ドン底に舞い降りたイケメン天使〜ただいま人生這い上がり中〜

manato

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出逢い

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「付き合ってくれませんか」
聖夜に目を見つめて言われたその言葉に至るのには少々時間がかかる。

 自分の過ち。 自分自身の生まれた時からの障害。友人の裏切り。

 鬱に陥り進学校からエスカレーター式に難関大学へ行けると揶揄されていた私は無職になった。

 なんとか高校こそは通信学校を卒業したものの大学受験勉強でつまづいた私は鬱の体と頭で大学受験に挑むこともできなかった。

 あれから数年。

 私は生活訓練所に通っている。
生活訓練所は10時半から15時まで。
農作業体験、自己肯定感アップ講座(怪しくない)
声優体験講座…体験は多岐に渡る。

 高校まで「勉強第一」、余計なアプリを入れると携帯の通信料が高くなる、と思っていてYouTubeもLINEもまともに通ってこなかった私は今オタク道を突き進んでいた。

 きっかけは、何もかも自暴自棄になって始めたアプリゲームのキャラがイケボだったこと。 
 そのキャラの声優さんが、セカンドキャリア…サラリーマンから転職して声優になったという異色の経歴に惹かれたことだ。自分も、挫折から夢のある職業に就けるかもしれない。声優さんは一種の希望だった。

 訓練所でも「オタクなんです」を自己紹介に友達を作ってきた。

 声優さんが沢山出演するアイドルコンテンツのライブを観に行くこともあった。



 働きたい、という思いがあった。一つは、平日、街を歩いているとみんな働いていて、社会は動いていて自分だけ世界に置いていかれるような心地になるから。
 もう一つは、中学時代、ブラック企業に捕まって苦労していた親に少しでもいいからお金を入れたかったから。
 最後の一つ。正直な欲求は、ライブに行ったりグッズを買ったりするお金がほしいから。

 生活訓練所の理事長さんは週1回の福祉施設の清掃を提案してくれた。
 清掃というと、私の両親が嫌悪していたが私自身嫌いではない。高校時代はよく自主的に居残って1人教室を掃除していた。


「よろしくお願いします」

 清掃1日目。元々声優を志していたという職員さんに付き添われ福祉施設に向かう。

 黒いマスクをした優しい瞳がこちらを見た……ような気がした。緊張でまともに相手の目を見る事もできず、福祉施設にいたその人の指示に従って清掃を進める。


「完璧ですね」
福祉施設の職員と思われるその黒マスクさんに褒められた。

 清掃を終えてシューズを片付け自転車を出す。
外まで見送りに来てくれたと思っていた
黒マスクさんも自転車で帰っていった。
……職員さん、清掃が最後の業務だったのかな。



「次の声優講座は何をやりますか?」

元声優の卵の職員さんに尋ねた。

「そうですね、まだ決まってないんです」

「声優さんが好きなんですか」

 他愛もない会話にたいして話した事もない黒マスクさんが割り込んできた。

「はい……」

 急に話しかけられたことに驚き、それ以上の言葉が出てこない。

「大塚あきおさんとか、田中あつこさんとか好きですか?」

 矢継ぎ早の質問に呆気にとられる。
知ってるけれど、人選渋すぎやしないか!?
普通好きですか?って聞くなら
『宮野まもるさんとか、梶ゆうきさんとか好きですか?』みたいに聞かないか?しらんけど。

「好きです」

 愛想笑いを浮かべて答えると
黒マスクさんは満足したようにニコっと笑って帰っていった。


 それから数週間後の生活訓練所。「推しを語ろう」というコミュニケーションをはかる講座に出席した。

 そこには掃除の時の黒マスクさんもいた。斉藤さんというらしい。

 ……福祉施設の職員さんじゃなくて訓練所の先輩だったんだ!
  自分の勘違いに頬が火照る。

  各々が自分の推しについて語る中、自分の番がやってきた。


  そちらにいる斉藤さんが、大塚あきおさんがお好きらしいんですけど、私は大塚違いでたけおさんが推しなんです。

 話の導入として黒マスクさん(斉藤さん)を話に巻き込んでみた。
 その方が独りよがりな話し方にならないで済むかなと思ったからだ。

  斉藤さんは驚いたように目を見開いたあと、いつもの優しい眼差しでこちらを見つめてきた。なんだかいつもより緊張する。

  大塚たけおさんを推しているのは、演技力があるから、というのもあるし単純に声や顔が良いから、というのもあるが
就活で挫折した後努力して声優になったという過去に惹かれたからだ。

  私は過去に挫折を抱えている人を好きになりやすい。ちょろい。

  黒マスクの斉藤さんも、私に巻き込まれた部分、大塚あきおさんが好きなことを軽く説明していた。急に巻き込んで、ごめんなさい。

  その日の帰り、訓練所を出るときに斉藤さんと一緒になった。声優さん、どれくらい好きなのだろう。なぜ大塚あきおさんがすきなのだろう。興味の湧いた私は口から言葉がこぼれていた。

「聞きたいことがあるんです、帰り道、御一緒してもいいですか?」

 斉藤さんは困ったように眉尻を下げた。

「自転車、逆の場所に停めてあるんです。どうしよかな……」

「あ、じゃあいいです、ごめんなさい」

 てっきり最寄りの駅までの5分くらい一緒に歩けるかと思っていたが、今立ち止まっているその場所がお別れの場所だったようだ。

「駅まで一緒に行きましょう」

 優しい瞳は優しく微笑んだ。

  その道中で、彼は大塚あきおさんに握手とサインをしてもらったことがあることや、私の推しの大塚たけおさんの出るアニメの原作者さんのサインを持っていることなどを教えてもらった。

  この前話してから、心なしか斉藤さんの大塚たけおさんに関する知識が増えている気がする。気のせいだろうか。

「私は駅の先までまだ歩くので。では、ここで。ありがとうございました」

 駅に着いて別れを告げると、彼は言った。

「もう少し送らせて下さい。まだ話の途中ですし」

 え。斉藤さんの自転車が停めてある駐輪場、どんどん遠ざかっていくよ!?どこまで来る気?

 結局、私が自転車をとめている駐輪場までさらに10分ほどついてきてくれた。

「ありがとうございました。楽しかったです。お気をつけて」

 彼と別れてから心臓の高鳴りが止まない。
興味のない人を15分も送るだろうか。斉藤さんはここから来た道をさらに15分戻らねばならないのに。
これって好かれてる?脈アリ?

帰ってから友達に相談した。
「異性 送る 脈」で調べた。

 脈アリだという結果は得られなかった。
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