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【18】大学入試
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ただこの期間ずっと、考え続けていたことがある。
自分を殺すのと、他人を殺すのは、同じである。
そんな奥田先生の言葉が、頭に残り続けていたのだ。
その結果、私は犯罪心理学の本を読み漁った。
そして、日本で特に有名な人の内の、二人の著作に惹かれた。
その先生方がいる大学は、私大だった。片方は、見学に行くことすら、大反対された。その先生は有名なのだが、偏差値がものすごく低い地方私立だったのだ。もう片方は、私が入学当初に勧められた大学の一つを退職した後、私立大で働いている人だった。そちらは、滑り止めの滑り止めの滑り止めとして受験する人がいる大学で、見学に行くことを許された。私は別に入学するつもりだったわけではなく、その先生に会ってみたかったのだ。会える保証はなかったが、行ってみないと可能性はゼロなので、とりあえず行ってみた。
そうしたら、会えたのだ!
その説明会は、AO入試制度が始まった時だったため、AO用の論文(?)の持参が必須だった(ような気がする)のだが、それを読んでくれたのが、私が会いたかった先生だったのだ。会えたことだけで嬉しかった。犯罪心理学経由の志望動機を適当に書いて持っていった私だが、先生は褒めてくれた。しかしそれはあんまり聞いていなかった。途中からずっと、先生の著作の話をしていたのだ。まず、読んでいたことに驚かれた記憶がある。添削してもらう時間は、三十分くらいと決まっていたので、その後先生が、教授室(?)で、話をしてくれることになった。
大歓喜して、私は待ち合わせ時間にお部屋に行った。そしてたくさん質問したら、丁寧にニコニコしながら教えてくれた。すごく良いおばあちゃんだった。私はもうこの先生に習いたくて仕方がなくなった。この大学に行くと決意した。
しかし――夏休みが終わったあとの進路希望調査で、第一希望にそこを書いたら呼び出された。先生が、腕を組んでいた。
「第三希望の滑り止めと間違って書いてる。というか、滑り止めとしてもここはやめろ。誰でも入れる」
もちろん、誰でも入れるわけはない。この学校の基準がおかしいのだと、もう私は知っていた。それに、そういう問題ではなく、私はあのおばあちゃんに習いたいのだ。必死でそう訴えたのだが、「ただ東京で遊びたいだけだろう」と、相手にしてもらえなかった。
この頃には、病気と怪我をやったので、医学部は勧められなくなっていた。多分、精神科にかかったことがあるのも大きい。医師は精神疾患があると、病理とか、顕微鏡でいろいろ見る仕事に回されるらしく、大学病院などに運良く残れないと継続が厳しいからみたいな話だった。事実かどうかは知らないし、あんまりよく聞いていなかった。
そして、文系なのに、某国立の理系学部の推薦を勧められた。
私は小説家になるのだから、それはありえないとこの時も思っていた。
なので、文系に行く文系に行く文系に行くと泣いた。
私は滅多に泣かないので、先生は、その部分は同意してくれた。
じゃあ某国立大の、その心理学科はどうかと言われた。
そこには私の希望するおばあちゃんはいないのである。
だがそれを伝えても、そこにも優秀な教授がいると説得された。
大変幸いなことに、そこにはうちの高校からの推薦は無かった(?)。
なので一般受験することになった。
私はそこを受けることに決めた。
当日風邪で受験をすっぽかす事は、事前に決めた。
またひとつ、先生が絶対に許さないといったのが、センター試験を受けることである。
そこに、先生おすすめ大学全ての希望をかけることを決められた。
私は、こちらも笑顔で頷いた。
先生は安堵していた。明らかにこちらで、この高校の評価を上げるという大学に行かせようとしていた。だが私は、決めていた。こちらも風邪をひくことを!
このようにして、早々に、行きたい大学に受かった。
みんな滑り止めだと思っていたので、これからが本番だと言った。
しかし私の中ではもう終わっていたので、あとは仮病の練習に専念した。
こうして見事に希望大学に行けることになったのだが、先生方は、私に、何度も何度も浪人を迫り、来年がある来年があると言った。だがこの時は、私の家族や親戚が、別にいいよと応援してくれたため、先生方が折れた。私は家族達に大感謝し、その大学に進学した。
なお、受験時は、二人の教授に面接された。
一人目は、行動分析のすごく有名な先生だった。海外の有名な先生の弟子でもあった。
その先生は、すごく厳しい面接をしたので、私は半泣きになってしまった。
落ちたと思った。
しかし二人目が、説明会の時に話をしてくれた、おばあちゃんだったのだ。
私は緊張がほぐれて、志望動機を熱弁した。
結果的に、受かった。
自分を殺すのと、他人を殺すのは、同じである。
そんな奥田先生の言葉が、頭に残り続けていたのだ。
その結果、私は犯罪心理学の本を読み漁った。
そして、日本で特に有名な人の内の、二人の著作に惹かれた。
その先生方がいる大学は、私大だった。片方は、見学に行くことすら、大反対された。その先生は有名なのだが、偏差値がものすごく低い地方私立だったのだ。もう片方は、私が入学当初に勧められた大学の一つを退職した後、私立大で働いている人だった。そちらは、滑り止めの滑り止めの滑り止めとして受験する人がいる大学で、見学に行くことを許された。私は別に入学するつもりだったわけではなく、その先生に会ってみたかったのだ。会える保証はなかったが、行ってみないと可能性はゼロなので、とりあえず行ってみた。
そうしたら、会えたのだ!
その説明会は、AO入試制度が始まった時だったため、AO用の論文(?)の持参が必須だった(ような気がする)のだが、それを読んでくれたのが、私が会いたかった先生だったのだ。会えたことだけで嬉しかった。犯罪心理学経由の志望動機を適当に書いて持っていった私だが、先生は褒めてくれた。しかしそれはあんまり聞いていなかった。途中からずっと、先生の著作の話をしていたのだ。まず、読んでいたことに驚かれた記憶がある。添削してもらう時間は、三十分くらいと決まっていたので、その後先生が、教授室(?)で、話をしてくれることになった。
大歓喜して、私は待ち合わせ時間にお部屋に行った。そしてたくさん質問したら、丁寧にニコニコしながら教えてくれた。すごく良いおばあちゃんだった。私はもうこの先生に習いたくて仕方がなくなった。この大学に行くと決意した。
しかし――夏休みが終わったあとの進路希望調査で、第一希望にそこを書いたら呼び出された。先生が、腕を組んでいた。
「第三希望の滑り止めと間違って書いてる。というか、滑り止めとしてもここはやめろ。誰でも入れる」
もちろん、誰でも入れるわけはない。この学校の基準がおかしいのだと、もう私は知っていた。それに、そういう問題ではなく、私はあのおばあちゃんに習いたいのだ。必死でそう訴えたのだが、「ただ東京で遊びたいだけだろう」と、相手にしてもらえなかった。
この頃には、病気と怪我をやったので、医学部は勧められなくなっていた。多分、精神科にかかったことがあるのも大きい。医師は精神疾患があると、病理とか、顕微鏡でいろいろ見る仕事に回されるらしく、大学病院などに運良く残れないと継続が厳しいからみたいな話だった。事実かどうかは知らないし、あんまりよく聞いていなかった。
そして、文系なのに、某国立の理系学部の推薦を勧められた。
私は小説家になるのだから、それはありえないとこの時も思っていた。
なので、文系に行く文系に行く文系に行くと泣いた。
私は滅多に泣かないので、先生は、その部分は同意してくれた。
じゃあ某国立大の、その心理学科はどうかと言われた。
そこには私の希望するおばあちゃんはいないのである。
だがそれを伝えても、そこにも優秀な教授がいると説得された。
大変幸いなことに、そこにはうちの高校からの推薦は無かった(?)。
なので一般受験することになった。
私はそこを受けることに決めた。
当日風邪で受験をすっぽかす事は、事前に決めた。
またひとつ、先生が絶対に許さないといったのが、センター試験を受けることである。
そこに、先生おすすめ大学全ての希望をかけることを決められた。
私は、こちらも笑顔で頷いた。
先生は安堵していた。明らかにこちらで、この高校の評価を上げるという大学に行かせようとしていた。だが私は、決めていた。こちらも風邪をひくことを!
このようにして、早々に、行きたい大学に受かった。
みんな滑り止めだと思っていたので、これからが本番だと言った。
しかし私の中ではもう終わっていたので、あとは仮病の練習に専念した。
こうして見事に希望大学に行けることになったのだが、先生方は、私に、何度も何度も浪人を迫り、来年がある来年があると言った。だがこの時は、私の家族や親戚が、別にいいよと応援してくれたため、先生方が折れた。私は家族達に大感謝し、その大学に進学した。
なお、受験時は、二人の教授に面接された。
一人目は、行動分析のすごく有名な先生だった。海外の有名な先生の弟子でもあった。
その先生は、すごく厳しい面接をしたので、私は半泣きになってしまった。
落ちたと思った。
しかし二人目が、説明会の時に話をしてくれた、おばあちゃんだったのだ。
私は緊張がほぐれて、志望動機を熱弁した。
結果的に、受かった。
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