姫と道化師

三塚 章

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三章

潮の音

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 ファネットは、ルイドバードに部屋を押しこめられ、文句を言う間もなく扉を閉められた。
 閉じた扉に取っ手も、手をかけるくぼみもない事に気が付き、ファネットは焦った。
(閉じこめられた?)
 少しでも心を落ちつけようと大きく息をする。
 もしここから出られなくなったとしても、ルイドバードも部屋の安全をじっくりと確認する余裕はなかったのだから仕方がない。
 四角い部屋は金属のような壁でできていて、ひどく無機質な感じがした。そして何より継目のない箱の中に入れられたように、他に出入口が無いように見えた。
 金属のベッドのようなものと、その横にある箱のようなもの、それがセットでいくつか並んでいる他は、目立った家具はない。
 部屋のさらに奥は水没していた。
 潮の匂いがするから、遺跡の壁が崩れ、海水が入り込んでいるのだろう。
 一体、ここは島のどの辺りなのだろう?
 ファネットは何かに呼ばれるように部屋の奥へと歩きだした。
薄い闇と、冷気と、潮の香りと、波音に体が包まれる。
 天井の半分が崩れ、星をたたえた夜空が見えた。
床の、薄く海水に浸った場所に踏み込んでいく。波が、靴を濡らし、また退いていった。永い年月の中で、建物の一部が周りの土ごと波に削られたようだった。
 もう少し外へ出て、振り返ってみれば、この建物の全体像が見えるかも知れない。
 まるで入水でもしようとしているように、ファネットは冷たい海へと歩き出した。白いスカートが、花のようにふわりと水面で広がった。
 右のスネに何かぬるりとした物が触れ、小さく悲鳴を上げる。反射的に片足を上げた。クラゲ? サメ?
 水面の下に見えた物は、藻に覆われた、両端が丸い棺(ひつぎ)のような物だった。足に触ったのはこれだったようだ。とりあえず危険な生き物ではないのがわkって、ファネットはゆっくり足を下ろす。
 目をこらすと、、同じような物が水没した床にいくつもに並べられているのが見えた。中には割れている物もあるようだ。
「これは……お墓?」
(いえ、違うわ。これは……)
 ぬめった床で足を滑らせ、ファネットは思い切り水の中に倒れこんだ。ふいのことで、ファネットは軽くパニックになる。
 泡が耳の傍でごぼごぼと不気味なうなりを上げる。潮水で鼻が貫かれたように痛い。きつく閉じた目に、チカチカと不気味な光が浮かんだ。
(こんなところで死ぬのはイヤ! まだ目的地にもついていないのに!)
『目的地?』
 頭に浮んだ言葉に、もう一人のファネットが聞いてきた。そして泡のうなり、痛み。
(目的地に付けないのなら、せめて故郷で死にたかった。故郷に帰ってから)
『故郷? 私は昔のことなんて覚えていないのに』
 ようやく足を床に付けて立ち上がる。
(それは)
『それは』
 顔を震える両手で顔を拭い、大きく息を吐いた。
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