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3.体育館うらで見守りたい

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 小学生のときにサッカー部だった聖也くんがなぜだかバスケットボール部に入部した。
 ひとごとながら、いまだ、わたしはすべてを理解できてはいない。

 中学校へ入学してから一週間はいろんな部活を見学して、じっくり考えてもいいことになっていた。
 そんなとき、聖也くんがバスケットボール部に仮入部したとの情報をキャッチした。
 美涼ちゃんをさそい、女子バスケットボール部を見学するふりをして体育館にいってみると、聖也くんはすでに体操服を着て男子バスケ部員の一員であるかのようにドリブルを練習していた。

「これは本気だ……」
 とおもわずつぶやいてしまったわたしに、聖也くんとおさななじみの美涼ちゃんまでもが信じられないとつぶやいた。

 サッカー部でのポジションはミッドフィールダーだった。
 ゴールをねらうというよりは、パスをまわしていく役割なのだけど、それでもチームの中では二番目くらいに得点をあげている。
 中学生になっても活躍できるくらいには上手なのに、なんで方向転換してしまったのかわからない。

 もしかして女子バスケットボール部員の中に好きな子がいるんじゃ……とかんぐってしまうのは、わたし自身、バスケ部に入って聖也くんのことを見ていたいと、一瞬、頭をよぎったからだった。
 そう、一瞬だけ。

 すぐさまその選択肢を外したのは、女子バスケットボール部は地域でも有名な強豪チームで、本気すぎる練習と勝たなければならないという使命感についていけそうにはないから。
 それに、小学生のころミニバスケットボールをやっていなかったわたしが今さら入部しても、ただのおにもつになるだけ。
 やめたらいいのにという冷ややかな視線をあびながら、平然と続けられる自信もない。

 だったら男子のマネージャーをやればと美涼ちゃんはいうが、なにをやるのもうち向きなわたしにそんな度胸だってあるはずもない。

「ない、ない、ないって、ないないづくしじゃなにも進まないよ?」
 美涼ちゃんにすごまれて、うっかり一歩を踏み出そうとしてしまったが、あわてて頭を振った。
「だって、あからさますぎるよ、マネージャーなんて。絶対バレるし、聖也くんからしたら重すぎるじゃん」
「考えすぎだと思うけどな」

 いいのだ、わたしはそれでも。
 調理クラブというはるか遠い惑星から、美涼ちゃんが発信する情報を拾い集めているだけでも。

 待っていれば、偶然聖也くんに近づけるという幸運が、ほんのたまにだけどやってくる。
 そういうときは背中に聖也くんを感じながら耳をすませる。

 そうじの時間、ぞうきんをゆすいでいると、サッカー部の男子と聖也くんが話している声が聞こえてきた。
 これはチャンスだ。
 その場にとどまる理由をつくらねばと、石けんまでつけてぞうきんのよごれをごしごしと洗い落としていた。

「なんでサッカー部に入らなかったんだよ」
 わたしが疑問に思っていたことをストレートに聞いていた。
 小学生のころからいっしょにサッカーをやってきた彼も、ふに落ちていなかったらしい。
 ということは、サッカー部の誰かとケンカしていづらくなったとか、そういうことではないんだなと、いくらかほっとした。

「サッカーがきらいになったの?」
「そういうことじゃないよ。別のこともやってみたかったし。いっしょにサッカーやってたやつらともこれまでどおり仲良くできるし、ほかの部活に入れば、またちがったつながりができるじゃん」
「なんか、よくわかんない理由だな」

 わたしにもよくわからなかった。
 聖也くんには聖也くんなりの理屈があるのだろう。
 男子バスケ部は女子とはちがって、廃部寸前なほど部員数が少なく、練習試合の相手チーム探しが難航するような弱小チームだ。
 強いからよいというのではないけれど、やりがいならサッカー部のほうがえられるはずだった。

 とはいえ、いままでやってきた得意な道からはずれて、ちがう方向へそれるのはたいへんな勇気だ、わたしにとっては。
 部活をやってれば連帯感がうまれて自然と仲良くなって、今までつながりのなかった友達が増えていくにしても、そのためにバスケ部に入る感覚はわたしとはズレている。

 それでも聖也くんはきらめいた存在だ。
 たとえ、そのうらに違う理由がかくされているのだとしても、きっぱり自分が思った道を選択して進んでいけるのはうらやましくもあった。

 聖也くんがうちのクラスの前を通りかかったとき、教室にいたバスケ部員に声をかけて連れ立っていくようすをみていると、新しい仲間ともうまくいき、練習にも熱心に参加しているようだった。

 わたしの応援は聖也くんには届いていないが、わたしはそれ以上のことは望んでいない。
 気持ちを伝えたいとか、振り向いてほしいとか、そんな自分勝手、聖也くんだって迷惑だろうから。
 だから、わたしはこれでいい。
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