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西原っ子純情

10.流れ星に願い事

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 At the Southern Hospital in Nakagusuku Village, Okinawa; 3:00AM JST November 19, 2001.
 At Naha City, Okinawa; 2003.
 The narrator of this story is Akinobu Yagami.

五分後、俺と多恵子はロビーに座っていた。
「多恵子もここにいたのか?」
多恵子がナースになったのは人づてに聞いていたが、まさかサザン・ホスピタルにいるとは思わなかった。
「三、四年なるかなー。今はオペ看」
今日の仕事から上がろうとして、当直の上間がオペに入ったことを知ったという。
自分どぅーぬ体もちかんてぃーする(持ちかねる)のに、なんでオペ室に入るかなー」

多恵子が怒りながら話してくれた。上間は昨年の暮れ、アメリカで医療研修中に自動車事故に遭い、右足首から下の機能を失ったのだそうだ。それなのに、未だに外科医をつづけている。病院内ではAFOと呼ばれるプラスチック製の装具を身につけているらしい。
「血行不良起こして足が腫れるから、長時間立ちっぱなしは良くないんだけどね。整形外科医のくせに、自分の足のことは頭に無いみたいよ。バカだよ。あれは」
多恵子は一息にそう言うと、ペットボトルのさんぴん茶を一気飲みした。
「多恵子、お前、上間と付き合ってるの?」
先ほどの様子をみれば、ただならぬ間柄なのは容易に想像できた。多恵子は答えた。
「結婚した。宜野湾に住んでる」

多恵子の言葉に俺は天井を仰いだ。
そうか。お前、やっぱり、上間のものになっちまったのか。

「お子さんは、まだなの?」
俺の質問に多恵子はちょっと暗い表情になった。
「今はまだ、ちょっと無理だなー。二月に流産しちゃってさ」
「……ごめん。悪いこと聞いちゃったな」
俺は謝った。既婚女性に子供のことを尋ねるのは、難しい。多恵子を傷つけるつもりはなかったのだが。
「いいよ。そのうち運も向くはずだから。アキは仕事、がんばってるの? ケイコさんは元気?」
そう言って多恵子は微笑んだ。まだ姉のことを覚えてくれているのか。優しい奴だな。全然変わってない。
「そっかー、アキはまだ、いいヒトいないんだー?」
いたずらっぽい目でこっちを見て笑っている。

バカ。お前を迎えに行くつもりだったんだよ。この天然記念物め。

「今度、うちに遊びにおいでよ? 火曜の夜か日曜日だったら、二人ともオフのことが多いし」
そうだな。近々、お邪魔しようかな。積もる話もあるし。
「じゃ、先なろーね」
そういって多恵子は手を振った。

しばらく後、上間が右足を引きずりながらやってきた。
「はい、できたよ。診断書。会計で代金支払うの忘れるなよ?」
「サンキュ。お前、多恵子と結婚したんだって?」
「ああ、四月にね」

上間の言葉に、俺は軽い思考停止状態に陥った。
はい? 何ですと? 二月に流産して四月にご結婚ですか? 計算が合わないよ?

「今夜は、しし座流星群だなー」
俺の疑問を知らない上間が、外の景色を見ながらつぶやいた。
「今年は晴れてるみたいだね。矢上も何か、願い事したら? 結構、叶うもんだぜ」

へえ、お前さんはそれで、多恵子をモノにしたのかい?
どうせなら、五年くらい前に聞いときゃ良かったよ。

麻酔から醒めたクロシマさんを見舞い、外に出て深夜の星空を眺めた。
流れ星が緑色の帯をまとってスーッと流れていく。

願い事か。そうだな。ダメモトでしてみるか。
多恵子に元気な子供が授かりますように。
母ちゃんと姉ちゃんが幸せになりますように。
ついでに、俺にも幸せが訪れますように。

嘘みたいだが、願いが叶った。
次の年、あの姉が結婚した。同じ知的障害を持つ青年との「できちゃった結婚」だったけど、それでも当人同士が真剣に愛し合っていることは、俺にもよーくわかった。生まれた子供は健常児で、母が毎日、うれしそうに子守をしている。
それから、こんな俺にも、彼女ができた。石垣で補導した例の女子高校生と、那覇で一緒に暮らしている。
お互い、親同士が離婚した家庭の出身だし、彼女は薬物依存症の治療を現在も続けているから、入籍するかどうかはわからないけど、十分幸せだ。

この間、島袋桂からメールが来てた。多恵子にようやく子供ができたらしい。
多恵子、良かったな。ほっとしたよ。元気な子が生まれるといいな。
今度、彼女連れて宜野湾に遊びに行くから。
一緒にリンゴでも食おうや。
(西原っ子純情  FIN)
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