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公園
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またあいつがいるのだろうか。工事現場から家に近づくにつれ、だんだんといらだちににた恐れが強くなっていく。
安アパートの、サビて崩れそうな階段を登り、自分の部屋を開ける。
居た。
娘は玄関に座っていた。無表情な顔で、真っ黒な瞳で俺を見つめてくる。生意気なその顔を見ていると、頭にカッと血が上った。
「バカにしやがって!」
俺は娘の髪をつかみ、体を床に叩きつけた。
「コウちゃん、やめて!」
同棲しているカナの声が、別の世界からのように遠く聞こえた。
俺が初めて娘のハルナを殺したのは、三か月前の事だった。ハルナはそのとき夕飯のカップラーメンを床にこぼしたのだ。俺の金で養われている分際で、俺の金で買った食べ物をこぼしやがった、そう思うと我慢ができなかった。
そもそも、娘は俺と同棲しているカナが連れてきた、いわゆるコブという奴だ。あいつがいなければもっと自分の金を好きに使えるのに。なんで自分の子供でもないのに、こっちが我慢しないとならないのか。
気がついたら、ハルナをぶん殴っていた。床に倒れた娘は、打ちどころが悪かったのか、動かなくなっていた。
冗談じゃないと思った。血も繋がっていないガキのために、俺が捕まるのはまっぴらだった。だから、その死体を近所の空き地に埋めたのだ。
その三日後、帰宅した俺が見たのは、何事もなかったように部屋に座っているハルナだった。
「なんで、なんでお前がいるんだ! この死にぞこないめ!」
怒鳴りつけても、ハルナはおびえるでもなく無表情に俺を見返してくる。相変わらずかわいげのない顔だ。俺は台所から包丁を持ってきた。
「やめて! せっかく帰ってきたのに!」
止めようとするカナを押しのける。
だいたい、一度死んだ人間がうろうろしていていいわけはない。死んだ者は、おとなしく死んでいるべきなんだ。
俺は、ハルナの腹に包丁を突き刺した。何度も、何度も。
以来、毎日娘は帰ってくるようになった。そのたびに、俺は始末をした。生き返らない方法はないかと、ある日は首を絞め、ある時はその死体を人気(ひとけ)のない場所で燃やしたりしたけれど、今の所うまくいっていない。
「来い!」
娘の手をつかみ、風呂場に連れて行く。
今度はバラバラにしてみよう。この方法も、前にやって失敗していたが、今度はもっと細かく、細かく切り刻むのだ。そうすれば、もう生き返らないかも知れない。
どうか、そうなってくれ、と祈った。
毎日毎日、こいつの死体を処分するのはもうたくさんだ。それに、死体を隠す回数が多くなるほど、警察に見つかる可能性も大きくなる。
生き返るな、生き返るな。
何度も何度もそう唱えながら、俺はナイフを振り上げ、ハルナの体の上に振り下ろした。
この街に引っ越してから、数か月が経った。隣近所はいい人ばかりだし、学校や図書館もしっかりしているし、大きなスーパーもそばにある。申し分なかった。
ただ、一つ、少し気になることはあったけれど。
(またあの人だ……)
昼間、公園を横切ろうとすると、いつもベンチに座っている女性がいる。年齢は大体三十代ぐらいだろうか。茶色く髪を染めているが、トレーナーにジャージのズボンというラフすぎる恰好だ。顔が疲れ切っていて、病人のように見えた。
白桃色の布をぬって、ぬいぐるみ人形を作っているようなのだ。作業の進み具合からすると、一日に一個のペースで。
大きさは五歳児くらいの等身大。円筒形にぬった布に綿をいれただけの胴体に、同じく円筒形の手足。顔はボールのようで、そこに毛糸の髪とボタンの目、刺しゅう糸で描かれたUの字の口。
お世辞にも出来がいいとは言えない。(あんなもの、何個も作ってどうするんだろう)
ネットで売るのかとも思ったけど、あんな雑な造りの物にお金を払う人がいるとは思えない。では、純粋な趣味なのだろうか? だとしたら、あの人の家にはああいった人形がいくつもあることになる。想像すると結構怖いと思うのだが。
不意に女性が手元から視線をあげ、こっちをむいた。
どきっと私の心臓が鳴る。どうやら、私が不審な目を向けていたのが気づかれてしまったようだ。
「これ? これはねえ、娘なの」
その目に異様な輝きがあるのを見つけて、私は少し怖くなった。 もそもそと荒れた唇が動く。
「コウちゃんはねえ、ハルナを殺すのよ、何度も何度も」
「え?」
何度も何度も殺す? なんの話だろう?
「やっぱり、人を殺すって大ごとなのよね。あの子を最初に殺したとき、コウちゃんは少しおかしくなっちゃった」
早く話を終わらせて、家に帰りたい。
けれど、何を考えているか分からない相手だ。無理に話を切り上げたら激怒されるかも知れない。
「ただの人形なのにね。本物のハルナだと思い込んでるの。捕まりたくないから、切り刻んだり、燃やしたり、ご苦労様よね、ホント」
クスクス、と女は笑った。
「でも、こんなこといつまでも続くわけない。きっとあいつ、今に自殺する。じゃなきゃ、やっていることを気づかれて私が殺される。でもまあ、どっちでもいい。どっちでもいいわ。アハハハハ」
そういって、女性は針に視線を戻した。針の先端が、午後の光を反射させる。鈍い刃の先のように。
女性はまた自分の仕事に没頭し始めたようで、もうこっちを見はしなかった。
私はようやく公園を脱出した。
一人の男が焼死したのは、それから数日後の事だった。ただ、少しおかしなことに、その男は自分の他に布製の人形を燃やしていた。その人形に灯油をかけ、火を放ったところ、自分の服に引火したらしい。その人形は布と綿でできたもので、特に変わったものではなかったそうだ。
それと関係があるかどうかは分からないが、男が焼死した日から、公園で縫物をする女性はいなくなった。
安アパートの、サビて崩れそうな階段を登り、自分の部屋を開ける。
居た。
娘は玄関に座っていた。無表情な顔で、真っ黒な瞳で俺を見つめてくる。生意気なその顔を見ていると、頭にカッと血が上った。
「バカにしやがって!」
俺は娘の髪をつかみ、体を床に叩きつけた。
「コウちゃん、やめて!」
同棲しているカナの声が、別の世界からのように遠く聞こえた。
俺が初めて娘のハルナを殺したのは、三か月前の事だった。ハルナはそのとき夕飯のカップラーメンを床にこぼしたのだ。俺の金で養われている分際で、俺の金で買った食べ物をこぼしやがった、そう思うと我慢ができなかった。
そもそも、娘は俺と同棲しているカナが連れてきた、いわゆるコブという奴だ。あいつがいなければもっと自分の金を好きに使えるのに。なんで自分の子供でもないのに、こっちが我慢しないとならないのか。
気がついたら、ハルナをぶん殴っていた。床に倒れた娘は、打ちどころが悪かったのか、動かなくなっていた。
冗談じゃないと思った。血も繋がっていないガキのために、俺が捕まるのはまっぴらだった。だから、その死体を近所の空き地に埋めたのだ。
その三日後、帰宅した俺が見たのは、何事もなかったように部屋に座っているハルナだった。
「なんで、なんでお前がいるんだ! この死にぞこないめ!」
怒鳴りつけても、ハルナはおびえるでもなく無表情に俺を見返してくる。相変わらずかわいげのない顔だ。俺は台所から包丁を持ってきた。
「やめて! せっかく帰ってきたのに!」
止めようとするカナを押しのける。
だいたい、一度死んだ人間がうろうろしていていいわけはない。死んだ者は、おとなしく死んでいるべきなんだ。
俺は、ハルナの腹に包丁を突き刺した。何度も、何度も。
以来、毎日娘は帰ってくるようになった。そのたびに、俺は始末をした。生き返らない方法はないかと、ある日は首を絞め、ある時はその死体を人気(ひとけ)のない場所で燃やしたりしたけれど、今の所うまくいっていない。
「来い!」
娘の手をつかみ、風呂場に連れて行く。
今度はバラバラにしてみよう。この方法も、前にやって失敗していたが、今度はもっと細かく、細かく切り刻むのだ。そうすれば、もう生き返らないかも知れない。
どうか、そうなってくれ、と祈った。
毎日毎日、こいつの死体を処分するのはもうたくさんだ。それに、死体を隠す回数が多くなるほど、警察に見つかる可能性も大きくなる。
生き返るな、生き返るな。
何度も何度もそう唱えながら、俺はナイフを振り上げ、ハルナの体の上に振り下ろした。
この街に引っ越してから、数か月が経った。隣近所はいい人ばかりだし、学校や図書館もしっかりしているし、大きなスーパーもそばにある。申し分なかった。
ただ、一つ、少し気になることはあったけれど。
(またあの人だ……)
昼間、公園を横切ろうとすると、いつもベンチに座っている女性がいる。年齢は大体三十代ぐらいだろうか。茶色く髪を染めているが、トレーナーにジャージのズボンというラフすぎる恰好だ。顔が疲れ切っていて、病人のように見えた。
白桃色の布をぬって、ぬいぐるみ人形を作っているようなのだ。作業の進み具合からすると、一日に一個のペースで。
大きさは五歳児くらいの等身大。円筒形にぬった布に綿をいれただけの胴体に、同じく円筒形の手足。顔はボールのようで、そこに毛糸の髪とボタンの目、刺しゅう糸で描かれたUの字の口。
お世辞にも出来がいいとは言えない。(あんなもの、何個も作ってどうするんだろう)
ネットで売るのかとも思ったけど、あんな雑な造りの物にお金を払う人がいるとは思えない。では、純粋な趣味なのだろうか? だとしたら、あの人の家にはああいった人形がいくつもあることになる。想像すると結構怖いと思うのだが。
不意に女性が手元から視線をあげ、こっちをむいた。
どきっと私の心臓が鳴る。どうやら、私が不審な目を向けていたのが気づかれてしまったようだ。
「これ? これはねえ、娘なの」
その目に異様な輝きがあるのを見つけて、私は少し怖くなった。 もそもそと荒れた唇が動く。
「コウちゃんはねえ、ハルナを殺すのよ、何度も何度も」
「え?」
何度も何度も殺す? なんの話だろう?
「やっぱり、人を殺すって大ごとなのよね。あの子を最初に殺したとき、コウちゃんは少しおかしくなっちゃった」
早く話を終わらせて、家に帰りたい。
けれど、何を考えているか分からない相手だ。無理に話を切り上げたら激怒されるかも知れない。
「ただの人形なのにね。本物のハルナだと思い込んでるの。捕まりたくないから、切り刻んだり、燃やしたり、ご苦労様よね、ホント」
クスクス、と女は笑った。
「でも、こんなこといつまでも続くわけない。きっとあいつ、今に自殺する。じゃなきゃ、やっていることを気づかれて私が殺される。でもまあ、どっちでもいい。どっちでもいいわ。アハハハハ」
そういって、女性は針に視線を戻した。針の先端が、午後の光を反射させる。鈍い刃の先のように。
女性はまた自分の仕事に没頭し始めたようで、もうこっちを見はしなかった。
私はようやく公園を脱出した。
一人の男が焼死したのは、それから数日後の事だった。ただ、少しおかしなことに、その男は自分の他に布製の人形を燃やしていた。その人形に灯油をかけ、火を放ったところ、自分の服に引火したらしい。その人形は布と綿でできたもので、特に変わったものではなかったそうだ。
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