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第4話 荒野とアレヴェル
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場所が変われば生えている植物も違う。エリオンが言っていたことをイルラナは思い出していた。植物が変わるというよりも、ルウンケストはあまり植物自体生えない所らしい。 地割れで覆われた赤い荒野が続き、野菜や果物はとれそうにない。遠くに、島のようにぽっかりと緑があるのは、そこだけ湖があるのだろう。この辺りの人は何を食べているのだろうとイルラナは不思議に思った。
空気が乾燥していて、土や木から立ち上る湿気になれているイルラナは喉が痛くなるようだった。
この荒野は他の国とルウンケストの間にあって、ここを横断できればバクトの都に出ることができるはずだとお頭は言っていた。
ポケットをから描き写させてもらった地図を取り出す。まずはあの天辺が平らな、テーブルみたいな岩山を越えればいいらしい。荒野とはいえ、意外と地元の者が通るらしく、岩山には階段風の凹みがつけられ、手摺り代わりのロープが張られていた。
じりじりと陽射しに背中をあぶられながら、かなりの距離を歩いた時だった。
ふいに誰かに見られている気がして、イルラナは足を止めた。
「誰かいるの?」
その問い掛けが合図になったように、岩陰から大振りの剣を持った男達が現われた。日を反射して眩しい荒地に、シミのように影が伸びる。
(盗賊!)
男の一人と目が合う。その目は濁っていて、間違っても話し合いでなんとかできそうな相手ではなかった。
背負った重い荷物を投げ捨て、イルラナは逃げ出した。荷物は少し惜しい気はするが、貴重品は別に持っているし、命には代えられない。
盗賊の一人が荷物に飛び付いたのが見えた。
山を駆け登る勢いで何度も転びそうになった。
後ろで舌打ちが聞こえる。
「追え」の命令も合図もなく、男達はイルラナを捉えようと走り出す。盗賊達にとって、人を襲うことは、指示がなくてもできる流れ作業のようなものなのだろう。
(身ぐるみはがされて殺されてたまるか! 私の足なら逃げ切れるはず!)
確かに盗賊との間は広がっていった。
頂上の景色を楽しむ余裕もなく、駆け下りる。
取り囲む男達を避けたせいで、大きく道を外れていく。踏み付けた石で足が痛む。ゴロゴロとした岩や石が邪魔で、真っすぐに走ることができない。
「よし、逃げきれ……」
イルラナの勝利宣言は急に途絶えた。
大昔に場違いな長雨でも降ったのか、山肌が崩れていた。断崖絶壁というほどではないが、駆け下りるには急すぎる。
イルラナはその縁(へり)で足を止めた。その勢いでぱらぱらと小石が坂を転がり落ちていく。
「どうしよう!」
男達の気配が迫ってくる。
その時、眩しい光が顔を掠めて、イルラナは目をしばたかせた。
見下ろす山肌で、何かが銀色に光っている。目を凝(こ)らすと、輝く何かを持った男の手が、大岩の隙間からぬっと突き出て、こちらに合図を送っていた。
どうやら大きな穴を塞ぐように岩があり、穴の中に潜んでいる何者かが、ふたの隅からこちらをうかがっているらしい。
こっちが相手の存在に気付いたのが分かると、その手はすばやく手招きをした。
怪しい。
イルラナがためらっていると、焦れたように青年が頭を出した。
このルートをたどれば降りられると言っているのだろう、手振りで崖を下りるルートを手早く指示してくる。
やっぱり怪しい。けれど、考えているヒマはない。
大きく息を吸って、足がかりもない坂にイルラナは踏み出した。
「うわ!」
覚悟はしていたものの坂はやはり急で、あっという間に尻餅をつき、そのままの格好で滑り下りる。
大岩の横を通り過ぎてしまいそうになったとき襟首をつかんだのは、イルラナと同じ年ごろの青年だった。
生成(きな)りのシャツに裾に布を巻いたズボン。腰には革のベルト。一見黒に見えるほど濃い紺の髪。
「こっちへ!」
岩の下の地面に、大きめの三日月型の穴が空いていた。
青年は猫のように機敏に中へ滑り込んでいく。イルラナも足を穴に入れる。
(これでつっかかったら恥ずかしい!)
余裕を持って通るには細い穴だったが、追われる者の必死さも手伝って、イルラナも入り込むことができた。
中は薄暗く、強い外の陽射しに慣れた目では穴の大きさがどれくらいなのか、よくわからない。ただ、穴は横長で、寝そべらないと全身を隠すことはできない。自然と先に入った青年の体の上に横たわる形になる。細い体に、しなやかな筋肉がついているのがわかる。服越しに伝わるぬくもりが、妙に心強かった。
青年は地上を気にしている。ほっそりとした顎と首筋が間近に見えた。
イルラナを落ち着かせるように、青年の手が背に回された。
坂の上辺りで、砂を踏む音や金属のぶつかる音がする。盗賊がすぐそばまでやってきた証拠だ。
「探せ!」
「どこにいった?」
声が降ってきて、思わず身を硬くした。
思わず顔を青年の肩に埋める。強く鳴る鼓動が、自分の物か青年の物か分からなかった。
頭のすぐ上で、押し殺した呼吸の音が聞こえ、かすかにイルラナの髪がゆれた。
どれぐらい時間が経ったのか、気配が完全に消え、イルラナは大きく溜息をついた。
「危なかったな。もう大丈夫だろ、そろそろ退いてくれ」
そう言われて、自分がとんでもない状態でいたのに気づいた。慌てて体を放し、青年の真横に寝転がる。
「盗賊どものことは、できれば許してやってくれ。ほかに食っていく方法がなくて身を落とした奴らさ」
「貴重品は取られなかったからいいけど。ところでこの穴は何?」
恐怖で今まで気付かなかったが、穴の中は獣臭かった。もう目も慣れていて、隅に腐った果物の皮が転がっているのが見えた。
「レオードっていう肉食獣の巣穴だよ。猫の仲間。この辺りのは人を喰う。その巣穴」
にやりと笑われて、イルラナはまわりを見回した。どこかに、怪しく光る猫の目があるのでは。
「ハハハ、大丈夫だよ。とっくに穴の主はどこかへ引っ越し済みだ」
「ああ、よかったぁ~ でも、あなたはどうしてこんな所に? 肉食獣が果物を食べるはずない。隅に果物の皮があるのは、あなたか食べたのね? まさかここに住んでるの?」
そう聞くと、青年は少し驚いた顔をした。
「お前、結構観察眼あるのな。俺はちょっと、わけありでさ」
そういって笑う青年の顔色が、少し悪いように見えた。
そこでようやく青年の横腹に茶色いシミがあるのに気づいた。
「ねえ、それ血?」
「ああ、大したことない。傷はもう塞がってる」
確かに、流れ出したばかりの血はもっと鮮やかな赤だ。
「でも、こんな所にいないで、ちゃんとどこかで手当てしてもらった方が……」
「ところが、そうはいかなくてね」
青年はニヤリと笑いながら、今まで手に持っていた銀色のペンダントを首にかけた。さっきはこれで光の合図を送ってくれたのだろう。ペンダントトップは半月形をしているから、対の物があって、恋人とでもペアで持っているのかも知れない。
「『そうはいかない』って。こんな所に隠れてるって、何かやらかしたの、あなた」
「ちょっとばかし、王の暗殺をね」
助けてくれたときとは違う、少しばかり不気味な笑顔を青年は浮かべてみせた。
「ええ」
自分がいうのも少しおかしいけれど、同い年くらいの年令で、そんな大それたことができるとは思えなかった。それに、王が暗殺されたとなればもっと噂になっているはず。
つまり、詳しいことを言いたくないから、適当なことを言ってごまかしたいらしい。
そうイルラナは判断したけれど、青年の顔は真剣だった。
「なんだよ、その顔は。信じてないだろ?」
「え? 何、まさか本気で言ってるの?」
「本気も何も、事実さ。といっても死ぬのをちゃんと見届けたわけじゃあないけどな。毒を塗った剣で王の胸を刺したんだ。今ごろ、毒と出血で間違いなく死んでいるはずだ。それでこに身を隠しているわけ」
「王様って、あの悪魔に取り憑かれてるっていう?」
「そうだったらいっそよかったんだがな。仮面を剥(は)いだ下は、ただのしおれた老人だったよ」
何を思い出したのか、青年は不快そうに顔をしかめた。
(ただの人間ではなく、悪魔に取り憑かれてた方がよかった? 一体この人に何があったんだろう?)
でも、そのことはこの青年の心に深くかかわっているように思えて、軽々しく聞いていいこととは思えなかった。代わりに軽口を叩くことにする。
「あのさあ、そんなことぺらぺら初対面の私に話していいの? 私がご褒美(ほうび)欲しさにあなたの居場所をお城に教えるとは思わない?」
「少なくとも、あんたは命の恩人を売るような奴には見えないからね。それに、密告した所で兵がここに来るころにはもう俺はいなくなってるよ。そろそろ隠れ場所を変えるつもりだったし。それに……」
傷がふさがったとはいえ、やっぱり辛いのか、青年は短く咳き込んだ。
「……こういうのって、なんか、誰かに自慢したくなるじゃん?」
「そんなものかしら」
イルラナは、腰にくくった荷物から、水の入った革の袋を取り出した。あのどさくさで無くさなくてよかった。
「はい。私はイルラナ。あなたの名前は? 命の恩人の名前くらい知っておきたいわ」
「アレヴェル」
アレヴェルは、革の袋を軽くかかげて感謝を表すと、水を一口口にした。
水の袋を返してもらい、イルラナは穴の外へ出ようと縁に両手をかけ、這い出ようとした。
「なあ、なんの用があるのか知らないが、早くこの国から出て行けよ」
アレヴェルの声に、イルラナはちょっと振り返った。
彼は真剣な顔をしていて、嫌味でも冗談でもないようだった。
「ここは、あんまりよそ者が長居するところじゃねえって」
「心配してくれてるのね、ありがと」
思わずイルラナは微笑んだ。
「用がすんだら、すぐ帰ることにする」
そう言って、イルラナは涼しい隠れ家から熱い荒野へと這い出していった。
空気が乾燥していて、土や木から立ち上る湿気になれているイルラナは喉が痛くなるようだった。
この荒野は他の国とルウンケストの間にあって、ここを横断できればバクトの都に出ることができるはずだとお頭は言っていた。
ポケットをから描き写させてもらった地図を取り出す。まずはあの天辺が平らな、テーブルみたいな岩山を越えればいいらしい。荒野とはいえ、意外と地元の者が通るらしく、岩山には階段風の凹みがつけられ、手摺り代わりのロープが張られていた。
じりじりと陽射しに背中をあぶられながら、かなりの距離を歩いた時だった。
ふいに誰かに見られている気がして、イルラナは足を止めた。
「誰かいるの?」
その問い掛けが合図になったように、岩陰から大振りの剣を持った男達が現われた。日を反射して眩しい荒地に、シミのように影が伸びる。
(盗賊!)
男の一人と目が合う。その目は濁っていて、間違っても話し合いでなんとかできそうな相手ではなかった。
背負った重い荷物を投げ捨て、イルラナは逃げ出した。荷物は少し惜しい気はするが、貴重品は別に持っているし、命には代えられない。
盗賊の一人が荷物に飛び付いたのが見えた。
山を駆け登る勢いで何度も転びそうになった。
後ろで舌打ちが聞こえる。
「追え」の命令も合図もなく、男達はイルラナを捉えようと走り出す。盗賊達にとって、人を襲うことは、指示がなくてもできる流れ作業のようなものなのだろう。
(身ぐるみはがされて殺されてたまるか! 私の足なら逃げ切れるはず!)
確かに盗賊との間は広がっていった。
頂上の景色を楽しむ余裕もなく、駆け下りる。
取り囲む男達を避けたせいで、大きく道を外れていく。踏み付けた石で足が痛む。ゴロゴロとした岩や石が邪魔で、真っすぐに走ることができない。
「よし、逃げきれ……」
イルラナの勝利宣言は急に途絶えた。
大昔に場違いな長雨でも降ったのか、山肌が崩れていた。断崖絶壁というほどではないが、駆け下りるには急すぎる。
イルラナはその縁(へり)で足を止めた。その勢いでぱらぱらと小石が坂を転がり落ちていく。
「どうしよう!」
男達の気配が迫ってくる。
その時、眩しい光が顔を掠めて、イルラナは目をしばたかせた。
見下ろす山肌で、何かが銀色に光っている。目を凝(こ)らすと、輝く何かを持った男の手が、大岩の隙間からぬっと突き出て、こちらに合図を送っていた。
どうやら大きな穴を塞ぐように岩があり、穴の中に潜んでいる何者かが、ふたの隅からこちらをうかがっているらしい。
こっちが相手の存在に気付いたのが分かると、その手はすばやく手招きをした。
怪しい。
イルラナがためらっていると、焦れたように青年が頭を出した。
このルートをたどれば降りられると言っているのだろう、手振りで崖を下りるルートを手早く指示してくる。
やっぱり怪しい。けれど、考えているヒマはない。
大きく息を吸って、足がかりもない坂にイルラナは踏み出した。
「うわ!」
覚悟はしていたものの坂はやはり急で、あっという間に尻餅をつき、そのままの格好で滑り下りる。
大岩の横を通り過ぎてしまいそうになったとき襟首をつかんだのは、イルラナと同じ年ごろの青年だった。
生成(きな)りのシャツに裾に布を巻いたズボン。腰には革のベルト。一見黒に見えるほど濃い紺の髪。
「こっちへ!」
岩の下の地面に、大きめの三日月型の穴が空いていた。
青年は猫のように機敏に中へ滑り込んでいく。イルラナも足を穴に入れる。
(これでつっかかったら恥ずかしい!)
余裕を持って通るには細い穴だったが、追われる者の必死さも手伝って、イルラナも入り込むことができた。
中は薄暗く、強い外の陽射しに慣れた目では穴の大きさがどれくらいなのか、よくわからない。ただ、穴は横長で、寝そべらないと全身を隠すことはできない。自然と先に入った青年の体の上に横たわる形になる。細い体に、しなやかな筋肉がついているのがわかる。服越しに伝わるぬくもりが、妙に心強かった。
青年は地上を気にしている。ほっそりとした顎と首筋が間近に見えた。
イルラナを落ち着かせるように、青年の手が背に回された。
坂の上辺りで、砂を踏む音や金属のぶつかる音がする。盗賊がすぐそばまでやってきた証拠だ。
「探せ!」
「どこにいった?」
声が降ってきて、思わず身を硬くした。
思わず顔を青年の肩に埋める。強く鳴る鼓動が、自分の物か青年の物か分からなかった。
頭のすぐ上で、押し殺した呼吸の音が聞こえ、かすかにイルラナの髪がゆれた。
どれぐらい時間が経ったのか、気配が完全に消え、イルラナは大きく溜息をついた。
「危なかったな。もう大丈夫だろ、そろそろ退いてくれ」
そう言われて、自分がとんでもない状態でいたのに気づいた。慌てて体を放し、青年の真横に寝転がる。
「盗賊どものことは、できれば許してやってくれ。ほかに食っていく方法がなくて身を落とした奴らさ」
「貴重品は取られなかったからいいけど。ところでこの穴は何?」
恐怖で今まで気付かなかったが、穴の中は獣臭かった。もう目も慣れていて、隅に腐った果物の皮が転がっているのが見えた。
「レオードっていう肉食獣の巣穴だよ。猫の仲間。この辺りのは人を喰う。その巣穴」
にやりと笑われて、イルラナはまわりを見回した。どこかに、怪しく光る猫の目があるのでは。
「ハハハ、大丈夫だよ。とっくに穴の主はどこかへ引っ越し済みだ」
「ああ、よかったぁ~ でも、あなたはどうしてこんな所に? 肉食獣が果物を食べるはずない。隅に果物の皮があるのは、あなたか食べたのね? まさかここに住んでるの?」
そう聞くと、青年は少し驚いた顔をした。
「お前、結構観察眼あるのな。俺はちょっと、わけありでさ」
そういって笑う青年の顔色が、少し悪いように見えた。
そこでようやく青年の横腹に茶色いシミがあるのに気づいた。
「ねえ、それ血?」
「ああ、大したことない。傷はもう塞がってる」
確かに、流れ出したばかりの血はもっと鮮やかな赤だ。
「でも、こんな所にいないで、ちゃんとどこかで手当てしてもらった方が……」
「ところが、そうはいかなくてね」
青年はニヤリと笑いながら、今まで手に持っていた銀色のペンダントを首にかけた。さっきはこれで光の合図を送ってくれたのだろう。ペンダントトップは半月形をしているから、対の物があって、恋人とでもペアで持っているのかも知れない。
「『そうはいかない』って。こんな所に隠れてるって、何かやらかしたの、あなた」
「ちょっとばかし、王の暗殺をね」
助けてくれたときとは違う、少しばかり不気味な笑顔を青年は浮かべてみせた。
「ええ」
自分がいうのも少しおかしいけれど、同い年くらいの年令で、そんな大それたことができるとは思えなかった。それに、王が暗殺されたとなればもっと噂になっているはず。
つまり、詳しいことを言いたくないから、適当なことを言ってごまかしたいらしい。
そうイルラナは判断したけれど、青年の顔は真剣だった。
「なんだよ、その顔は。信じてないだろ?」
「え? 何、まさか本気で言ってるの?」
「本気も何も、事実さ。といっても死ぬのをちゃんと見届けたわけじゃあないけどな。毒を塗った剣で王の胸を刺したんだ。今ごろ、毒と出血で間違いなく死んでいるはずだ。それでこに身を隠しているわけ」
「王様って、あの悪魔に取り憑かれてるっていう?」
「そうだったらいっそよかったんだがな。仮面を剥(は)いだ下は、ただのしおれた老人だったよ」
何を思い出したのか、青年は不快そうに顔をしかめた。
(ただの人間ではなく、悪魔に取り憑かれてた方がよかった? 一体この人に何があったんだろう?)
でも、そのことはこの青年の心に深くかかわっているように思えて、軽々しく聞いていいこととは思えなかった。代わりに軽口を叩くことにする。
「あのさあ、そんなことぺらぺら初対面の私に話していいの? 私がご褒美(ほうび)欲しさにあなたの居場所をお城に教えるとは思わない?」
「少なくとも、あんたは命の恩人を売るような奴には見えないからね。それに、密告した所で兵がここに来るころにはもう俺はいなくなってるよ。そろそろ隠れ場所を変えるつもりだったし。それに……」
傷がふさがったとはいえ、やっぱり辛いのか、青年は短く咳き込んだ。
「……こういうのって、なんか、誰かに自慢したくなるじゃん?」
「そんなものかしら」
イルラナは、腰にくくった荷物から、水の入った革の袋を取り出した。あのどさくさで無くさなくてよかった。
「はい。私はイルラナ。あなたの名前は? 命の恩人の名前くらい知っておきたいわ」
「アレヴェル」
アレヴェルは、革の袋を軽くかかげて感謝を表すと、水を一口口にした。
水の袋を返してもらい、イルラナは穴の外へ出ようと縁に両手をかけ、這い出ようとした。
「なあ、なんの用があるのか知らないが、早くこの国から出て行けよ」
アレヴェルの声に、イルラナはちょっと振り返った。
彼は真剣な顔をしていて、嫌味でも冗談でもないようだった。
「ここは、あんまりよそ者が長居するところじゃねえって」
「心配してくれてるのね、ありがと」
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