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第2章 学園生活

15話 オリバー様とレオ兄様

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 放課後、今日は私の家の庭で、オリバー様とアメリアとお茶会をしている。
 オリバー様が持ってきた少しの甘いお菓子と、うちのシェフが用意したサンドイッチとスコーンを並べて、ハーブティーを飲んでいる。
「オリバー王子とお茶会だなんて、恐縮ですう」
「アメリア。気にしないで、気さくにしてくれ」
 アメリアは、そんなの無理ですと答えた。
 オリバー様は困ったように笑う。ほんのり頬が赤い。アメリアと話せて、嬉しそうだ。
「アビー。今日の菓子はどうかな」
「とても美味しいです」
 今日のお菓子は、城のシェフが作ったマフィンだ。高級でなかなか買えないチョコレートや、市場によくあるドライフルーツが入っている。
「それなら、良かった。アメリアが、菓子を食べたことがないとは驚いたが」
「この前、お父様に聞いたら、贅沢させたくないからって言われたんですよ。私、お菓子があるなんて知らなかったです」
「そうだったのか」
「だから、オリバー王子には感謝しています」
 アメリアは、オリバー様の方を向き、満面の笑みを浮かべた。
 オリバー様の顔がカーッと赤くなり、顔をそむけた。
「い、いや、気にするな」
「オリバー様。良かったですね」
 私は二人が仲良くしていて、にやついてしまう。
「ん? 何がだ?」
「いえ、何でもないです」
 私はふふふと、笑いが抑えられなかった。
「あ! アビゲイル様! こちらにレオ王子が!」
 アメリアが見た方向を見ると、レオ兄様がこちらへ歩いてきていた。
「レオ兄さん……!」
 オリバー様が驚く。
 レオ兄様は紙袋を抱えて、こちらまで来た。
「アビゲイル、これは何の集まりだ」
「お茶会です」
「なぜ、オリバーもいる」
 レオ兄様はオリバー様を見た。睨んでいるようにも見えるが、これがレオ兄様の普通だ。
「俺はアビゲイルに呼ばれたから、いるのですよ」
「そうか……」
 レオ兄様は、持っている袋を私に差し出した。
「土産だ」
「ありがとうございます! わあ!」
 中には、飴やチョコレートがいくつか入っていた。私の好きなものばかりだ。
 小さな小瓶が入っている。小瓶はピンク色で、赤いリボンがかけられている。
「これは?」
「砂糖だ」
「砂糖! レオ兄様、嬉しいです! ありがとうございます。大事に食べますね」
 すごく嬉しい。私は甘いものに目がないのだが、この世界では砂糖はまだ貴重だし、なかなか食べられない。それが、砂糖そのものになると、なおさらだ。いくらしたのだろうか。
「レオ兄様は今回どちらに行っていたのですか?」
「隣国のブックドレイユに行っていた。豊かな国土で、作物の栽培が盛んで、砂糖もこの国よりは物価が安くてな」
「そうなのですね。こんなにたくさんのお菓子や砂糖……嬉しいです」
 顔の笑みが止められない。
「ま、まあ、たまたまだ」
 レオ兄様は照れているのか、腕を組んで横を向いた。
「レオ王子は義妹思いの方なのですね」
 アメリアがそう言うと、レオ兄様の顔が赤くなった。
「だから、たまたまだと言っている」
 オリバー様の方を見ると、少しむくれていた。アメリアが、レオ兄様を褒めたからだろう。
「あ! レオ王子にもお茶会に参加していただくのは、どうでしょうか?」
 アメリアがにこやかに提案した。
「俺が?」
「あ、アメリアさん。レオ兄様はこういう事しないのよ」
「そうなんですかあ? アビゲイル様の小さい頃のお話しを聞きたいので、一緒にお茶会できたらいいなと思ったんですよ」
「それなら、俺が答える」
 オリバー様が久しぶりに発言した。
「はい! もちろん、オリバー王子のお話しも聞かせてください!」
「アメリアさんと、オリバーは仲がいいんだな」
 二人の会話を聞いていたレオ兄様が、いつもより少し低い声でそう言った。
 これってもしかして、アメリアをめぐる喧嘩イベント? 発生がとても早い気がするし、内容も違うけど。
「同じクラスで、アビゲイルの友人ですから」
「なるほどな。だが、他の女生徒とあまり話さない方がいいんじゃないか。なあ、アビゲイル」
「え?」
 なんで、私に話しかけるの?
「やきもちを焼かないか。オリバーが他の女性と話をしていたら」
「い、いえ、私は別に……」
「な! 何も思わないのか、アビゲイル」
 オリバー様は、なぜか残念そうにそう言った。
「ええ。私はやきもちを焼かないので、アメリアさんと仲良くしてくださいね」
 私はにっこりと微笑んだが、オリバー様は目を丸くしたままだった。
「婚約者のくせに、やきもちを焼かれない王子か……」
「何か文句があるのですか」
 オリバー様がわずかにレオ兄様を睨む。
「いや、少し滑稽だなと思ってな」
「……レオ兄さんは、土産を持ってきたりしないとアビゲイルに会えないですよね? 俺はいつでも会えますが」
「俺は暇ではないからだ」
「忙しいことを理由に……アビーと会えないなんて、可哀想ですね」
「お前は、暇すぎるんじゃないか」
「俺はやる事をやってから、アビーと会っています」
「アビー……か。随分、馴れ馴れしい言い方だな」
「婚約者ですから当たり前です」
 二人は睨み合っている。一触即発だ。
 普段は、仲の良い兄弟なのに、王位継承権の話になると険悪になるし、二人ともアメリアが好きだからなのか、マウントを取り合っている。
「まあ! お二人とも、アビゲイル様が大好きなのですね! 素敵です」
 アメリアが空気を読まずに、そう言った。
 あなたを取り合っている仲なのだけど。
 でも、確かに、アメリアの話が途中から、私の話になっていた気もするが。
「そういうのではない。オリバーの婚約者だからだ」
「当たり前だろう。俺の婚約者なのだから」
 二人とも同時にそう叫んだ。
 二人は、それを聞いて、顔を見合わせた。
 仲が悪い時があったとしても、兄弟だ。息ぴったりだ。
 レオ兄様はごほんと咳払いをした。
「俺はそろそろ城へ戻る。忙しいからな」
「それは、良かったです。俺はここでゆっくりしてから、戻りますので」
 二人はバッチバチに火花を散らしながら、睨み合った。
 レオ兄様から先に視線を外し、後ろを向いた。
「アビゲイル」
「は、はい」
「また、どこかに行ったら、土産を持ってくる」
「はい。ありがとうございます」
 レオ兄様は、そう言って、庭から出て行ってしまった。
「はあ……」
 オリバー様はレオ兄様が見えなくなってから、大きなため息をついた。
「オリバー王子、どうかしたのですか?」
「いや、レオ兄さんが少し苦手でな」
「そうなんですか? 仲良さそうでしたけど」
「……まあ、少し、色々あってな」
 オリバー様は寂しそうに笑った。
 オリバー様がそう笑うのには理由があった。
 レオ兄様の方が先に生まれているのに、王位継承権がオリバー様の方にあるのには、二人のお母様が関係している。二人のお母様が違うのだ。オリバー様は正妻の子で、レオ兄様は不倫相手……メイドの子である。正妻の取り計らいで、レオ兄様の立場は悪くならなかったが、王位継承権はオリバー様のものになり、メイドのお母様は隣国コリエに連れられて行ってしまった。城では、レオ兄様を慕う人も多くいるが、不倫相手の子として避けられているのもある。
 二人が単純に仲の良い兄弟になれないのには、こういう理由があるのだ。
 アメリアは知る由もないのだが。
「アメリアさん」
「何ですか?」
「レオ兄様にいただいたお土産なのだけれど、食べきれないかもしれないから、いくつか分けるね」
「ええ! いいですよう。アビゲイル様がいただいたものなのですから」
 レオ兄様も、直接アメリアにはお土産を渡せないだろうから、間接的に私から渡したら喜ぶだろうと考えた。
「少しだけで良いから」
「そこまで言うなら」
「カンナ。これを、いくつかをアメリアさんにあげたいの。紙袋を用意してくれる?」
「わかりました」
 実は、ずっと近くにいたカンナに頼んで、アメリアに分けることにした。
「アビーは優しいな。甘いものは好きだろう?」
「友人と一緒に分けあった方が美味しいですから」
「そうか」
 オリバー様はさっきまでの寂しそうな顔がなくなり、優しく笑った。
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