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アリシア
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始まりの町オラクルタウンから馬車で半日ほど行った先に、ククル村はある。
山あいに近い田舎の村だが、行商人の往来も少なくなく、生活に不自由はない。
田園地帯が広がり、風は澄み、鳥の声がよく響く――そんな自然に抱かれた、穏やかな村である。
「……今日もいい天気ですね」
雲ひとつない青空を見上げながら、ひとりの少女が呟いた。
髪は青みを帯びたプラチナブロンド、瞳は氷のように澄んだアイスブルー。
すらりとした手足に、同年代の少女よりもやや豊かな体つき。
儚げでありながら、どこか包み込むような柔らかさを感じさせる。
このような美しい娘がこの世にいるのだろうか。
そんな事を思う人も少なくはないほどに、彼女は美しかった。
だからこそ、彼女の美しさが異様さを引き立てる。
このような、田舎の村にいることもそうだが、彼女が身に纏うのは、華やかさとは無縁の素朴な服。
腰には薬草採集のための小道具を下げていた。
彼女の美しい容姿にそぐわぬ、典型的な村娘のそれだった。
少女の名は――アリシア。
この【ブレイヴ・ヒストリア】の世界において、彼女は悪役貴族レクス・サセックスによって権力に奪われ、悲劇の運命を辿ることになる人物だった。
「あーッ! アリシアお姉ちゃん!」
元気な声とともに、黒髪のおさげを揺らした幼い少女が駆け寄ってくる。
「あ、おはようございます。アンネ」
「あのねッ! あのねッ!」
「なんですか?」
ぴょんぴょんと飛び跳ねる、少女を前にアリシアは微笑む。
「また今度、魔術を教えてほしいかな! なんてッ!」
「……え? あ、はい……」
「駄目?」
一瞬引き攣った表情を浮かべたアリシアに、上目遣いで問いかける少女。
「……いえ、もちろんいいですよ」
少し、視線を落とした後に答えるアリシア。
「ほんと!? やったぁ!」
「ふふ……でもまた今度、ですよ」
喜ぶアンネに、アリシアが苦笑していると、少女の父親がやって来た。
「やあ、アリシア。この前はうちの子が迷惑をかけてすまなかったね」
「いえ、そんなこと……」
「あのね、お父さん! アリシアお姉ちゃん、また魔術教えてくれるって!」
「……そうか。……すまない、アリシア」
父親は気まずそうに頭を下げる。
「……あ、いえ」
「どうして謝るの?」
とアンネが首をかしげるが、
「いいから行くよ。それじゃあね、アリシア」
「はい、またね」
「うん、ばいばーい!」
親子が去っていく背を見送りながら、アリシアは小さく息をついた。
「……気を使わせてしまったんでしょうね」
アリシアは、生まれつきの青髪と青い瞳――
平凡な外見の両親とは似ても似つかない容姿。
その姿を持つものは天賦の魔術の才を持つと言われている。
アリシアも例に漏れず、非常に高い魔術適性を持っていた。
幼いころからその才を認められ、その噂は近隣の村々にまで響くほどだ。
高名な魔術の師の下で魔術を学び、輝かしい将来を期待されていた。
だが、ある日——そんなアリシアは原因不明の病に倒れた。
高熱を出し数日間、生死の境を彷徨いアリシアが患ったのは魔力漏洩症という奇病だった。
症状は一切の魔術が使用不可能になるというもの。
アリシアの膨大な魔力そのものは失われていない。
だが、どれほど魔力を練っても、魔術は一切発動できなくなっていた。
魔術を使おうとしても、まるで大穴の空いた水瓶のように魔力が漏れていき、意識が遠くなる。
魔力漏洩症になった以後も彼女や周りの人間達は、なんとかアリシアが魔術を使えるようにならないかと奮闘した。
医者に聞こうが、魔術師の師に相談しようが、有名な冒険者に聞こうが、治療法は見つからなかった。
かつて、アリシアには、夢があった。
まだ、人生における痛みも挫折も知らぬ幼い少女が抱いた、誰の耳にも大言壮語のように聞こえる大きな夢。
だが、彼女の掲げるその夢を、不可能だと笑う者など、この村にはいなかった。
アリシアにはそれだけの才能があった。
彼女の才能を信じる村人たちは、皆その夢を応援していた。
だが、魔術を失った今、その夢はただの儚い幻となって消え去った。
(人に教えられても、もう……私には)
かつてアリシアは魔術が好きだった。
一番得意なのは水だったが、炎、風、雷――全て自在に操れた。
自らの手で生み出す、その現象の美しさに心を躍らせた。
けれど今の、アリシアは、どれ程の魔力を練ろうとも何も生み出せない。
体の中から魔力は漏れ出し虚空へと消えていく。
それでも諦めきれず、彼女は倒れるまで魔術を使おうとした。
意識を失いながら、それでも可能性を探して、手を伸ばした。
けれど、何度挑んでも結果は変わらなかった。
やがて、心が折れた。
きっかけは、ある一言だった。
とても優しくて、とても残酷な一言。
そして、彼女は受け入れてしまった。
自分は、もう魔術が使えない。と。
唯一の特技と誇りを失ったアリシアは、自分に価値などないと思い込むようになった。
笑顔を見せることも減り、口調まで変わり村の中でも孤立していった。
かつて親しかった幼馴染の少年とも距離が開き、両親と先ほどの少女を除けば、親しく話した記憶など、長いことアリシアの中にはなかった。
「……いつまで、私は自由でいられるのでしょう……」
アリシアは、いつの日からか自分に向けられる視線の意味を悟っていた。
<——青髪と青い瞳の子を産めば、その子は優秀な魔術師となる――>
いつの日から始まったそれは、彼女が子供を産める女になった事を告げていた。
貴族や金持ちが次々と縁談を申し込み、両親はそれを断り続けている。
だが、いつまでそれが通じるのか――。
もし、自分の体質を求める、強大な権力者が現れたらどうだろうか?
恐らく断りきれないだろう。
そして、その結婚に愛などは無く、自分には子供を産む機能しか求められていない事もアリシアも理解していた。
(……もし、知らない誰かと結婚させられるくらいなら……)
彼女の中に、淡い恐怖があった。
この国では男女ともに十六で結婚できる。
アリシアは来年で結婚できる年だ。
「……ローラン……」
思わず口にする心優しい幼馴染の少年の名。
彼とは幼い頃、ともに同じ師の下で魔術を学んだ。
いつの日からか、少し態度がよそよそしくなり、顔を赤くしてチラチラと見てくるが、どことなく距離感が生まれてしまった気がする、そんな少年。
時々、ぎこちなくではあるが、何か理由を見つけては話しかけてくるようになった、不自然なその態度。
彼のその態度が自分に対する好意を持つが故の行動だと理解できる程度には、アリシアは聡かった。
彼の気持ちには気づいていた。
だが、アリシアはそれを受け入れられなかった。
彼女は自分の女としての価値が、子供を産む存在としての価値だとしか思えなかった。
彼を嫌いではない、良い人だと思う。
だけど、アリシアが恋に落ちることはなかった。
でも、あのローランとなら――。
「……そんなの、違いますよね」
アリシアは頭を振り、その考えを振り払う。
そして、薬草籠を持ち直す。
「さあ……今日も頑張りましょう」
彼女は静かに森の中へと歩き出した。
魔術を失った自分にできることは、これくらいしかない――
そう、自分に言い聞かせながら。
山あいに近い田舎の村だが、行商人の往来も少なくなく、生活に不自由はない。
田園地帯が広がり、風は澄み、鳥の声がよく響く――そんな自然に抱かれた、穏やかな村である。
「……今日もいい天気ですね」
雲ひとつない青空を見上げながら、ひとりの少女が呟いた。
髪は青みを帯びたプラチナブロンド、瞳は氷のように澄んだアイスブルー。
すらりとした手足に、同年代の少女よりもやや豊かな体つき。
儚げでありながら、どこか包み込むような柔らかさを感じさせる。
このような美しい娘がこの世にいるのだろうか。
そんな事を思う人も少なくはないほどに、彼女は美しかった。
だからこそ、彼女の美しさが異様さを引き立てる。
このような、田舎の村にいることもそうだが、彼女が身に纏うのは、華やかさとは無縁の素朴な服。
腰には薬草採集のための小道具を下げていた。
彼女の美しい容姿にそぐわぬ、典型的な村娘のそれだった。
少女の名は――アリシア。
この【ブレイヴ・ヒストリア】の世界において、彼女は悪役貴族レクス・サセックスによって権力に奪われ、悲劇の運命を辿ることになる人物だった。
「あーッ! アリシアお姉ちゃん!」
元気な声とともに、黒髪のおさげを揺らした幼い少女が駆け寄ってくる。
「あ、おはようございます。アンネ」
「あのねッ! あのねッ!」
「なんですか?」
ぴょんぴょんと飛び跳ねる、少女を前にアリシアは微笑む。
「また今度、魔術を教えてほしいかな! なんてッ!」
「……え? あ、はい……」
「駄目?」
一瞬引き攣った表情を浮かべたアリシアに、上目遣いで問いかける少女。
「……いえ、もちろんいいですよ」
少し、視線を落とした後に答えるアリシア。
「ほんと!? やったぁ!」
「ふふ……でもまた今度、ですよ」
喜ぶアンネに、アリシアが苦笑していると、少女の父親がやって来た。
「やあ、アリシア。この前はうちの子が迷惑をかけてすまなかったね」
「いえ、そんなこと……」
「あのね、お父さん! アリシアお姉ちゃん、また魔術教えてくれるって!」
「……そうか。……すまない、アリシア」
父親は気まずそうに頭を下げる。
「……あ、いえ」
「どうして謝るの?」
とアンネが首をかしげるが、
「いいから行くよ。それじゃあね、アリシア」
「はい、またね」
「うん、ばいばーい!」
親子が去っていく背を見送りながら、アリシアは小さく息をついた。
「……気を使わせてしまったんでしょうね」
アリシアは、生まれつきの青髪と青い瞳――
平凡な外見の両親とは似ても似つかない容姿。
その姿を持つものは天賦の魔術の才を持つと言われている。
アリシアも例に漏れず、非常に高い魔術適性を持っていた。
幼いころからその才を認められ、その噂は近隣の村々にまで響くほどだ。
高名な魔術の師の下で魔術を学び、輝かしい将来を期待されていた。
だが、ある日——そんなアリシアは原因不明の病に倒れた。
高熱を出し数日間、生死の境を彷徨いアリシアが患ったのは魔力漏洩症という奇病だった。
症状は一切の魔術が使用不可能になるというもの。
アリシアの膨大な魔力そのものは失われていない。
だが、どれほど魔力を練っても、魔術は一切発動できなくなっていた。
魔術を使おうとしても、まるで大穴の空いた水瓶のように魔力が漏れていき、意識が遠くなる。
魔力漏洩症になった以後も彼女や周りの人間達は、なんとかアリシアが魔術を使えるようにならないかと奮闘した。
医者に聞こうが、魔術師の師に相談しようが、有名な冒険者に聞こうが、治療法は見つからなかった。
かつて、アリシアには、夢があった。
まだ、人生における痛みも挫折も知らぬ幼い少女が抱いた、誰の耳にも大言壮語のように聞こえる大きな夢。
だが、彼女の掲げるその夢を、不可能だと笑う者など、この村にはいなかった。
アリシアにはそれだけの才能があった。
彼女の才能を信じる村人たちは、皆その夢を応援していた。
だが、魔術を失った今、その夢はただの儚い幻となって消え去った。
(人に教えられても、もう……私には)
かつてアリシアは魔術が好きだった。
一番得意なのは水だったが、炎、風、雷――全て自在に操れた。
自らの手で生み出す、その現象の美しさに心を躍らせた。
けれど今の、アリシアは、どれ程の魔力を練ろうとも何も生み出せない。
体の中から魔力は漏れ出し虚空へと消えていく。
それでも諦めきれず、彼女は倒れるまで魔術を使おうとした。
意識を失いながら、それでも可能性を探して、手を伸ばした。
けれど、何度挑んでも結果は変わらなかった。
やがて、心が折れた。
きっかけは、ある一言だった。
とても優しくて、とても残酷な一言。
そして、彼女は受け入れてしまった。
自分は、もう魔術が使えない。と。
唯一の特技と誇りを失ったアリシアは、自分に価値などないと思い込むようになった。
笑顔を見せることも減り、口調まで変わり村の中でも孤立していった。
かつて親しかった幼馴染の少年とも距離が開き、両親と先ほどの少女を除けば、親しく話した記憶など、長いことアリシアの中にはなかった。
「……いつまで、私は自由でいられるのでしょう……」
アリシアは、いつの日からか自分に向けられる視線の意味を悟っていた。
<——青髪と青い瞳の子を産めば、その子は優秀な魔術師となる――>
いつの日から始まったそれは、彼女が子供を産める女になった事を告げていた。
貴族や金持ちが次々と縁談を申し込み、両親はそれを断り続けている。
だが、いつまでそれが通じるのか――。
もし、自分の体質を求める、強大な権力者が現れたらどうだろうか?
恐らく断りきれないだろう。
そして、その結婚に愛などは無く、自分には子供を産む機能しか求められていない事もアリシアも理解していた。
(……もし、知らない誰かと結婚させられるくらいなら……)
彼女の中に、淡い恐怖があった。
この国では男女ともに十六で結婚できる。
アリシアは来年で結婚できる年だ。
「……ローラン……」
思わず口にする心優しい幼馴染の少年の名。
彼とは幼い頃、ともに同じ師の下で魔術を学んだ。
いつの日からか、少し態度がよそよそしくなり、顔を赤くしてチラチラと見てくるが、どことなく距離感が生まれてしまった気がする、そんな少年。
時々、ぎこちなくではあるが、何か理由を見つけては話しかけてくるようになった、不自然なその態度。
彼のその態度が自分に対する好意を持つが故の行動だと理解できる程度には、アリシアは聡かった。
彼の気持ちには気づいていた。
だが、アリシアはそれを受け入れられなかった。
彼女は自分の女としての価値が、子供を産む存在としての価値だとしか思えなかった。
彼を嫌いではない、良い人だと思う。
だけど、アリシアが恋に落ちることはなかった。
でも、あのローランとなら――。
「……そんなの、違いますよね」
アリシアは頭を振り、その考えを振り払う。
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