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二章
兄弟喧嘩と致死性の毒
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ルイドバードは住宅街を駆け抜けた。立場上、街中(まちなか)で殺し合いをするのはまずいし、住人に迷惑をかけたくない。
人気(ひとけ)のない方へ走るうち、街の中心を外れ、家がまばらになってきた。
そこで初めてルイドバードは振り返った。
刺客の一人が、掛け声もなく襲いかかってくる。続く連撃を避け、間合いを取る。
真横から近付いてくる気配を感じ、ルイドバードはしゃがみこむように低く腰を落とした。そのまま地面と平行に剣で半円を描く。
横から首筋を狙った敵の刃は空を斬り、逆にルイドバードの剣が相手の足首を捕える。
厚いブーツのせいで怪我を負わせることはできなかったものの、敵が一瞬ひるんだスキを見逃さず、立ち上がりざまその胸を斬り上げる。男は崩れ落ちた。
「トルバド国の王子に剣を向ける痴(し)れ者め。私はラティラスのように優しくはないぞ」
仲間の血溜りを踏み付け、最後の一人が刃を振るった。
剣と短剣が噛み合い、金属性の音をたてる。
相手はかなりすばやい。攻撃を捌(さば)きながら、ルイドバードは薄い恐怖を感じていた。追っ手が二人だけとはなめられている気がしたが、少数精鋭で来たらしい。
一撃を反らせたものの、完全に受けとめられず、腕に傷が走る。剣を振った勢いで、自分の頬に自分の血が飛び散った。刺客がにやりと笑う。
再び間合いを取って立て直す。なぜかひどく息が切れた。
残った二人のうち一人が、また斬りかかってきた。今までより受け止めた刃を重く感じ、ルイドバードは小さく呻きをあげた。柄を持つ手が汗でぬれる。何かがおかしい。確かに寝ずに動き回っているが、それだけでこれほど疲れるだろうか。
真上から振り下ろされた一撃を払いのける。がら空きになった相手の懐に入り込む。
恐怖の表情を浮かべた刺客の左胸に向かい、剣を突き立てようとする。不意に視界の端に闇が円く映った。それは薄い紙にインクがにじむように広がり、視界を埋め尽くしていく。瞬きをするが、視界は晴れないどころかますます暗くなる。
自分の肺が金属になったように、冷たく、息ができない。
胸についた、軽いはずの傷が腫れているのが触れる布の感触でわかった。
毒。刃に毒が塗ってあったか。
扱いなれたはずの剣が扱いきれないほど重くなり、手からすべりおちる。膝から力が抜け、ルイドバードは地面に倒れ込んだ。
新しい足音が、どこからか近寄ってくるのが聞こえた。
「本当にこれで大丈夫なのでしょうか」
ルイドバードに傷を負わせた刺客が、新たに現れた何者かに問いかける。
「ああ。この街で解毒剤はまず手に入らないはずだから。放っておけばそのうちに死ぬよ」
そう応えたのは、聞きなれたロルオンの声。
ルイドバードが上げた驚きの声は、くぐもった呻きにしかならなかった。
「この兄はやたら剣の腕だけは立つからな。こうでもしないとね」
「しかし、留めを刺さなくていいんですか?」
「そうだねえ」
なぜかロルオンが剣を納める気配がした。そして心臓を凍らせるように冷たい、何か硬い物が触れ合うような音。
必死に動こうとするが、力が体から抜けて指を動かす事もできない。
何かが強く光ったのか、黒く塗りつぶされた視界の隅に、瞼の血を透かした赤色の球が見えた。しかしそれは一瞬で消えた。覚悟していた苦痛もない。
「……チッ。興(きょう)冷めした。失敗か。いいさ、どうせ死ぬんだ」
ロルオンの足音が遠ざかっていく。
「だがこれでトルバドは我が物となるだろう。これは始まりにすぎないよ。まずは鏡の塔のパーティーで宣戦布告だ」
(鏡の塔?)
薄れていく意識と共に記憶が消えないように、ルイドバードはその言葉をしっかりと心に焼き付けておこうと思った。
「いずれ、ケラス・オルニスも利用させてもらう」
(ケラス・オルニス?!)
なぜそこでケラス・オルニスの名前が出てくる!
それにどんな意味があるのか深く考える前に、ルイドバードの意識は闇に染まっていった。
人気(ひとけ)のない方へ走るうち、街の中心を外れ、家がまばらになってきた。
そこで初めてルイドバードは振り返った。
刺客の一人が、掛け声もなく襲いかかってくる。続く連撃を避け、間合いを取る。
真横から近付いてくる気配を感じ、ルイドバードはしゃがみこむように低く腰を落とした。そのまま地面と平行に剣で半円を描く。
横から首筋を狙った敵の刃は空を斬り、逆にルイドバードの剣が相手の足首を捕える。
厚いブーツのせいで怪我を負わせることはできなかったものの、敵が一瞬ひるんだスキを見逃さず、立ち上がりざまその胸を斬り上げる。男は崩れ落ちた。
「トルバド国の王子に剣を向ける痴(し)れ者め。私はラティラスのように優しくはないぞ」
仲間の血溜りを踏み付け、最後の一人が刃を振るった。
剣と短剣が噛み合い、金属性の音をたてる。
相手はかなりすばやい。攻撃を捌(さば)きながら、ルイドバードは薄い恐怖を感じていた。追っ手が二人だけとはなめられている気がしたが、少数精鋭で来たらしい。
一撃を反らせたものの、完全に受けとめられず、腕に傷が走る。剣を振った勢いで、自分の頬に自分の血が飛び散った。刺客がにやりと笑う。
再び間合いを取って立て直す。なぜかひどく息が切れた。
残った二人のうち一人が、また斬りかかってきた。今までより受け止めた刃を重く感じ、ルイドバードは小さく呻きをあげた。柄を持つ手が汗でぬれる。何かがおかしい。確かに寝ずに動き回っているが、それだけでこれほど疲れるだろうか。
真上から振り下ろされた一撃を払いのける。がら空きになった相手の懐に入り込む。
恐怖の表情を浮かべた刺客の左胸に向かい、剣を突き立てようとする。不意に視界の端に闇が円く映った。それは薄い紙にインクがにじむように広がり、視界を埋め尽くしていく。瞬きをするが、視界は晴れないどころかますます暗くなる。
自分の肺が金属になったように、冷たく、息ができない。
胸についた、軽いはずの傷が腫れているのが触れる布の感触でわかった。
毒。刃に毒が塗ってあったか。
扱いなれたはずの剣が扱いきれないほど重くなり、手からすべりおちる。膝から力が抜け、ルイドバードは地面に倒れ込んだ。
新しい足音が、どこからか近寄ってくるのが聞こえた。
「本当にこれで大丈夫なのでしょうか」
ルイドバードに傷を負わせた刺客が、新たに現れた何者かに問いかける。
「ああ。この街で解毒剤はまず手に入らないはずだから。放っておけばそのうちに死ぬよ」
そう応えたのは、聞きなれたロルオンの声。
ルイドバードが上げた驚きの声は、くぐもった呻きにしかならなかった。
「この兄はやたら剣の腕だけは立つからな。こうでもしないとね」
「しかし、留めを刺さなくていいんですか?」
「そうだねえ」
なぜかロルオンが剣を納める気配がした。そして心臓を凍らせるように冷たい、何か硬い物が触れ合うような音。
必死に動こうとするが、力が体から抜けて指を動かす事もできない。
何かが強く光ったのか、黒く塗りつぶされた視界の隅に、瞼の血を透かした赤色の球が見えた。しかしそれは一瞬で消えた。覚悟していた苦痛もない。
「……チッ。興(きょう)冷めした。失敗か。いいさ、どうせ死ぬんだ」
ロルオンの足音が遠ざかっていく。
「だがこれでトルバドは我が物となるだろう。これは始まりにすぎないよ。まずは鏡の塔のパーティーで宣戦布告だ」
(鏡の塔?)
薄れていく意識と共に記憶が消えないように、ルイドバードはその言葉をしっかりと心に焼き付けておこうと思った。
「いずれ、ケラス・オルニスも利用させてもらう」
(ケラス・オルニス?!)
なぜそこでケラス・オルニスの名前が出てくる!
それにどんな意味があるのか深く考える前に、ルイドバードの意識は闇に染まっていった。
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