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肩車
1壮宏(たけひろ)と理那(りな)、雑誌のモデルになる
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At Nakijin Village, Okinawa; February, 2011 and 2022.
The narrator of this story is Takehiro Kochinda.
僕は今日、一人で今帰仁までやってきた。ちょうど桜祭りが始まったところで、平日とはいえ八重岳にさしかかったあたりから、観光客が運転しているであろうレンタカーなどをあちこちで見かけた。
車は祖父の旧式のカローラ。助手席には人のかわりに、ケースに入ったニコンの一眼レフカメラ。ええ、祖父のものです。デジカメなんてのが世の中に出て久しいが、祖父は頑固にずっとフィルムで撮り続けている。二十一世紀になって二十年近くたつけど、未だカメラ屋にフィルムを置いているってことは、根強いアナログカメラファンが居続けているってことだよね?
免許を取った記念に、初春の本島北部をドライブして祖父母孝行するつもりだったんです。
え、彼女は、ですって? そりゃ、好きな人は一応いるけど、僕はまだ高校三年生。それどころじゃないですよ。学校は今日は自主休校しました。というか、大学入試試験終わっちゃうと授業なんかしないでしょう?
で、祖父をドライブに誘ったんですけど、
「なーひん(更に)壮宏が運転上手小なてぃからやー」
と、すげなく断られてしまった。なにせ祖父は個人タクシーを三十年以上運転している、いわば「つわもの」。新人の僕が運転する車になど、安心して乗っていられないらしい。祖母は祖母で、なんだかんだ言って祖父とずーっとくっついていますから。祖父がだめといえば、だめです。
「だー、先じ、うりさーに桜花写ちくーわ。うりから、やさ」
祖父は僕に一眼レフを渡して、そう命じたのであります。
僕は今帰仁城の前に車を停め、一眼レフを手に取った。ここへ来るのは何年ぶりだろう、城の門も、石造りの城壁も、全然変わらない。
僕の心に、あの日の情景が鮮やかによみがえって来た。
確か、小学校一年生の今頃、いや、もっと早かったっけ。父の親友の島袋さんが運転する大型のバンに乗って、僕らは今帰仁城へやってきた。
「いやー、最近、子供の写真って撮るの大変なんだよー!」
年末、宜野湾の家に来た島袋さんが、そうこぼしてたのだ。僕と島袋さんはあの頃からずっと囲碁仲間。当時幼かった僕に島袋さんが五目並べを教えてくれて、僕は小学校入学とほぼ同時に近所の囲碁クラブに入った。これでも何度か沖縄地区の選手権でいい成績を修めて、東京の本選にも出場してるんですよ。さすがにプロへの道は険しくて、さっさと医療従事者としての将来を決めましたが。
おっと、話を戻します。島袋さんは囲碁盤に白石を並べながら両親に愚痴っていた。
「個人情報保護ってやつで、よその子供さんを勝手に撮影できねーんだよ。今後、雑誌類の未成年撮影は承諾制になるらしいぜ。まさか、うちの会社が撮影用のモデルさん雇ってくれるとも思えんし」
「妙な世の中になっちまったもんだなー?」
父も母も島袋さんに同情している。
「それで、悪いんだけどさ。壮宏君と理那ちゃんに協力してもらえないかな? 今度の桜祭りにあわせて、今帰仁城で遊ぶ子供達のショットが欲しいんだよ。もちろん俺が車出すし、昼飯もおごるから、頼む!」
というわけで、僕らは今帰仁城へやってきたのだ。桜はまだ五部咲きかそれ以下だったけど、いかにも古めかしい石垣とそこから見渡せる青い海とのコントラストに、僕も妹も興奮してはしゃぎまわった。僕らの後を追いかけて、父は松葉杖で必死こいて石段を昇っていたが、昇り切ったときはとてもうれしそうな表情を見せた。
「やっぱり、いい眺めやっさー!」
父は母に支えられながら、気持ちよさそうに伸びをした。
島袋さんがカメラを構える中、僕らはじゃんけんをして石段を上り下りしたり、腰掛けてピースしたりした。なんだか自分がスターになったみたいで気分が良かった。そうそう、ウーマクーな理那は、今帰仁城で飼われている馬に乗ったんだっけ。たてがみを引っ張って、職員の人に怒られてました。
The narrator of this story is Takehiro Kochinda.
僕は今日、一人で今帰仁までやってきた。ちょうど桜祭りが始まったところで、平日とはいえ八重岳にさしかかったあたりから、観光客が運転しているであろうレンタカーなどをあちこちで見かけた。
車は祖父の旧式のカローラ。助手席には人のかわりに、ケースに入ったニコンの一眼レフカメラ。ええ、祖父のものです。デジカメなんてのが世の中に出て久しいが、祖父は頑固にずっとフィルムで撮り続けている。二十一世紀になって二十年近くたつけど、未だカメラ屋にフィルムを置いているってことは、根強いアナログカメラファンが居続けているってことだよね?
免許を取った記念に、初春の本島北部をドライブして祖父母孝行するつもりだったんです。
え、彼女は、ですって? そりゃ、好きな人は一応いるけど、僕はまだ高校三年生。それどころじゃないですよ。学校は今日は自主休校しました。というか、大学入試試験終わっちゃうと授業なんかしないでしょう?
で、祖父をドライブに誘ったんですけど、
「なーひん(更に)壮宏が運転上手小なてぃからやー」
と、すげなく断られてしまった。なにせ祖父は個人タクシーを三十年以上運転している、いわば「つわもの」。新人の僕が運転する車になど、安心して乗っていられないらしい。祖母は祖母で、なんだかんだ言って祖父とずーっとくっついていますから。祖父がだめといえば、だめです。
「だー、先じ、うりさーに桜花写ちくーわ。うりから、やさ」
祖父は僕に一眼レフを渡して、そう命じたのであります。
僕は今帰仁城の前に車を停め、一眼レフを手に取った。ここへ来るのは何年ぶりだろう、城の門も、石造りの城壁も、全然変わらない。
僕の心に、あの日の情景が鮮やかによみがえって来た。
確か、小学校一年生の今頃、いや、もっと早かったっけ。父の親友の島袋さんが運転する大型のバンに乗って、僕らは今帰仁城へやってきた。
「いやー、最近、子供の写真って撮るの大変なんだよー!」
年末、宜野湾の家に来た島袋さんが、そうこぼしてたのだ。僕と島袋さんはあの頃からずっと囲碁仲間。当時幼かった僕に島袋さんが五目並べを教えてくれて、僕は小学校入学とほぼ同時に近所の囲碁クラブに入った。これでも何度か沖縄地区の選手権でいい成績を修めて、東京の本選にも出場してるんですよ。さすがにプロへの道は険しくて、さっさと医療従事者としての将来を決めましたが。
おっと、話を戻します。島袋さんは囲碁盤に白石を並べながら両親に愚痴っていた。
「個人情報保護ってやつで、よその子供さんを勝手に撮影できねーんだよ。今後、雑誌類の未成年撮影は承諾制になるらしいぜ。まさか、うちの会社が撮影用のモデルさん雇ってくれるとも思えんし」
「妙な世の中になっちまったもんだなー?」
父も母も島袋さんに同情している。
「それで、悪いんだけどさ。壮宏君と理那ちゃんに協力してもらえないかな? 今度の桜祭りにあわせて、今帰仁城で遊ぶ子供達のショットが欲しいんだよ。もちろん俺が車出すし、昼飯もおごるから、頼む!」
というわけで、僕らは今帰仁城へやってきたのだ。桜はまだ五部咲きかそれ以下だったけど、いかにも古めかしい石垣とそこから見渡せる青い海とのコントラストに、僕も妹も興奮してはしゃぎまわった。僕らの後を追いかけて、父は松葉杖で必死こいて石段を昇っていたが、昇り切ったときはとてもうれしそうな表情を見せた。
「やっぱり、いい眺めやっさー!」
父は母に支えられながら、気持ちよさそうに伸びをした。
島袋さんがカメラを構える中、僕らはじゃんけんをして石段を上り下りしたり、腰掛けてピースしたりした。なんだか自分がスターになったみたいで気分が良かった。そうそう、ウーマクーな理那は、今帰仁城で飼われている馬に乗ったんだっけ。たてがみを引っ張って、職員の人に怒られてました。
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