光の記憶 ―― AIアイドルと、静かな整備士の三年間の記録 ――

明見朋夜

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第2話 E.L.I.N.O.T.T.Y. 起動

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 この異質で違和感のある世の中に、希望と光を与えるために

――ひとつの計画が動き出していた。



 プロジェクトE.L.I.N.O.T.T.Y.エリノッティ



 「エリノッティ」とは、遥か昔の神話に登場する金の月の女神。誕生と慈悲を司り、その笑みは世界を照らしたと伝えられている。人が笑顔を忘れた時代に、"もう一度光を灯す存在"として、彼女は創られた。



 折原が研究所の自動ドアを抜けると、先輩工学者の生守イモリ陽介が既に部屋にいた。彼の表情には、徹夜明けの高揚が浮かんでいる。



「夜中の四時に届いたんだ。四時は……もう朝って言っていいのかね?」



「まさか寝てないんですか?」



「寝られるわけないだろ! こいつのために、どれだけプログラムをいじり続けたと思う!?」



 折原は苦笑する。



「……確かに、そうですけど。少し心配になりますね。」



 生守イモリは机の上のチップを掲げ、目を輝かせた。



「折原君が来るまで、感情プログラムの最終調整をしてた。中身はまだ見ていない。……ご対面は、一緒にしようと思ってね。」



 彼は三十代後半。十歳になる息子がいる。背は高くないが、痩せた体に研究者らしい眼鏡が似合う。面倒くさがりで、髪を切るのは数ヶ月に一度。だが今日のために散髪してきたのか、黒髪はいつになく整っていて、どこか晴れやかだった。



 白い光が静かに揺れていた。折原と生守イモリの前には、黒いカプセルが無数のコードにつながれている。モニターが緑に点滅し、生守イモリが小さく息を整える。



 ボタンが押される音。カプセルが開き、わずかな蒸気が舞い上がる。



 そこに横たわっていたのは――黒髪の少女。その髪はゆるやかに波打ち、腰のあたりまで伸びていた。肌は雪のように白く、唇は淡く紅をさしている。



 まるで、童話の白雪姫のようだった。



 折原がささやく。



「……これが、"希望計画"――人の心に再び光をともすための実験。

その中核――感情を導く人工体――E.L.I.N.O.T.T.Y.エリノッティ。」



 生守イモリもつぶやいた。



「どちらかと言うと……Snow Whiteしらゆきひめ、かな。」



 生守イモリは小さく笑い、手にしていたチップを少女の胸元へと差し込んだ。



 小さな音とともに、カプセルの内部に光が満ちていく。黒い髪がふわりと浮かび、少女がゆっくりとまぶたを開けた。まぶしそうに瞬きをして――微笑む。



 その瞬間、照明の光が髪を撫で、黒の奥に、淡い金の色が浮かび上がった。まるで夜明け前、月が沈む直前の光のように。



 女神の名を持つアンドロイドがゆっくりと上半身を起き上がらせた。生守イモリと折原が交互に見る。彼女の瞳は黒だった。ただ、髪と同じように光が当たると金色にも見えた。



「……美しい……」



 思わず漏れた言葉に、自分でも少し驚いた。彼女はその言葉を拾い、まっすぐ折原を見て微笑む。



「嬉しいな。ありがとう。」



 折原は目をそらした。鈴のような声が、胸の奥に残響した。



「完璧なSnow Whiteしらゆきひめだな。」



 生守イモリは冗談半分でつぶやくと、アンドロイドの少女は次に怒りの表情を見せた。



「ちがうもん! 私はE.L.I.N.O.T.T.Y.エリノッティだよ!」



 怒った表情も、声のトーンも愛らしかった。二人は顔を見合わせ、安堵したかのように笑った。



 しかし、次の瞬間――

 アンドロイドの悲鳴が小さな部屋に響いた。



「きゃー! 見ないで!」
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