切り裂きジャックは更生できない

雷川木蓮

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 ある世界に現代のジャック・ザ・リッパーと呼ばれた男がいた。
 その男は殺人鬼と称されその名で呼ばれ、いつしか彼の本当の名は忘れられた。
 彼にとって別に名前なんてどうでもよかった。
 彼の取り巻く環境が、ジャック・ザ・リッパーを作り上げ、勝手にその名を轟かしたのだから。

 ある日、彼は死んだ。
 少なくとも処刑ではなく、単なる偶然の事故だった。
 世を騒がせ大量殺戮を行った彼は正体を知られずにこの世を去った。

 だが、死に際に彼は願った。
 もし地獄に落ちず来世というものがあったなら、親に恵まれたい。
 友達みたいなもんはどうでもいい、親の愛がほしい。

 不幸と社会が生み出した怪物は眠りについた。

 奇跡というものは存在するらしい。
 新しい命になり転生というものをした。
 まだ産まれて間もないが前世の記憶というものはあった。

 見た目はかなり幼い母親、ガッシリとした筋肉質の父親。
 それにその友人らしき人たちが彼の生を祝った。

 そして、彼はようやく愛を得た。

 無償の愛、親の愛を一身に受け赤子の身でありながら幸せと感じた。
 今は赤子だがあの時のような血みどろの人生は捨て、今を生きることを決意した。
 今は赤子だが前世唯一の趣味だった殺人を捨て、真っ当に生きることを決意した。
 決意したのだが…………

 言葉を理解するまで自分の周りがどんな人物で囲われていたか分かっていなかった。
 その言葉を理解するまであと3年、何も知らずにとして育てられた赤子は知ることとなる。

 切り裂き魔の名前からは逃れられないのだと。








 ~●~●~●~●~







 スヤスヤと赤子が眠る夜の時間、また両親の友人が活動する時間も夜だった。

「やあやあこんばんわはお二人さん。子供ができたって聞いたからピエルさんがやってきたぞぅ」

「おお、久しぶりじゃないか。お前が娑婆に出るなんて、ましてや俺らの子供に興味を持つなんてな」

「お二人さんの子供だったらピエルさんの占いを受け継げるかなと思って」

「うちの子は渡さないぞ。ぶっ潰されてえか」

 彼らの家にやってきた中年で痩せ気味の男はにこにこと笑いながら殺気を受け流す。
 この男はピエル、通称『悪の占い師イヴィル・テラー』呼ばれる犯罪者である。

「また看守を誑かして脱獄したのか?」

「人聞きの悪い、占った結果通り行動して出たんですよ」

 数々の人間を占いで破滅させた男のいう事なんて信じられない。
 本人は真剣に占い良かれと思ってやったことと言い張るが、流石に無理があった。
 真剣にやる事こそがピエルの魅力ともいえる。
 それが良い方向に向かったことはほとんどないが。

「ところで、赤子の名前は?母親に似たかわいい姿は?」

「俺に似てるんだようちの子は!さっさと帰りやがれ!」

「うるさいよ~、この子が起きちゃうでしょ~。ピエルはさっさと入っていいよ~」

「ではお邪魔させていただこう」

「入れるこたぁねえのに」

 眠る赤子を抱えた幼女が間延びした声でピエルを中に入るように誘った。
 身長は出迎えた男の腰にわずかながら届いているほど小さいが、抱えている赤子の母なのだ。
 赤子も言葉が分からなくても見た目幼女が母親という事実をなかなか受け入れられなかった。

「それでは改めて、出産おめでとう。私からのお祝いとして受け取ってくれ」

「おお~?こんなに貰っていいの~?」

「もちろん。最初から占ってて勝ちが見えていた賭けで得た金ですから」

「おい、その賭けってのは何の賭けだ?」

「それはお二人さん子が産まれるか、というより子作りするかどうかというね。なかなかいい金額を稼がせてもらいました」

「はん、いつものやつか」

 そういいつつ父親は金の入った袋に手を伸ばすが横からかっさわれた。
 赤子を抱きながら器用に頭の上に袋を乗せた母親だった。

「ダメですよ~。お金は私が管理するって決めたじゃないですか~」

「受け取るだけだろうが。細けえな」

「そう言って何回くすねたかな~」

 そう言われると目を逸らすあたり何回もやらかしたのだろう。
 見た目は凸凹だが力関係は見た目通りじゃないという事らしい。
 このやり取りを見てピエル目を丸くした。
 この二人はそりが合わないと周りから言われていたし、子供を作ったと聞くまで何度も二人と会っていた彼自身もそう思っていた。

「まさかここまで仲が良くなるとは思っていませんでしたよ。いったい何があったんですかね?」

「こいつがいると丁寧口調になるのがむかつくな。一発殴っていいか?」

「ゲイルは野蛮ですからね。それはもう態度を変えますよ。ところで何がお二人さんの子おころに変化を与えたんですか?」

「酔っぱらった勢いで作っちゃったんです~。本音を言うとこの馬鹿を殺そうかと思いました~」

「誰が馬鹿だって?ま、間違っちゃいないけどな!」

「うー…………」

「しっ、起きちゃいますよ~。よ~しよしよし~」

「悪りぃ悪りぃ」

 何故か胸を張ったうえに大きな声で言うので赤子が起きそうになったではないか。
 そう抗議するように母親は一瞬だけ殺気を向けてあやし始めると少しだけの時間だったおかげかすぐに深い眠りに戻った。
 そして視線は父親、ゲイルに戻り殺気が放たれる。

「も~、今は子持ちなんですよ~?」

「ガキは思ってる以上に強いんだぞ。泣いて強くなるもんだ」

「あなたの中ではそうでしょうね、あなたの中では」

「喧嘩売ってるなら買うぞコラ」

「それはそうとして、この子の生き方はどうするのですか?あなたたち子育ては初めてでしょう」

 今までくっつくことすら想像されていなかった二人のことだとピエルは問う。
 これで何も考えていなかったら赤子の身はこちらで預かるつもりだ。
 たとえどのような手段を使っても、こんないい子そうなのはほっておけない。
 主に悪いことを教えようとする意味で。

「ンなもん考えてるに決まってる。そこまで馬鹿じゃねえぞ」

「もちろん~。なんたって私の子ですから~」

「俺の子だからな」

「かわいい美少女毒婦に~」「立派な破壊野郎にな」

「…………あの、性別は一つですよ?」

 性別を変える方法はいくらでもあるが、ピエルの言った通りここにいる赤子の性別は一つだ。
 おまけに同時に言った二人はにらみ合いをしている。

「おいおい、こいつは男だぞ。男なら破壊が似合うじゃねえか」

「いえいえ~、男の子でもかわいくたっていいじゃないですか~」

「それに毒婦ってお前の毒を染み込ませるのは無理だろ」

「何も実際の毒だけじゃありませんよ~。男の子でも夜の女の子のテクニックは使えるんですから~」

「何言ってるかさっぱりわからんぞ。もしやタンスの裏に隠してた本か?顔が女の男が女装して男と絡むなんざ正気じゃねえ」

「どうやら死にたいようですね~?」

「喧嘩をするのは良いですが、私がいないところでしてください。占い結果はここで帰れと言うのでさようなら」

 ただならぬ雰囲気になってきたためピエルはすぐに家を出た。
 玄関を閉じて、ふうとため息をはいた。
 今回はただ興味本位で見に行ったが思った以上にあの子供に愛情があった。
 あの二人の弱点ではあるが、逆鱗でもあることをつかめたのは収穫だろう。
 夜の道を一人寂しく歩くピエルは思わず独り言を呟いてしまう。
 

「んー、あの子は可愛かったなぁ。あれは母親似だ。寝てる時に少し動く姿はまさに龍の鱗のような美しさだ。まあ、逆鱗だがね」

 家を取り囲んでいた気配もポツポツと消えていく。
 その独り言を戯言か忠告か、どう受け取ったかは聞いた者次第だ。

「これから大変だろうな。いや、元々狙われてるし逆鱗が増えたから余計に狙い辛くなるか。占いによると…………ふむ、これは面白い」

 まだ独り言を呟くピエルの姿は神聖に見えて邪悪、策を考えて悪巧みをしている顔になる。

「次の賭けはどちらの方向で彼が教育を受けるかだな。まあ、私の占いは的中しますからね、ふふふ…………」

 次はどう金儲けをしようか考える男は背にした家から聞こえる破壊音を聞きながら消えていった。
 そして気づいた、赤子の名を聞いていなかった。
 その赤子の名が決まるまでにまた喧嘩が起きて半年かかると占い結果が出て、呆れるしかなかった。

 ゲイルとサディ、通称『破壊者クラッシャー』と『毒花蝶バタフライ・ヴェノム』が夫婦になっていたことは瞬く間に知れ渡る。
 信じるか信じないかは話を聞いた当人の判断だ。
 それに子供がいるとなれば、また噂は広がる。

 破壊者クラッシャーはロリコンだ、と。
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