悪役令嬢はゲームのシナリオに貢献できない

みつき怜

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14(スヴァーリ)騎士は想う

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「ハティスちゃん!」
 
 ジェムが待つ騎士団本部へ向かう途中、名を呼ばれたハティスは振り返った。見覚えがある美少年に抱きつかれそうな勢いに身体がこわばる。
 
 
「……シェリノール団長、放してください。ハティスちゃんとの感動の抱擁を邪魔するなんて無粋でしょ?」
 
「またお前か、コルクト。言いたい事はたくさんあるが先ずハティスに近づくな、10歩下がれ」

 レヴェントに制圧されたスヴァーリは不服げに顔を顰めた。
 
「そちらが手を放してください。こんな顔してるから勘違いされるけど僕は女の子にしか関心がないので。あなたと僕が絡んでいたら変な誤解を招きそうで不本意です」
 
 話の途中でレヴェントは手を放した。端正な顔をこれ以上ないくらい嫌そうに顰めて。
 
「ハティスちゃんと話したい事があるんだけど二人きり……にはさせてくれないでしょうね。まあいいです。イスハークとは残念だったね」
 
 残念だったね、と言いながら少しも残念だと思っていない口調だった。不意に話しかけられて肩が跳ねたハティスは隣にいるレヴェントのマントをぎゅっと掴む。
 
「……あなたも私が嫌いなのだと思っていました」

 だから親しげに話しかけられるなんて思わなかった。ということは私と彼は知り合いなのか。
 
「ちょっと待って。ハティスちゃんを嫌うなんてあり得ないよ。執務室では申し訳ない事をしてしまいました」
 
 深々と頭を下げ、
 
「僕はハティスちゃんが好きだよ。こう見えては一途なんだ」
 
 言葉の真意がわからなくて固まるハティスに代わりレヴェントが動いた。

「コルクト……お前、覚悟はできているんだろうな」
 
「嫌になるな。イスハークがいなくなったら次はあなたですか。ああ、違うな。あなたもずっと、でしたっけ?しかもよく懐いてますね」

 スヴァーリは真剣な表情になりまっすぐハティスを見つめた。いつもの作り物めいた感じはどこにもない。

「フスレウ侯爵令嬢、コルクト辺境伯嫡男スヴァーリと申します。あなたの事をもうずっとお慕いしています。あなたに婚約の申し込みをしたい」




 
 コルクトは王都から遠く離れた辺境で、王国の防衛を担ってきた。

 年に一度社交シーズンに王都を訪れるのがスヴァーリは憂鬱だった。
 
 淡い金髪と深い緑色した瞳。美しい母に似た容貌はスヴァーリの意思を無視して女の子たちの関心を集めた。気に入らなくて同性から嫌がらせされる。全くくだらない。
 
 最初はいちいち反応していたスヴァーリも、成長していくにつれ相手にしなくなった。面倒事がなによりも嫌いで、作り笑いを浮かべて適当にやり過ごす。王都でやっていくには最善だった。
 
 13歳になったスヴァーリは王都の学院に進学した。

 同じ学年にイスハーク王太子殿下、エレイム侯爵令息、リファート伯爵令息など元々の知り合いに、エシャー伯爵令嬢という少し変わった奴もいた。
      
 中身がない言葉を吐き、嫌味を言ってくる奴は適当に流す。学院でも社交の場でもおざなりにやり過ごしていた。
  
 あの日もそうだった。

 王宮で数人の子息らに囲まれたスヴァーリは彼らが飽きるのを待っていた。
 
「調子に乗るなよ!」 
 
 手に持っていた本を踏みつけられ、肩を押され……なんか本当にくだらない。お前ら他にする事ないのか、と冷めた目で見ていた。
 
「なにをしているの……?」
 
 やわらかな声に視線を向けた。チョコレート色の髪をした女の子がいた。

「ねぇ、みんなでなにをしているの?」
  
 誰も返事をしない。できないの間違いだ。嫌がらせの現場を小さな女の子に見られて、その上なにしているのかなんて聞かれて、皆さすがに恥じている。
 
 彼女は不思議そうに首を傾げていた。落ちていた本を拾うと、スヴァーリの手を引いてそのまま歩き出した。
 
「待ってハティス嬢、そんな奴放っておけばいい」
 
「意地悪をする方たちとはお付き合いしません。父にそう教えられていますから」
 
 彼女の言葉にそいつの顔は蒼白になった。構わず彼女は歩き出す。つないだ手は震えていた。それはそうだろう。たった一人で彼女より身体が大きい相手に声を上げたのだから。
  
「放っておけばよかったのに」
    
「……ごめんなさい、余計な事をしました」
 
 小さな女の子に助けられて、適当過ぎる自分が恥ずかしくて憎まれ口を叩いた。
 
 振り向いた彼女がつないでいた手を解いた。小さな手が放れた瞬間心細くてスヴァーリは戸惑った。

 無言で彼女は本を差し出す。まっすぐ向けられたヘーゼル色の瞳に全てを見透かされてしまいそうだった。

「……助けてくれてありがとう」
 
 彼女がにっこり微笑んだ。かわいいと思った。それだけではなくて彼女は強い。間違っているとはっきり言える強さを持っている。
 
 彼女の実家がフスレウ侯爵家である事を知った。
 
「お兄様と一緒に来たの。でも、お父様の執務室にいるのは退屈だったから少しお散歩していたの」
 
「さっきは本当にありがとう。これ、学院の友人に借りた本なんだ」
 
「王立学院にお兄様も通っているの。スヴァーリ様は知ってるかしら?」
 
「知ってるよ。ハティスのお兄様はとても目立っているから」

 四つ上の学年に在籍しているハティスの兄。やたら華やかな奴で、公爵家の嫡男と共に注目を集めている。学院に通う者なら誰でも知っているだろう。
 
 そうか、あいつがハティスの兄なのか……

 顔立ちが似ているかもしれない。いや、ハティスはあんな感じが悪くないし、もっとかわいい。
 
「お兄様が目立つ?それならあなたもとても目立つと思うわ」
 
「ああ、顔が女みたいだからね。僕は騎士の家系だからあまりうれしくないんだ」
 
「髪がね、きらきらしていて遠くから見ても目立ってた。だから近くで見てみたいと思って」
 
「…………え?目立つって髪?顔じゃなくて?」
 
「そうよ。近くで見たらやっぱりきらきらだった。あ、もちろんあなたのお顔もとても綺麗だと思うわよ」
 
「ふっ……ありがとう、ハティス」
 
 無理に顔を誉めだしたハティスがかわいくて吹き出してしまった。彼女はそんなものどうでもいいんだ。
 
 綺麗なのはハティスの方だ。大きな瞳も、ふわふわの髪も、凛としたところも、全て。

 父に頼んで婚約の打診をしてもらったけれど結果は見事完敗だった。諦められなくて何度か打診したけれどよい返事はもらえなかった。

 そして数年後ハティスはイスハークと婚約した。
 



 イスハークの様子がどこかおかしいと気づいていた。ハティスもだ。
 
 ハティスへの態度を改めるよう何度も諌めた。正直ふざけるなと思った。彼女を遠ざけようとするくせに絶対に手放そうともしない。なにがしたいのかわからなかった。
 
 あの日執務室でふと思った。このまま行けば二人の婚約はなくなるのでは……

 騎士のくせに邪な考えをすぐ恥じた。一瞬でもハティスの不幸をよろこぶなんて許されない。




「記憶がない?なにそれ、冗談……?」
 
「事実だ、スヴァーリ。こんな事冗談でも言えない」
 
「そんな……」

「他言はするな。お前はいつもハティスを庇ってくれていたから話した」

「当然だ」

 ハティスはいつもまっすぐだ。間違った事には毅然と立ち向かう。イスハークに対しても、アレイナに対しても。

 無理をしすぎてハティスの心は壊れてしまったのではないか。




 あの日からずっと悔いていた。だから彼女が元気でいてくれて、スヴァーリは安堵した。
 
「あの、なぜ私に婚約の申し込みを?」
 
「好きだからだよ。僕はもうずっとあなたが好きなんだ。一途だって言ったろ?イスハークと婚約解消して酷いことを言われるかもしれない。コルクトはなにもない場所だけど、きっと穏やかに過ごせる」
 
「……それでは王都に居づらいから行くみたいです。あなたにも、あなたのご実家にも失礼だわ」
 
「ハティスちゃん、あなたは最高だね。大好きだよ。婚約の話は置いといて、友人として仲良くしてくれる?」

 記憶を失くして大変なのはハティスだ。それでも彼女は他人を気遣う。
 
「友人ですか。すてきな申し出ですが、覚えていない事が多くて……」
 
「イスハークから聞いてる。ハティスちゃんが覚えてなくても僕が覚えてるから大丈夫だよ」

 ハティスは隣にいるレヴェント・シェリノールを見上げた。ずっと険しい顔をしていた彼が表情を和らげ頷いた。

「……では、よろしくお願いします」
 
「うん、よろしく!」

 うれしくて、ハティスの手を握った。驚いた彼女が表情を綻ばせた。スヴァーリが大好きな笑顔だった。

 ずっと彼女に伝えたかった。だからもう十分だ。これからは友人として彼女を支えたい。


「――おい、手を放せ。いつまで握っているつもりだ」

「ちょっと、感動の場面にそういう事言います?」



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