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02,銃口と紳士的エスコート(強制)
しおりを挟む聖剣ザイフリートと魔剣ブリュンヒルド。
その剣の銘は、異国に住まう僕でも知っている。
隣国を舞台とした御伽噺に登場する、伝説の双剣だ。
英雄がその双剣を用いて極竜魔王を討ち払う。
世界中を探せばいくつも似た様な話がありそうな、伝承由来とされる御伽噺。
男児向けの絵本として簡略化され「崖の上の英雄物語」と言うタイトルでここらの国では広まっている。
「で、これがその双剣の片割れよ。聖剣ザイフリート」
そう言って、ジュミリエイル女史がが僕の目の前に放った物品。
それは、確かにひと振りの剣だった。伝説のそれ、と言うには余りにも平凡な柄装飾……どころか、見るからに経年劣化で見窄らしい。
鍔にあたる部分は劣化で崩れ去ったのか元々無かったのかは定かでは無いが不在。
柄とは打って変わってまるで新品の様に輝いている抜き身の白刃は、一般的なそれよりも少々幅がある。
……で、
「……質問、よろしいでしょうか」
「許可するわ。つぅか、あんた目上でしょ? 別に敬語も申請も要らないわよ」
「ああ、そう……では、何故、伝説の双剣――その片割れが、僕の写真、それも額ど真ん中を穿つ様に突き刺さっているんだい?」
恐い、何これ。すごく恐い。超恐い。すごく超恐い。
見るからにヤバいし、意味わからなくてヤバいし、意味がわかったとしても多分ヤバい予感がしてヤバい。
聖剣ザイフリート、その太い白刃は、壁をくり抜いたらしい大きな立方体の石片に深々と突き立てられている。
何故か、その石片に貼り付けられた僕のポスター、その額、それも眉間を貫く形で。
「言ったでしょ。聖剣があんたを選んだの」
「……生贄……?」
「多分違うわ」
多分て。
「混乱している様だから一から説明してあげる。魔王を名乗るクソッタレが現れ政略結婚の話が出た時から、アタシはこの状況を打破すべく行動した。具体的に言うと、権力フル活用。動員できるだけの人員を使い、国中の崖と言う崖を捜索させた。かつて極竜魔王を討ち払ったとされる双剣の片割れ、その聖剣をね」
――確か絵本のラスト、英雄の双剣は、魔剣が極竜魔王との戦闘の際に消失。残った聖剣は戦後、かの英雄が生まれ育った大海を見下ろす崖の上に突き立てられた……のだったか。
「伝承由来……例え実話だったとしてもウン千年前の剣を……!?」
「ええ。で、それっぽいそれが見つかった」
それっぽいそれて。
「伝承によると、かの剣は使い手を選ぶと言う。私が持ってもピンと来なかったから、とりあえず適当な野郎の写真を並べてブン投げてみたのよ」
選定方法が斬新過ぎる。
「そしたら聖剣は物理的にありえない軌道を描いて、そのあんたのポスター写真にブッ刺さった。聖剣はあんたを指し示した……と言うか、刺し示した。しかも……」
そう言って、ジュミリエイル女史は聖剣の古びた柄を掴むと、軽々と持ち上げた。鋒に突き刺さった立方体の石片もろとも。
そして何を思ったか、片手でブンブンと振り回す。……大振りの刃に石片の重しまで付いているのに……騎士の装いを着こなしているのは伊達ではない様だ。
「はい、ご覧の通り。いくら振り回しても石から抜けない。まるであんたの写真から離れたくないと言わんばかりに」
「……やはり生贄コースでは……?」
「可能性としてはあるわね」
否定して? ねぇ? 否定しよ?
「でもまぁ、聖剣が生贄を欲するなんて伝承は無いし、多分大丈夫じゃない?」
いやしかし、聖剣が自身の担い手に相応しい相手の写真の眉間をブチ抜くと言う伝承にも聞き覚えが無いのですが。
……まぁ、うん、この話を聞けたおかげで、理解できた事がひとつ。
これが、結婚相手に僕を指名して頑なだった理由か。
冗談じゃないんですが。
「……ん? って言うか、何故に僕のポスターなんぞを所持して……?」
確かあれは、何年か前に我が国の王太子が「イケメン貴族集めてナンバーワン決めようぜ!」とか言う阿呆みたいな催しをやった時の選挙ポスターだ。
王太子主催と言うパワハラ全開、一貴族子息である僕には当然拒否権などなく参加させられてしまった確かな汚点。
催しの後、一枚残らず回収して焼却したつもりだったのだけど……
「……想像できません、と。まぁ良いわ。わかってたし。それでも別に」
「?」
何だ? 急に小声になったせいで上手く聞き取れな…
「……ふん。このポスターに深い意味なんて無いわよ。ええ、ちっともね。アタシはもらえる物は病気以外もらう、使える物は犬の糞でも利用する。そう言う主義と言うだけ。四年前にそっちの国に行った時の乱痴気騒ぎで配布されていた物を一〇枚ばかし、なんとなく偶然たまたまもらっていただけよ」
配布……だと……!? しかも他所の国の来賓に!?
おのれ王太子……!! 上位入賞組ならまだしも、下から数えた方が早い順位に落ち着いた者達の気持ちを考えられないのか!? 王太子は人の心がわからない……!!
「まぁ、余談はここまでにしましょう」
「いッ!?」
ちょッ!? なに流れる様に拳銃抜いて引き金引いてんのこの人!?
ひ、ひぃ……? い、痛みは無い……当たってない……んじゃなくて、まさか、鎖の錠を、狙って撃ったのか?
おかげで鎖は解けたけれど……
「はい、んじゃ、あんたこの聖剣抜いてみて」
「その前に、言いたい事が」
「何?」
「……いきなり何してくれてんの!?」
「……? 何って何?」
本当に何を問われているのかわからない。そんな風に小首を傾げながら、ジュミリエイル女史改めイカれサイコ女は銃口から立ち上る白煙を「ふう」と吹き流す。
……駄目だ。「いきなり撃つなんて危ないじゃあないか!」と咎めても「はぁ? アタシが狙いを外す訳ないじゃん。もし肉に当たるとしたらあんたが動いたせいよ」とか平然と返される未来が見える。
「と言うか、それを抜けと……?」
「ん」
イカれサイコ女は聖剣を僕の前に置くと、「はよ抜け」と言わんばかりに顎で催促してきた。
……まぁ、拒否するとどこを撃たれるかわかったもんじゃあない、今は言う通りに……って、
「は?」
聖剣の柄に触れるまでもなく。
ぴょーんと言う擬音が聞こえそうな軽快な勢いで、聖剣がひとりでに抜け飛んだ。
聖剣はテント天井に触れるか触れないかのあたりでくるくると回り、やがて柄をこちらに向けて、ゆっくりと降りて来た。
「ね? 物理法則ガン無視でしょ?」
「……この剣、呪われてたりしない?」
「さぁ? 聖なる祝福も邪悪な呪いも傍から見れば似た様な不思議だし、結果論で判断するしか無いんじゃない?」
………………超恐い。
◆
とまぁ、ひと悶着を終えて。
隣国の職人が拵えた聖剣用の鞘に聖剣を収め、脇に置いておく。なにやら「おい、私を装備しないとはどう言う了見かね」とガタガタ震えている様な気がするが気のせいだ。
「で、話を整理しますと……キャピレーン卿、いや、ミス・ジュミリエイル」
「堅苦しいのは抜きで良い。ジュリとでも呼びなさい。アタシはあんたをローと呼ぶ」
「はぁ……ではジュリ。君は僕にこの聖剣を与え、そして僕と共に魔王を倒しに行く……と言う事、で?」
「ええ、その通り。利害は一致するはずよ。あんただって、政略結婚なんて嫌でしょう? 『理想の御姫様を、白馬に乗って迎えに行きたい』……そんな事、望んでるクチじゃなくて?」
「ッ!? 何でそれを……!?」
「……ふん、貴族の息子が考える事なんて、どいつも一緒って事じゃあないの?」
ま、まぁ……確かに、男子なら一度は憧れるだろう。自分が御伽噺の王子様めいて、颯爽華麗に運命の相手をかっさらいに行く様を。
……そして、彼女の言う通り、利害は一致する。
するけれども……
「さ、流石に無理じゃあ……?」
彼女のプランはこうだ。
周囲にはお互い政略結婚を快諾している風にして、我が国から防衛力は流入させておく。
そして僕達は「婚前旅行に行ってきます☆」と籍を入れる前の婚約段階で旅へ出て、その旅において、あの聖剣と思われるヤバい剣で魔王を討つ。
王を潰せば魔王軍なんぞ獣めいた無知の魔物の寄せ集め、蹴散らすのは用意。
そして全てが終わった頃に帰り、「あ、もう問題解決してるし別に結婚する必要ありませんねこれ☆」と婚姻解消……と。
「無理?」
「うん。まぁ、絶対とまでは思わないけれど、僕達二人だけではかなり厳しいと思う」
――「魔物とは少し強い野獣みたいなもの」。
神話の怪物や、御伽噺に出てくる様な化物とは違う。所詮は現実の生き物。
普通の銃でも撃ち殺せるし、普通の剣でも斬り殺せるし、人によっては殴り殺す事だってできる。
実際に魔物を見た事はないが、そう聞いている。
つまり、魔物を率いているとは言えその魔物の範疇だろう魔王も、人の手で殺せない事は無い。
眉間を撃ち抜くなり心臓でも突き刺せば殺せるだろう……と言う算段もわかる。
でも、僕達二人だけで?
いくら聖剣|(らしきもの)があるとは言え、厳しくはないだろうか。
「じゃあ、政略結婚する? アタシはそんな結婚、嫌だけど」
「……それは……」
僕としても、それは避けたいではある。
しかし、いくら何でも無謀な気が……
「アタシはね、もう、ただダダをこねて理不尽を前に腐る様な、おしとやかな御嬢様じゃあないの」
「!」
「これが運命だから、貴族に生まれたから仕方無い……そんな風に悲観するのは、やめた」
……なんだか、胸を刺された様な気分だ。
おそらく彼女にその気は無いのだろうが……「お前とは違うんだよ肝無し野郎」、そんな風に言われた気がした。
「欲しいものは自力で手に入れる。でも、手に入れるための手順はちゃんと踏む。狩りの練習がしたかったから銃を買ってもらう、銃を買ってもらうために射撃の腕を磨き、管理のいろはを学び、所持及び使用免許を取った。人を撃ちたいから騎士団に入る、家の権力を利用して入団試験の年齢ハードルをクリアし、そして試験自体は正攻法でクリアするための体力と武力も付けた。……ま、二回くらい落ちたけどね。それでも今のアタシはこの服を何の臆面も無く着れる立場にある。アタシはあの日から、そうやって全てを掴んできた。そして今、アタシが欲しいのは理想の結婚。即ちこの政略結婚の回避。そのためにはまず、魔王を殺す必要がある。なら殺りましょう、そのための聖剣と、それを使える者も見つけた」
……やっぱり、サイコだ。
ただ、一本、筋は通っている。それも強烈なものが、一本。
――「どれだけ険しい道程だろうと、望みを叶えるためならば突き進む」――それが、ジュリの筋。
そして確かに、この不気味な聖剣らしきものが伝承通りの代物なら、魔王とやらも倒せるかも知れない……けれど……
「それに、正面切って戦うつもりは無いわ。最初に言ったでしょう。アタシ達がやるのは【魔王暗殺】よ。魔王を見つけ次第、隙を突いて刺すなり撃つなり。それがアタシ達のやり方」
「……それで良いの、騎士」
「あら、ご存知無い? 騎士道と言うのは『余りにも粗暴な騎士の振る舞いを正すために作られた』と言う起源を持つの。つまり騎士とは元来、粗暴にして悪辣でよろしい」
……よろしくなかったから騎士道と言うものが指針として作られたのでは? と突っ込むのは野暮だろうか。
「……まぁ、あんたの心境もわからないでもないわ。無理強いするつもりは無い。その場合、アタシは独りで行くだけ」
「えッ」
「さて、聖剣に選ばれた高貴な御人。自分よりも幼い少女が危ない旅路に臨もうとする様を目の前にして、どう動くのが紳士的かしら」
……成程、僕の心境はわからないでもない、か。
薄々感じてはいたが、趣味の悪い。
「……紳士的に考えて、僕がどう動くべきか……」
なら、こちらにも考えがある。
「君のプランを全て君の御父様なりに暴露して、君を拘束してもらう!」
「愉快な芸人には報酬を支払うのが筋よね。鉛弾で構わないかしら」
「よしわかった。素敵なジュリ、この僕と一緒に魔王を暗殺しに行きませんか」
「あら、素敵な口説き文句ね。ええ、喜んで、そして謹んでお受けいたしましょう、素敵なロー」
喜んでいただけたなら幸いなので、その銃口を僕の喉元から離してもらえませんか。銃口で喉仏ぐりぐりするのやめて痛い痛い痛いから。
と言うかせめてその引き金を軽く押し込み気味な指だけでも外して? ねぇ? すごく恐い。
…………こうして、僕は聖剣を携え、魔王暗殺の旅に出向く事となったのだった。
応援ありがとうございます!
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