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海豹

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27 吸血鬼

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 ほんのりと香る土の匂い。
透き通るような綺麗な水が、ささやかな音を立てている。
美しい鳥の彫刻が噴水を囲むように並んでおり、その周りを赤い薔薇が華々しく咲き、優雅な空間を作り出している。
さっきまでの災難で曇った感情が、ここにいると浄化されていくような気がする。
ベンチに座りリラックスするなどと、悠長なことはしていられないが、あまりにも安息な地であり体が勝手に緩む。
集まった人々も皆、芝生に座り近くの人とたわいもない話で盛り上がっている。
「それにしても、奇遇ですね!」
「まさか、この三人が同じコミュニティールームに居合わせるなんて。」
巫さんが驚いたような口調で話し始めた。
「確かに、二千人近くいましたもんね。」
「ええ、私が数えた限り2086人でした。」
「え、!」
「あの人数をよくそんな簡単に数えましたね!」
まさか、あれほどの人を視覚だけで数えるなんて尋常じゃない。
「じゃ、亡くなった人の数も分かりますか?」
「ええ、それも数えましたね。」
「え、何人だったのですか?」
「237人です。」
「あの一瞬でそれだけの命が無くなったのですか。」
「ええ、でも、亡くなった人も悪いですよ。」
「始めに馬場司令が言ってましたよね、勝手な行動は許されないと。」
「だからって殺さなくても、」
人々が撃ち殺されるシーンがフラッシュバックし気分が悪くなる。
あまり思い出さないよう、その話は続けないようにした。
 すると、黙って下を向いていた朝陽が話し始めた。
「あの、ガベラが何かよく分からないんだけど一体なんなのか分かる?」
「ええ、分かりますよ。」
「教えてくれない?」
すると巫さんが表情を変えることなく説明を始めた。
「功治くんは知ってるかもしれませんが、日本政府はゲノム編集技術を用いて超人的能力を持つ人間を密かに生み出しているのです。」
「そして、それらの優秀な人材は政府が承認した教育施設へと送られ、ハイレベルな教育を施します。」
「そう言った教育施設から卒業した逸材が、政府が認めた宗教組織ガベラの中核的人材となりこの組織を構成してるんです。」
険しい表情をする朝陽が疑問を投げかける。
「じゃあ、この組織の有力者は皆、人並み外れた秀才ばかりってこと?」
「ええ、その可能性が高いです。」
「私と功治くんが通っていた沼座江中学校もその一つで、、、」
「え、幼馴染、?」
朝陽の表情が明らかに曇った。
巫さんと自分が同じ学校に通っていたことに嫉妬しているのだろうか。
そして、巫さんが深刻そうな顔をして話を続ける。
「松坂里帆。」
「彼女はこの世で最も危険とされる、コウモリの血清を投与され、欠損再生のため、トカゲの尻尾を再生させる遺伝子を組み込まれてたのでしょう。」
「よって、彼女は壮絶な力を手に入れ生き残りました。」
「ちょっと待ってよ、松坂里帆って誰?」
「松坂里帆はあの教祖の女性です。」
その瞬間、身体の中を、恐怖にも似た戦慄が走った。
「まさか、そんな、死んだって言ってましたよね、」
「ええ、私もあの教祖の女性を見るまでは死んだと思っていました。」
「それは、人違いということはないのですか?」
「いいえ、ありません。私は松坂里帆の姿形を一瞬でも忘れたことはありませんから。」
「ただ、血清の影響からか、人格が恐ろしく壊れているのが見て取れました。」
「あれは、かなり危険な状態です。」
「もはや狂人と言ってもいいくらいに。」
「いや、もっと適した言い方がありますね。」
「それは、ヴァンパイアです。」
「人の血や肉を主食とし、圧倒的な力を持つ神に近き存在。」
「いや、神というよりむしろ悪魔ですね。」
「待ってください。」
一つ疑問が生じたため発言する。
「松坂里帆は、沼座江中学校に通っていたのですよね?」
「なら、元から特異性を持っていたのでは?」
「ええ、その通りです。功治くん」
「元々、彼女はホープの中でもずば抜けた鬼才であり、S級ギフテッドとして政府から承認されていました。」
すると、朝陽が焦ったように話に入ってきた。
「ちょっと待ってよ、ホープとかギフテッドとか何を言ってるの?」
「大丈夫ですよ、朝陽さん、全て説明するので。」
朝陽は落ち着きを取り戻し、肩を引いた。
「ホープというのは政府が定めた能力階級です。」
「それは、S級、AA級、A級、B級、C級、D級の六階級で構成されています。」
「まず、ゲノム編集されていない通常者では、どれほど優秀であったとしてもC級を超えることはないでしょう。」
「S級に近くなるほど人数は少なくなり、Dに近くなるほど人数は多くなるピラミッド型の分布です。」
「特にS級は、一ランク下のA A級に天と地の差と言ってもいいほど能力差が激しく、言ってしまえば、最も神に近き人間離れした者たちです。」
「そして、そのS級に松坂里帆、彼女はコウモリ血清を投与される前から取得していました。」
「なら、現在の彼女はS級を超える異質な存在へと進化しているのでは?」
「ええ、その可能性も十分にあります。」
「彼女は、もう既に神の領域へと足を踏み入れているのかもしれません。」
「それは、まずいんじゃないですか?」
「まぁ、現段階では政府の総力で抑えられる抑制範囲にいるでしょうが、これからどうなるかはわかりません。」
「あと、今日私が確認した中で判断できた者たちのホープ階級を言っておくと。」
「開眼戦士筆頭の馬場司令はA級、作戦守備部隊筆頭の鬼頭もA級、そして、隣にいた刺青のデビル、エンジェル姉妹はA A級、端に立っていた宮木友恵も A A級で、その他周りを取り囲んでいた構成員たちはC~B級といったところでしょう。」
「え、巫さん宮木さんを知って、、」
「というか、その情報はどこで?」
「私はここに来る前、宗教組織ガベラについて、独自で調べ尽くしていたのです。」
「ただ、松坂里帆が教祖であったということは全く知りませんでした。」
「というか、むしろ生きていたことさえも。」
「なるほど、そうだったんですか。」
「あ、もう一つ言っておくと功治くん。」
「あなたもS級です。」
「えーー!!」
自分の驚いた声が隣に座る朝陽の驚き声によって消された。
「え、功治が?」
「巫さんどういうこと?」
「S級の中にも大きく能力差があり、その中でもずば抜けた能力を持つ四人は四天王と名付けられました。」
「その四天王の一人が功治くん、あなたです。」
「そして、残りの三人のうちの一人が松坂里帆です。」
「功治くん、あなたのアビリティーは絶大過ぎたため、身体がもたないと判断し、味覚以上という枷を掛けられました。」
「ただ、その枷が外れるとあなたは類を見ないほどの能力を発揮します。」
「功治くん、」
「あなたも気付きましたよね?」
「あれだけの肉の量で、あそこまで超越した能力を出現させたのですから。」
「まさか、自分がS級だなんて、考えられないです。」
「しかし、それが事実です。」
「そんな、」
自分自身も驚きを隠せなかったが、それと同様かそれ以上に朝陽が動揺しており、別の生き物を見るような目で自分を見てくる。
「ちなみですけど、巫さんは、?」
「あ、私のホープ階級ですか、?」
「私は、 A A級です。」
「最高傑作のあなたには到底及びませんよ。」
にこりと微笑み、目を合わせてくる巫さん。
情報量が多過ぎて、気持ちが追いつかず未だ呆気に取られていた。





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