サザン・ホスピタル 短編集

くるみあるく

文字の大きさ
86 / 102
リストカット

5.入院風景 三日目昼〜退院、その後

しおりを挟む
At the Southern Hospital, Nakagusuku Village, Okinawa; February 16, 2003.
At the Southern Hospital, Nakagusuku Village, Okinawa; 2006.
The narrator of this story is Akane Sato.

午後、見舞い客が現れた。
小柄で、栗色の髪をポニーテールにしている。いかにも沖縄人らしい太い眉毛に、大きな黒い瞳、そして鼻ぺちゃ。美人ではないけど愛くるしい顔だ。
「えっと、どなたでしたっけ?」
あたしはその女性に見覚えがなかった。でも、女性はにっこり笑ってこう告げた。
「上間勉の家族でーす」

上間勉? 誰だっけ?

「ほら、そこに名前があるでしょ?」
女性はベッドのネームプレートを指差した。
「あんな主治医でも役に立ちますかしら?」

ええ? 主治医のご家族が患者を見舞ってるの? 普通、そういうのって、ありえる?

すると、女性は首をすくめた。
「いやー、バレンタイン・デーに帰ってこなかったものだから、問い詰めたわけよ。そしたら、女性の入院患者さんに一晩付きっきりだったって白状したもんから、確かめにきました」

おいおい、上間先生。バレンタイン・デーに奥さん放っておくのはまずいでしょう?
あたしは、思わず吹き出してしまった。首を振って笑いながら叫んだ。
「浮気なんかしてませんよー」
「いや、全然、疑ってはないよ」
そんな、否定しなくってもいいよ。奥さん、顔が赤いです。
「はい、ポテトチップス。お嫌いでなかったら」
思わぬ差し入れにびっくりした。すごい! 奥さん、気が利く!

あたしたち二人は、まるで長いつきあいの友人のように、ポテトチップスを食べながらおしゃべりに花を咲かせた。
「あたし、昔ここでナースしてたから。若い患者さん、みんなポテトチップス食べてた」
奥さん、いや、多恵子さんはそうつぶやきながら、チップスを一度に三枚も摘んで口に運んだ。
「一昨年のバレンタイン・デーに仕事してたら、流産しちゃってねー」

え? 流産しちゃったの?

「ちょうど、あの辺で倒れた」
多恵子さんは何でもないことのように、近くの廊下を指差した。
「一昨日、あの子の命日だったのに、あれは帰ってこなかったものだから」

やっと、事態を把握できた。そりゃあ多恵子さんが怒って当然だわ。

「自分の子供の命日に自殺未遂の患者さん見て、居ても立ってもいられなかったみたいでさ。あの子の代わりに佐藤さん助けようって思ったみたいよ」

ごめんなさい。あたしが手首なんか切っちゃったから、先生は帰れなくなってしまったんだね。
帰る間際にあたしが運ばれてきたから、白衣を着る暇がなかったんだ。

「もう、死なんでよ?」
多恵子さんはそう言って、にっこりした。
あたしも、こくんと頷いた。

夕方、上間先生が回診に来た。左手首の包帯を取り替える。
自分で言うのもなんだけど、うわ、こんなに切ってたんだ。我ながらよくやったよ。あ、褒めてませんから。全然。あきれているだけで。
「状態はいいね。明日からシャワーOKですけど、患部は濡らさないようにしてくださいね」
よかったー。冬場だから我慢できるけど、拭くだけじゃもうイヤだ。って、自分がまいた種でしたね。そうそう。報告しとかなくっちゃ。
「奥さん、お昼にいらしてましたよ」
「い?」
先生、目が点になってるよ? こんな正直者だったらあまり医者に向いてないんじゃないかなー。
「……何の話をしたの?」
「内緒でーす」
あたしは舌を出して答えた。
もうあたしは邪魔しませんから。おうちで直接、多恵子さんから聞いてね。

二月十八日、あたしはサザン・ホスピタルを退院した。
とりあえず簡単な一般事務の仕事を見つけて、その年の夏には借金を全部返した。
ついでに、別のいい男も見つけといた。前の男よりずっと、ずっといい男だ。

今だからわかる。あたしは焦っていた。両親の元からさっさとオサラバしたくって、結婚という体のいい口実を探していたのだ。そして、ダメ男に引っかかった。
だから、今度は騙されないように、しっかり相手を見て付き合おうと心がけている。時間をかけてゆっくりと。いわゆる自然体ってやつです。焦らないで結果を待てる。そういう意味では人間として成長できたかな。
でも、ちょっとだけ思う。あたし手首切る必要はあったのかなーって。コレ、冬場になるとうずくんだよねー。カイロ必携です。
ま、仕方ないか。成長した証しだ。もう自分の体を傷つけるバカなことはしない。自分を大事にすることが相手を思いやることに繋がるって、しっかりとわかったから。

今でもあたしは、暇を見つけてサザン・ホスピタルへ行く。リハビリルームの介助ボランティアという名目で、上間先生に会いに。
たまーにだけど、多恵子さんや、お子さんたちに会うこともある。これがまた笑っちゃうくらい多恵子さんにそっくりなんだわ。スタッフや患者さんたちの人気者なんだけど、リハビリルームいっぱい暴れまわるので、いつも上間先生が苦笑いしながら松葉杖片手に追いかけている。

いつまでも、家族仲良くね。お幸せに。
あたしもそのうち、負けないくらい、幸せになるもんね。
(リストカット FIN)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

痩せたがりの姫言(ひめごと)

エフ=宝泉薫
青春
ヒロインは痩せ姫。 姫自身、あるいは周囲の人たちが密かな本音をつぶやきます。 だから「姫言」と書いてひめごと。 別サイト(カクヨム)で書いている「隠し部屋のシルフィーたち」もテイストが似ているので、混ぜることにしました。 語り手も、語られる対象も、作品ごとに異なります。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

秘密のキス

廣瀬純七
青春
キスで体が入れ替わる高校生の男女の話

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...