毒童話をどうぞ

三塚 章

文字の大きさ
3 / 9

月まで届け、不死の煙

しおりを挟む
窓の外をのぞいても、今まで暮らしてきた竹取の翁の家はもう見えません。夜空をすべる輿の中で、かぐや姫は脇息(きょうそく:肘掛けのこと)にもたれかかりました。
「それで、かぐや様。うまくいきましたか?」
 一緒に輿に乗っていた従者が心配そうに声をかけてきます。
 かぐや姫は、つまらなそうに極彩の着物の袖から光る宝玉を取り出しました。それは、なんと美しい玉だったのでしょう。内に蒼い炎が揺らめいている水晶の玉です。かすかに触れたただけで、蒼い光が水面のように揺らめいて輿の中の影をゆるゆると躍らせました。
「石作皇子、仏の御鉢」
 お手玉をするように、かぐや姫は玉を放り投げました。まるで輿の中に水が満たされているように、玉は落ちずにゆっくりと弧を描きながら宙に漂います。
 月の姫は、もう一つ蒼い宝玉を取り出しました。
「車持皇子、蓬莱山の玉の枝」
 投げられた新たな宝玉は、一つ目を追うように宙に舞い上がりました。
「右大臣阿部御主人、火鼠の皮衣。この三人は、偽物を私に見抜かれ、嗤い者に。そして、自ら命を絶ちました」
 かぐや姫は伸びをするように体を軽く仰け反らせました。漆黒の滝のように背を流れる黒髪の間から、さらに黒々とした羽が細かく振るえながら現われました。鳥ではなく、コウモリのように骨と皮でできた羽です。
 姫の手遊びは続きます。投げられた玉は中空を漂いつづけ、慕うようにかぐや姫の傍を離れません。
「大納言大伴御行、龍の首の珠。龍の探す旅で傷を追い、それが原因で命を落としました」
 もはや宝玉の輝きで、輿の中はまばゆいほどです。
「中納言右上麻呂、燕の子安貝。崖から落ちて絶命……」
「五人、ですか。二人足りませんね」
 付き人は、かすかに顔をしかめました。
「しかし、かぐや様のお父上もひどい事を考えつかれる。あなたは、確かに月で罪を犯した。でも、だからといって地上に十数年も流刑とは」
「しかも地上にいる間、私を慕う人間七人の命を、直接手をくださずに奪わなければ、私は極刑……」
「今、あなた様が持っている魂は五つ……二人足りませんね」
 悲しげな顔をして、従者はかぐや姫を見つめました。人間達が魔物と呼ぶ一族の姫君を。

 駿河の国にある、日ノ本で一番高い山。その頂上に、竹取の翁と媼(おうな:お婆さん)はいました。帝の家来におぶさり、ここまで運んで来てもらったのでした。
「さあ、ここがこの国で一番月に近い場所」
 翁と媼は、晴れた夜空を見上げました。分厚い氷のように、冷たく、清らかな満月が白銀の光を放っています。かぐや姫の故郷が。
「これを。早く燃やしてしまいましょう」
 媼が、小さいツボを取り出しました。
「ああ、そうしよう。かぐやがいない今、こんな物になんの意味があるだろう」
 帝の家来が用意してくれた小さな焚き火に、媼はツボの中身をさらさらとこぼしました。
「あの、竹取の翁殿」
 帝の家来が少し緊張した声で訊ねました。
「そのツボの中身はなんなのだ? 翁殿は、道中何度尋ねても教えてはくれなかった」
「薬じゃよ。かぐやが月に帰るとき、自分を育ててくれたお礼にとくれた不死の薬」
「なんと……!」
 小さな焚き火からは、まるで絹糸のように細い煙が立ち昇り始めました。煙は高く高く雲間まで伸びていきます。はるか月にいるはずのかぐや姫に馳せた、翁と媼の思いを辿るように。
(かぐや……)
 閉じた翁のまぶたから、涙がこぼれ落ちました。
(かぐやや。年寄りの知識を侮ってはいけないよ。お前は何も言わなかったが、お前の正体は知っていたさ。魔物が罪を犯すと地上へ落とされるという言い伝えは本当だった。おそらく、許されるには七人の人間の魂が必要だという言い伝えも本当だろう。この火が消えたら、ばばと一緒にあの世へ向かおう。方法はいくらでもある。お前を殺させてなるものか。お前はかわいい私達の孫娘。かぐや……)

*竹取物語原作について
 かぐや姫が地上に来たのは、月で罪を犯したため。(具体的な罪状不明)大罪ではあるが情状酌量の余地があったらしく、刑がひどくなりすぎないよう、優しい竹取の翁のもとに選んで落とされた。月に帰る場面ではかぐや姫は和歌のやり取りをしていた帝に不死の薬を渡してから、地上での出来事を全て忘れる羽衣をまとい帰っている。失意の帝は、不死の薬を日本で一番高い山で焼き捨てた。それが富士山(不死山)の語源だとか。なお、この小説のタイトルは東方のシューティングゲームのBGMからいただきました。あまりにもぴったりだったので……


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【1話完結】5分で人の怖さにゾッとする話

風上すちこ
ホラー
5分程度で読める1話完結のショートショートを載せていきます。主に、ヒトコワなホラー話です。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

眠らなかった5分間

皐月ハル
ホラー
これは私の身に起こった本当の出来事です。 友だちの名前は仮名で、モールの名前、国道県道の名前は伏せていますが、それ以外は、起きたことをそのまま書いたものです。 私は、 もしかしたら、少しだけ霊感があるかもー? な、体験がいくつかあるのですが、 これは、もし私に霊感がなかったら… どうなってたんだろう、と怖ろしくなる出来事でした。 それからは、昼間であってもその道を通ることはありません。 私の他の作品(BLだけれども😅)を読んだことがある方なら、どこの県の話かはわかるでしょうし、 その県の住人なら、どこら辺で起きた話かもわかると思います。 心当たりがある方は、気を付けて。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

洒落にならない怖い話【短編集】

鍵谷端哉
ホラー
その「ゾワッ」は、あなたのすぐ隣にある。 意味が分かると凍りつく話から、理不尽に追い詰められる怪異まで。 隙間時間に読める短編ながら、読後の静寂が怖くなる。 洒落にならない実話風・創作ホラー短編集。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

処理中です...