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*影の檻
影の檻 1
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ハルズクロイツの街には、墓場が二つある。一つは堅実に人生を終えた者が葬られる名誉の墓。そこは天使の像や花で飾られ、墓碑には死者が生前どれほど良き人物であったかが彫り込まれている。もう一つは恥辱の墓。そこには罪を犯した者や破門された者、禁じられた魔術に手を染めた物が葬られている。そこには墓標を飾るレリーフもなく、花の一輪も供えられていない。ただ単純な十字架に故人の名前と罪状が刻まれているだけだ。
その恥辱の墓に、ロレンスはたたずんでいた。地位に似合わぬ下位修道士用のローブ着、フードを目深にかぶっている物の、ハディスにはのぞく銀髪と口元で彼と分かった。
もう月は中天を過ぎ、普通なら教会の敷地を歩いている者などいない時刻だが、ロレンスは一人で深夜の墓場に居ることに、別に恐怖を感じていないようだった。
「よう、ロレンス。ここにいると思ったぜ」
呼びかけると、ロレンスは微笑んだ。どこか悲しげに見える笑顔だった。
「姉の命日ですからね」
ロレンスは傍らの墓標に目をやった。そこには『リティリア』と名が彫られていた。
「お前の姉さんねえ……あんまり覚えてねえなあ」
「あなたは小さかったですから」
そう言ってから、「やさしい人でしたよ」とロレンスは付け加えた。
「そういえば、お前最近殺されかけたって?」
わざとからかう口調で言えば、「耳が速いですね」と苦笑される。
耳が速いも何も、街は枢機卿が公務のために移動中、ナイフを持った者に襲われたという噂で持ちきりなのだ。襲った者が女だとか老人だとか定まらないのは、犯行が人気(ひとけ)のない所で目撃者が少なかったからだろう。
「犯人は、まだ幼い少年でしたよ。あなたより少し下ぐらいの」
勝手な噂は、ロレンスの耳にも届いていたらしい。彼は正解を教えてくれた。
身寄りもなく、道で寝起きするような子供を食べ物と偽りの情でなつかせ、使い捨ての駒にするのは権力者や裏の組織がよく使う手だ。
「もちろん、相手も子供の手で私を殺せるとは思っていなかったでしょう。あまり調子にのるな、という警告にすぎません」
「で、犯人は捕まったのか?」
「ええ。公開か非公開かはまだ決まってはいませんが、おそらく……」
極刑でしょう、と言いづらかったのか、ロレンスはそこで口を閉じた。
どうやらロレンスは自分に殺意が向けられた事よりも、自分に忠告を与える、というくだらない目的のために、少年がいいように利用され処刑される事に傷ついているようだった。
減刑はありえない。いくら襲われた本人が望んでも、神の代理たる教会の、しかも法王につぐ地位の者を襲っておきながら生かしておいたのでは畏れも神聖性が失われる。
ロレンスは少し優しすぎる。どうせ、ロレンスは少年が殺されるのを自分のせいだとでも思っているのだろう。
弱い立場の者に手を差し伸べるのが教会の仕事なら、誰かに付け込まれるほどこの少年が追い詰められたのは自分の責任だと。誰も彼も、一度に皆を救う事などできはしないのに。
敵とみなした者には容赦ないくせに、相手に罪がないと思えば自分を殺そうとした人間のためにひどく傷つく。はっきりいって、能力はともかく心情面で、キレイ事ばかりですむはずもない地位にロレンスがむいているとは思えなかった。
「なあ、お前、枢機卿やめれば?」
「まさか! せっかくここまで来たのに!」
そう言ってロレンスは乾いた笑い声をたてた。
「それに、姉との約束もありますしね」
同意を求めるようにロレンスは墓標を見つめたが、返事が返ってくるはずもなかった。
その恥辱の墓に、ロレンスはたたずんでいた。地位に似合わぬ下位修道士用のローブ着、フードを目深にかぶっている物の、ハディスにはのぞく銀髪と口元で彼と分かった。
もう月は中天を過ぎ、普通なら教会の敷地を歩いている者などいない時刻だが、ロレンスは一人で深夜の墓場に居ることに、別に恐怖を感じていないようだった。
「よう、ロレンス。ここにいると思ったぜ」
呼びかけると、ロレンスは微笑んだ。どこか悲しげに見える笑顔だった。
「姉の命日ですからね」
ロレンスは傍らの墓標に目をやった。そこには『リティリア』と名が彫られていた。
「お前の姉さんねえ……あんまり覚えてねえなあ」
「あなたは小さかったですから」
そう言ってから、「やさしい人でしたよ」とロレンスは付け加えた。
「そういえば、お前最近殺されかけたって?」
わざとからかう口調で言えば、「耳が速いですね」と苦笑される。
耳が速いも何も、街は枢機卿が公務のために移動中、ナイフを持った者に襲われたという噂で持ちきりなのだ。襲った者が女だとか老人だとか定まらないのは、犯行が人気(ひとけ)のない所で目撃者が少なかったからだろう。
「犯人は、まだ幼い少年でしたよ。あなたより少し下ぐらいの」
勝手な噂は、ロレンスの耳にも届いていたらしい。彼は正解を教えてくれた。
身寄りもなく、道で寝起きするような子供を食べ物と偽りの情でなつかせ、使い捨ての駒にするのは権力者や裏の組織がよく使う手だ。
「もちろん、相手も子供の手で私を殺せるとは思っていなかったでしょう。あまり調子にのるな、という警告にすぎません」
「で、犯人は捕まったのか?」
「ええ。公開か非公開かはまだ決まってはいませんが、おそらく……」
極刑でしょう、と言いづらかったのか、ロレンスはそこで口を閉じた。
どうやらロレンスは自分に殺意が向けられた事よりも、自分に忠告を与える、というくだらない目的のために、少年がいいように利用され処刑される事に傷ついているようだった。
減刑はありえない。いくら襲われた本人が望んでも、神の代理たる教会の、しかも法王につぐ地位の者を襲っておきながら生かしておいたのでは畏れも神聖性が失われる。
ロレンスは少し優しすぎる。どうせ、ロレンスは少年が殺されるのを自分のせいだとでも思っているのだろう。
弱い立場の者に手を差し伸べるのが教会の仕事なら、誰かに付け込まれるほどこの少年が追い詰められたのは自分の責任だと。誰も彼も、一度に皆を救う事などできはしないのに。
敵とみなした者には容赦ないくせに、相手に罪がないと思えば自分を殺そうとした人間のためにひどく傷つく。はっきりいって、能力はともかく心情面で、キレイ事ばかりですむはずもない地位にロレンスがむいているとは思えなかった。
「なあ、お前、枢機卿やめれば?」
「まさか! せっかくここまで来たのに!」
そう言ってロレンスは乾いた笑い声をたてた。
「それに、姉との約束もありますしね」
同意を求めるようにロレンスは墓標を見つめたが、返事が返ってくるはずもなかった。
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