、シンプルだから大阪でも着れるよ。ショール巻いたら秋口までいけるし」
リャオさん、グレーの細かい花柄がプリントされたワンピースをさっさと買ってしまった。驚いて言葉が出ない。あたしは黙って頭を下げた。

お昼が中華料理だったから、夕食は相談して軽めに済ませることにした。お互いシーザーサラダと飲み物だけ。リャオさん曰く、スイートルームに用意された飲み物類は基本タダらしい。だから、スイートルームにないものを注文しなさいって。
「ここの生ジュース美味しいよ! 私も取るから」
お言葉に甘えて搾りたて生ジュースいただきます。うん、フルーティーで美味しい!
「この後、サーコ先にバスルーム使っていいからね」
うわー、ありがたいお言葉。バスタブ使ってお風呂なんて韓国旅行以来だ。嬉しい!

高級アメニティを存分に楽しみながら、40分くらいゆったり入ってしまった。
髪を乾かしながら気がつく。そうだよ。あきおさんの背中に薬塗ってあげなきゃ。
「シャワー終わったら合図してね。薬持って行きます」
「はーい、よろしく」
彼は、彼女は、いつものようにシャワールームへ消えた。20分後、バスローブ着て出てきた。
「考えてみたら、イスがない。リビングで塗ってもらえる?」
そうでしたか。部屋の照明を明るくして、窓のカーテン全部閉める。リャオさんが背中を出した。あー、今日もあちこち、ひどいね?
薬を塗ってあげていると、リャオさんがポツリとつぶやいた。
「サーコいなくなっちゃったら、薬塗ってくれる人がいないなー」

お互い、無口になる。あたしは黙々と薬を塗る。
あと何回、ケアしてあげられるだろう。こんなにお世話になったのに。
「気にしないで。元に戻るだけだから」
そうかもしれないけど。でも。

やがてリャオさんはホテルのパジャマを着た。
「ありがとう。ところで明日の朝食さ、ルームサービスなんだよ」
うわあ! あたし、一瞬のけぞった。それ、すごくないですか?
「7時にスタッフ来てもらっていい? あと、明日の天気は曇りらしいんだ。そこのラナイで食べようよ」
了解しました。ひゃー、本当に映画みたい! リャオさん、フロントにルームサービスの予約入れて提案をする。
「映画みたいに、寝る前に何かゲームしようか? オセロとか」
ではハーブティー入れて、オセロを。4回やって2対2のタイだ。でもこれ、お互いに熱くなるから興奮して眠れなくなりそう。
「じゃ、トランプに切り替えて、平和に7並べはいかがですか」
ふむ。これは2名でやるには平和なゲームですね。各スートがキレイに並んで気分いい。トランプ並べながらリャオさんが話しかける。
「サーコ、事務所にどのくらいいるつもり?」
「ジングが、トモが来ていいと言うならすぐ大阪へ飛んで行きます」
「さつきさんともう一回だけ、話し合わない? 明日、あんたと奥武山行ってもいい」
「わかりました。では、もう一回だけ」
リャオさんはうなずき、トランプを片付けた。
「もう10時だよ。朝、スタッフ来る前に起きて着替えててね。ゆっくりおやすみ」

朝になった。このベッドはなかなか寝心地がいい。コトリとも起きなかった。本当はリャオさんがお金払っているのに、悪いことしたな。
6時半過ぎに起き、髪をブラシして着替える。昨日購入したワンピースを着てみた。軽くメイク。ファンデーション塗って眉とチークだけ。
スマートフォンをチェックしたが、なにもない。ジングは、トモは4月からPTSDの治療で導眠剤を試し始めた。特に土曜日は心療内科の帰りにプールで泳いだり散歩したりしてゆったりすごし、夕食後そのまま導眠剤飲んで寝ちゃうみたいだ。お昼寝大好き人間だから、寝て治ってくれるならそれが一番良いのだけど。

リャオさんに朝のあいさつをする。
「おはよう。よく似合ってるね」
彼は半袖ドット柄の紺地ポロシャツを着て、朝刊を広げていた。リャオさんがポロシャツ着るなんて。初めて見たよ。
「どうしたんです、ポロシャツなんて」
「貰い物。滅多に着る機会ないけど、シワにならないから旅行には便利だよね」
なるほど。ちょうど7時になったのでスタッフさん来ました。ラナイのテーブルに朝食が並べられていく。すんごいです。サラダ、パン、ハムとフルーツの盛り合わせ、オムレツ、ジュース。バターだけで何種類もある! 素晴らしい!

ここから先は内緒話。
折角なのでスタッフさんにお願いしまして、海をバックにして写真撮ってもらったんです。朝でタイミング良く曇りだから逆光にはならなかった。
「お二人、並びで撮りますか?」
スタッフさんからの提案にあたしたちは顔を見合わせた。
「どうする? 撮ってもらう?」
「社長さんへは送らないでください。あんな事件はこりごりです」
「そっちもトモには言わないでよ。私、回し蹴りされるわ」
あたしたちは互いにクスクス笑った。
「じゃ、お願いします」
リャオさん、あたしの右隣に来て、左手をあたしの左肩に置いて引き寄せた。抗議しようとしたら、右手の人差し指を口元に当て、小声でのたまった。
「ごめん、写真だけだから」
あー、わかりました。スイート泊まれたのは、ほかならぬあなたさまのおかげです。今回はツーショットで収まることにしましょう。

優雅な朝食を終える。そろそろ日常に戻らないと。

帰り支度をする。もう一度室内を見回す。
「忘れ物ないですか?」
「ないでーす」
あたしはドアを開けて出ようとしたら、リャオさんが突如叫んだ。
「あるじゃん! なにこれ?」
おかしいな。何か忘れたっけ? あたしは来た道を数歩戻る。すると前触れもなく正面から抱きつかれた。
「リャオさん?」
「静かに!」
彼はがっちりあたしの両肩をホールドしている。聞き取るのがやっとなくらい、小さなささやき。
「1分間だけ」

あきおさんから、香水の香りがする。
ジョルジオ・アルマーニ コード プールオム
目の前に青い海が広がる部屋の中で、香りのマジックに体を包まれ、あたしは動けなくなる。

いけない。あたし、ジングが待つ大阪へ行かなくちゃ。

約束通りあきおさんは1分後、身体を離した。あたしの左頬に軽く口づけをして。
チェックアウトを済ませ、二人は少し離れて車まで歩く。車の中でも終始無言だった。

昼前に牧志の事務所に着く。ママに話し合いたい旨をラインする。朝食が多めだったからお昼はゆっくりでいい。リャオさんにお礼を言ってベッドにしばし倒れ込んだ。
午後2時ごろ起き上がると、“あけみさん”はポロシャツからワンピースに着替えて化粧を始めていた。口紅塗りながら教えてくれる。
「フライパンにソーミンチャンプルーあるよー」
お昼をいただきながらラインをチェック。礼拝を終えたジングから、本当に大阪へ来るのかという問い合わせ。そしてママから、「アパートにいます」という返事。内容からするとあけみさんにも同じ文章を送っているようだ。

再び、あたしたちはバンに乗る。奥武山のアパートでママと話し合いを持った。でも、何も変わらなかった。
「どうしても、韓国人と一緒になるのね?」
ママの言葉にあたしはうなずく。
「いい人なんです。もう決めました。大阪へ行きます」
「わかったわ。もう勝手にしなさい」
あけみさんが制するのも聞かず、ママはぷいと席を立った。あたしは半泣きであけみさんを見やった。すがるような気持ちでお願いする。
「もうしばらく事務所へ泊めてください」
夕日が差し込むベランダを背に、あけみさんはあきれ顔でうなずいていた。
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