吸血美女とピンクパーカー

三塚 章

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異常事態

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 結局、数日たっても修は大学に来なかった。相変わらずメールや電話にも返事がない。
「しかし、ホントにどうしたんだろうな」
 修のアパートに向いながら、ケイは呟いた。さすがにこれは心配だと、孝仁とケイは様子を見にいくことになった。本当は結衣香も来たがっていたのだが、先約があるとかで、男二人のしょっぱい探索となった。
「まさか死んでるってことはないと思うけど」
 孝仁がバッグを担ぎなおしながら言う。
 そのバッグには、修がカゼで動けなくなっているのを想定して、スポーツドリンクやヨーグルト、額にはる解熱シートなどが入っていた。ちなみに、支払いは二人の割り勘だ。
 二人は夕暮れの中を歩き続けた。車の通りは結構はげしく、塾へ行くらしい子供が自転車に乗って通り過ぎて行く。ウォーキング中のおじさんがゆっくりと横断歩道を渡って行く。
 行き会う人の誰もが、自分達二人が「友人の行方不明」というちょっとした事件に巻き込まれていることなど、誰も知らない。
 なんとなく、ケイはそんな無意味なことを考えた。
 でもそれをいうなら、さっき通り過ぎたおばさんも何か厄介ごとを抱えているのかも知れない。でも、それをこっちが知ることはたぶん永遠にないわけで。
 一見平穏な日常の隅で、とんでもないことは案外頻繁(ひんぱん)に起きているのかも知れない。
 そんなことをだらだら考えているうちに、修の住むアパートに辿り着く。ケイの住んでいる所より少しキレイで大き目な所だ。
 ドラマとか映画とかなら、ドアに取り付けられた郵便受けに新聞が詰まっていて『帰ってきていない?』みたいになる所だが、たしか修は新聞をとっていない。
 とりあえず、チャイムを押してみる。
 返事はない。
「留守、かな」
 孝仁が「おーい」とドアをノックする。やっぱり、返事はない。
 ケイと孝仁は、顔を見合わせた。
 嫌な予感がして、速くなってきた鼓動を押さえるため、ケイは一度大きく息を吸い込んだ。
「とりあえず、中の様子を見てみるか。ほんとに倒れてたら洒落にならん」
 孝仁が郵便受けの差し込み口に手を突っ込んだ。
 郵便を保管するボックスの、指先の届くところぎりぎりに予備の鍵が貼り付けてあるのは、ケイも知っている。一人暮らしの修は、まさしくこういう時のために鍵のありかをケイ達に教えたのだから。まさか本当に使うことになるとは思わなかったけれど。
 冷たい、きしんだ音がしてドアが開く。
 薄暗い玄関に、外の明かりが四角く差し込む。見覚えのあるスニーカーがいくつか。
 どこかでつけっぱなしのテレビから、ニュースの音声がたれ流れている。
『犯人は今だ逃走中です。近隣住民は恐怖のまっただなかに……』
 玄関を上がり、風呂場やトイレのドアが両端にある短い廊下を通る。
 どこから漂ってくるのか、部屋全体に焼け焦げたような臭いがかすかにした。
その奥、狭い洋間には洋服やバッグが散らかっていて、真ん中に低いテーブルがあった。その上にはダイレクトメールやプリント、雑誌などが乱雑に置かれていて、そこに半分ほど残ったカップラーメンが埋もれていた。ペットボトル全盛のこの世の中には珍しく、コーラのビンも転がっている。
 テーブルから少し離れた所に低い台に乗せられたテレビがあり、ニュースの音はそこから流れていたようだ。
 なんだか、食事を中断し、テレビを消す暇もないまま飛び出していったようだ。
 ただラーメンを余らせてゴミ捨てをさぼり、テレビをつけっぱなしで出て行った、という可能性もないことはない。
 けれど、しばらく音信不通となると、悪い方へ考えてしまう。
「これ……」
 とりあえず、目でカップラーメンを差して孝仁に教える。
「やっぱり、何かあったんだよ!」
 同じように受け取ったのだろう、律儀にテレビの電源を消しながら、孝仁が言った。
「とりあえず、あいつがどこに行ったのか分かる物があればいいんだけど」
 机の上をあさりながら、ケイは言った。
 手掛かりをあさる、なんて、なんとなく黒川の真似事をしているようでなんだか気にいらないけど、しょうがない。
「それにしても、結衣香がいなくてよかったな。男の部屋にも、女のクローゼットと同じくらい聖域があるからな」
 ケイがそんなくだらないことを言ったのは、自分の緊張と不安をごまかすための軽口だ。
 プリントや雑誌、汚れたハンカチ。
 そしてレストランの広告。修が新聞をとっていないから、店で配っているのをもらったのだろう。
 高級というわけではないが、普通のファミリーレストランよりはいい感じの所だ。
 おいしそうな料理の他に、並ぶ従業員の真ん中で、シェフらしき男が微笑んでいる写真が乗っている。
 店の名前は『ペッシュ』。結衣香の友達であるレナ達が行ったレトランだ。
 確か、この店に行ったあとで、レナの恋人がおかしくなって、とうとう浮気したとかいっていた。
(流行ってるのかなあ、この店)
 こんな短い間に、噂と広告に触れるなんて。ただの偶然か、それとも何か意味があるのか?
「これは……?」
 孝仁がこたつの紙束の中からカードのようなものをひっぱりだした。
「写真だあ」
 廃工場の前で、幼いケイと修の三人が並んで映っている。
「うわ、なっつかしい!」
 ケイが思わず声を上げる。
(そうだ、思い出した……)
 そのころ、二人は近所の廃工場で遊ぶのに夢中だった。
 入口は鎖と南京錠と扉の鍵で閉ざされていて、周りで遊ぶだけだったけれど。
 この写真は、修の父親が撮った物を、皆に焼き増ししてくれた物だ。
 そのころ修の父親はカメラいじりに凝っていたようだから、自分の息子とその友達はちょうどいい被写体だったのだろう。
(そうだ……)
 ケイの家のアルバムには、ほとんど妹の写真しかなかった。まるで自分と妹の愛情の差を表すように。
 この写真をもらって、自分が映っているものが増えたのが少し嬉しかったのを覚えている。
「でも、なんでこの一枚だけ?」
 修が撮った最近の写真はスマホに入っているだろうし、普通、こういう紙の写真って、写真立てに飾るかアルバムに保存されてるものじゃないだろうか。
「こんなのがあるってことは、なんか懐かしくなって地元に帰ったのか? でも、だとしたら連絡くらいくれそうな物だけどなあ」
 言いながら、ケイも紙束をあさってみる。
 ろくに目も通していなさそうな印刷物が多い中で、何度か折ったり開いたりした跡のあるレポート用紙が目についた。引っ張り出してみると、手書きで何か書いてある。
 それは、何かの回路図のようだった。
 知識のないケイにも、それが何の図なのかは分かった。横に『爆弾回路図』という目もが書かれていたから。そして、その下には意味ありげな日付と時間。
 それをとっさにポケットの中に隠したのは何故だったのだろう。
 どきどきと鼓動が早く、強くなる。なんだか口が乾いてきた。
 昔、インターネットで爆発物や改造モデルガンなんかを作るのが問題になったことがあったと誰かから聞いた事があったけれど。
(まさか……修がなんで?)
「何かあったか?」
 聞いてくる孝仁に、「いや、なんにも」と答えた。
 大体、回路図があるからといって、実際に爆弾を作っているとは限らない。ただふざけて描いてみただけかも知れないし、ネットにあったのを印刷しただけかも知れない。
 ふと、押し入れのふすまに目がついた。なんだか嫌な予感がして、細くそれを開けて中をのぞく。
 そこには布団も洋服もなかった。
 小学校の時理科準備室で見たような薬品の瓶と、ハンダや何が入っているのか分からないプラスチックケースが並んでいる。
 近くにイスがある所をみると、物で埋もれて使えなくなったちゃぶ台のかわりにここを作業台にしていたのだろう。 
 明らかに、何かを作っていた跡。
 そっとふすまを閉める。
(あいつ、本当に……)
 ふらふらとよろめくように、数歩後ろにさがった。
 孝仁に背を向け、バレないように詳しく設計図を見る。 
(図面に書かれた日付は、今日?)
 思わず「はあ?」と声が出そうになる。
(時間まであと一時間だけじゃないか!)
(なんでだ、修?)
 確かにレポートがめんどくさいとかバイトの仲間がむかつくとか、そんなことをグチッってはいた。でも、爆弾を作ってテロまがいのことをするほどこの生活に不満がある様子はなかったはずで。
(それなのに、なんで? 怪しい宗教にでもはまったのか?)
 でも、そばにいてそんな感じはなかった。
「おーい、なんかめぼしい物があったか?」
(いや、そんな感傷に浸っている場合じゃない)
 一刻も早く黒川に連絡しないと。
「悪い、孝仁、僕ちょっと電話……」
 言葉の最後を言う時間も惜しみ、レイは外へ飛び出した。
めだたないビルとビルの間に入り込む。
 震えた手でスマホを取り出した。
「もしもし、黒川?」
『どうした? ケイ?』
「あのな、図面を見つけたんだ。爆弾だ。時間も日付も書いてあって、ああ、なんて言ったらいいのかな」
『おい、落ち着けって』
「友達の孝仁がいなくなって……今家に行ったら……」
 切れる息の間から、今までのことを話し始めた。
 もっとも、話しが長くなるし、うまく話せる気がしなかったので白谷のことははぶいたけれど。
『爆弾の図面? それで、仕掛けられていそうな場所は?』
「ええ?」
 そんなことを言われても、心当たりなんてあるわけない。
(何か、何か手掛かりがなかったか……)
 散らかったテーブル、畳の上に転がったビン、薄く開いたふすま。そんなものがグルグルと頭の中をまわる。
 その渦が、ある画像でぴたりと静止した。
 友人と自分が映った写真。
「そう、写真! 写真があったんだ! ボクの地元の廃工場の……」

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