姫と道化師

三塚 章

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二章

どうかあなたと踊る栄誉を

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 一人残されたラティラスは、ひどくぼんやりしてしまって、頭をはっきりさせようと小さく首を振った。
 本来は、従者は正式な客と一緒に踊ったりはしないものなのだが、今晩は身分を問わない仮装パーティーということで許されているようだ。ラティラスも怪しまれないように女性と踊ったりもした。もっとも、敵地にいるラティラスにはいつもの冗談を言って相手の女性を楽しませる余裕も、楽しむ余裕はなかったけれど。
 会場の隅で小さな悲鳴が上がって、ラティラスは視線をむけた。
 若いボーイがびっくりした顔で立っている。銀盆に乗ったグラスの酒が激しく揺れているのをみれば、誰かとぶつかりそうになり、慌てて足を止めたのだろう。
 彼とぶつかりそうになったその『誰か』は――黒いドレスを着た、赤い髪の女性。腰と両手に鎖を巻いているのはドラゴンの生け贄にされそうになった姫に仮装しているのだろうか?
 真後ろをむいていたその女性が向きを換え、横顔を見せる。
 周りの音楽も、ざわめきも、いっぺんにラティラスの耳から消え失せた。ただ自分の心臓の音だけが鳴り響く。周りでうごめく人々も目に入らない。仮面をつけていてもわかる。  
彼女はリティシアだ。
「姫(ひい)様!」と叫びたくなるのをこらえる。今にも走りだしそうになる足をゆっくりと動かして、リティシアのそばに歩み寄った。
 こちらの気配に気づき振り返ったリティシアは、少しやせたようだった。
 ラティラスは姫の前に立ち、うやうやしくお辞儀をする。そしてゆっくりとひざまずいた。
「お嬢様、よろしければワタシにあなたと踊る栄誉を」
 まるで笑いか悲鳴を押し殺そうとしているように、リティシアは両手で口元を隠した。
「喜んで」
 その声は涙をこらえて、揺らいでいた。
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