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第5話
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「……チッ。王宮からの呼び出しだ」
その日の午後、ガルド様は不機嫌そうに舌打ちをした。
俺のデスク(檻の中)に身を乗り出し、名残惜しそうに俺のシャツの袖を指で摘んでいる。
「薫、行きたくない。ここにいたい」
「行ってください。国王陛下ですよ? 国家反逆罪になりますよ」
「だが……俺が離れている間に、誰かが君の匂いを嗅いだらどうする?」
「そんな物好きな人間、あんただけです」
俺は駄々をこねるS級冒険者の背中を押し、なんとか執務室から送り出した。
嵐が去った後のような静寂。
俺は久々に、大きく息を吐いた。
「はぁ……。自由だ……」
ガルド様がいないだけで、空気が軽い。
常に背後から「スゥーッ」という呼吸音が聞こえない環境が、これほど快適だったとは。
俺は凝り固まった肩を回し、溜まっていた雑用を片付けるために部屋を出た。
◇
向かった先は、地下にある資材倉庫だ。
ポーションの在庫チェックという地味な仕事だが、今の俺には天国のような孤独作業だ。
……はずだったのだが。
「おい、そこの事務員」
倉庫の奥で、行く手を遮る影があった。
派手な装備に身を包んだ三人組。
見覚えがある。A級パーティー『雷光の牙』のメンバーだ。ガルド様の熱烈な信奉者としても知られている。
「……何でしょうか」
「お前だろ? 最近、ガルド様の執務室に入り浸ってる腰巾着は」
リーダー格の男が、俺の胸ぐらを掴んで壁に押し付けた。
酒臭い息がかかる。
「い、入り浸ってるというか、仕事で……」
「黙れ! 俺たちですらガルド様への謁見は許されないのに、なんで魔力もないゴミが横にいるんだ!」
「枕営業か? あぁ?」
下卑た笑い声が響く。
怖い。
暴力への恐怖と、理不尽な侮辱への怒り。
俺の心臓が早鐘を打ち、嫌な汗が背中を伝うのがわかった。
(助けて……)
無意識に、あの大きな背中を求めてしまう自分がいた。
でも、彼は今、王宮にいる。ここにはいない。
「なんか言えよ、無能が!」
男が拳を振り上げた、その時だった。
ドンッ!!
倉庫の鉄扉が、紙切れのように吹き飛んだ。
「――っ!?」
全員が動きを止める。
舞い上がる埃の向こうから、絶対零度の冷気をまとった「王」が歩いてきた。
「ガ、ガルド様……!?」
男たちが歓喜の声を上げる。
だが、ガルド様は彼らを一瞥もしなかった。
その瞳は、深淵のように暗く、底知れない怒りに満ちていた。
「……臭い」
ガルド様が低く呟いた。
「え?」
「どけ。……そこは俺の場所だ」
ガルド様は瞬きする間に男たちの間をすり抜け、俺の前に立った。
そして、俺の肩を抱き寄せると、狂ったように俺の首筋に鼻を押し付けた。
「ガ、ガルド様? 会議は……」
「抜けてきた。……急に君の匂いが変わったからな」
「はい?」
「『苦い』んだよ……! 恐怖とストレスで、君の甘い香りが濁っている……!」
ガルド様は俺の汗ばんだうなじを舐めるように嗅ぎ、ギリリと歯軋りをした。
「誰だ。……俺の極上の空気を汚したのは」
ガルド様がゆっくりと振り返る。
その殺気に、A級冒険者たちは腰を抜かしてへたり込んだ。
「ガ、ガルド様、俺たちはただ、こいつが相応しくないと思って……」
「黙れ。息をするな」
ガルド様は汚いものを見る目で彼らを見下ろし、ハンカチで鼻を押さえた。
「貴様ら……自分がどれだけ悪臭を放っているか自覚はあるのか? 嫉妬、慢心、欲望……。腐ったドブ川のような臭いだ」
「あ……う……」
「その汚い息が、薫にかかるだろうが!!」
ドォォォンッ!!
ガルド様が床を踏み抜いた。
直接的な攻撃ではない。
ただ、圧倒的な「魔力による威圧」が、物理的な重圧となって彼らを襲ったのだ。
「ひぃぃッ!?」
「許して……!」
「失せろ。二度と俺の『酸素』に近づくな。……次はないぞ」
冷徹な宣告。
男たちは泡を吹いて気絶するか、半狂乱になって逃げ去っていった。
静寂が戻った倉庫で、ガルド様は再び俺に向き直った。
「……すまない、薫。怖かったか」
先ほどまでの修羅のような表情が消え、痛ましいものを見るような目になる。
大きな手が、俺の頭を優しく撫でた。
「……少し、怖かったです」
「そうか。……匂いを、戻さなければな」
ガルド様は俺を強く抱きしめ、俺の頭を自身の胸に埋めさせた。
「深呼吸しろ。俺の匂いで、嫌な記憶を上書きするんだ」
「……ガルド様の匂いなんて、鉄と汗の匂いしか……」
俺は憎まれ口を叩きながらも、その胸に顔を埋めた。
不思議と、嫌な匂いではなかった。
微かに香る高価な香油と、陽だまりのような体温。
ドキドキと高鳴っていた心臓が、ゆっくりと落ち着いていく。
「……落ち着いたか?」
「……はい」
「なら、次は俺の番だ」
ガルド様はニヤリと笑うと、俺の耳元に唇を寄せた。
さっきまでの優しい雰囲気はどこへやら、そこには「飢えた獣」がいた。
「ストレスで変質した『苦い』匂いも……これはこれで、刺激的で悪くない」
「は?」
「スパイスが効いている。……少し、味見させてくれ」
「ちょ、倉庫! ここ倉庫だから!!」
ガルド様は聞く耳を持たず、俺を資材の木箱の上に押し倒した。
会議をサボってきた英雄による、濃厚すぎる「味見」が始まったのは、言うまでもない。
その日の午後、ガルド様は不機嫌そうに舌打ちをした。
俺のデスク(檻の中)に身を乗り出し、名残惜しそうに俺のシャツの袖を指で摘んでいる。
「薫、行きたくない。ここにいたい」
「行ってください。国王陛下ですよ? 国家反逆罪になりますよ」
「だが……俺が離れている間に、誰かが君の匂いを嗅いだらどうする?」
「そんな物好きな人間、あんただけです」
俺は駄々をこねるS級冒険者の背中を押し、なんとか執務室から送り出した。
嵐が去った後のような静寂。
俺は久々に、大きく息を吐いた。
「はぁ……。自由だ……」
ガルド様がいないだけで、空気が軽い。
常に背後から「スゥーッ」という呼吸音が聞こえない環境が、これほど快適だったとは。
俺は凝り固まった肩を回し、溜まっていた雑用を片付けるために部屋を出た。
◇
向かった先は、地下にある資材倉庫だ。
ポーションの在庫チェックという地味な仕事だが、今の俺には天国のような孤独作業だ。
……はずだったのだが。
「おい、そこの事務員」
倉庫の奥で、行く手を遮る影があった。
派手な装備に身を包んだ三人組。
見覚えがある。A級パーティー『雷光の牙』のメンバーだ。ガルド様の熱烈な信奉者としても知られている。
「……何でしょうか」
「お前だろ? 最近、ガルド様の執務室に入り浸ってる腰巾着は」
リーダー格の男が、俺の胸ぐらを掴んで壁に押し付けた。
酒臭い息がかかる。
「い、入り浸ってるというか、仕事で……」
「黙れ! 俺たちですらガルド様への謁見は許されないのに、なんで魔力もないゴミが横にいるんだ!」
「枕営業か? あぁ?」
下卑た笑い声が響く。
怖い。
暴力への恐怖と、理不尽な侮辱への怒り。
俺の心臓が早鐘を打ち、嫌な汗が背中を伝うのがわかった。
(助けて……)
無意識に、あの大きな背中を求めてしまう自分がいた。
でも、彼は今、王宮にいる。ここにはいない。
「なんか言えよ、無能が!」
男が拳を振り上げた、その時だった。
ドンッ!!
倉庫の鉄扉が、紙切れのように吹き飛んだ。
「――っ!?」
全員が動きを止める。
舞い上がる埃の向こうから、絶対零度の冷気をまとった「王」が歩いてきた。
「ガ、ガルド様……!?」
男たちが歓喜の声を上げる。
だが、ガルド様は彼らを一瞥もしなかった。
その瞳は、深淵のように暗く、底知れない怒りに満ちていた。
「……臭い」
ガルド様が低く呟いた。
「え?」
「どけ。……そこは俺の場所だ」
ガルド様は瞬きする間に男たちの間をすり抜け、俺の前に立った。
そして、俺の肩を抱き寄せると、狂ったように俺の首筋に鼻を押し付けた。
「ガ、ガルド様? 会議は……」
「抜けてきた。……急に君の匂いが変わったからな」
「はい?」
「『苦い』んだよ……! 恐怖とストレスで、君の甘い香りが濁っている……!」
ガルド様は俺の汗ばんだうなじを舐めるように嗅ぎ、ギリリと歯軋りをした。
「誰だ。……俺の極上の空気を汚したのは」
ガルド様がゆっくりと振り返る。
その殺気に、A級冒険者たちは腰を抜かしてへたり込んだ。
「ガ、ガルド様、俺たちはただ、こいつが相応しくないと思って……」
「黙れ。息をするな」
ガルド様は汚いものを見る目で彼らを見下ろし、ハンカチで鼻を押さえた。
「貴様ら……自分がどれだけ悪臭を放っているか自覚はあるのか? 嫉妬、慢心、欲望……。腐ったドブ川のような臭いだ」
「あ……う……」
「その汚い息が、薫にかかるだろうが!!」
ドォォォンッ!!
ガルド様が床を踏み抜いた。
直接的な攻撃ではない。
ただ、圧倒的な「魔力による威圧」が、物理的な重圧となって彼らを襲ったのだ。
「ひぃぃッ!?」
「許して……!」
「失せろ。二度と俺の『酸素』に近づくな。……次はないぞ」
冷徹な宣告。
男たちは泡を吹いて気絶するか、半狂乱になって逃げ去っていった。
静寂が戻った倉庫で、ガルド様は再び俺に向き直った。
「……すまない、薫。怖かったか」
先ほどまでの修羅のような表情が消え、痛ましいものを見るような目になる。
大きな手が、俺の頭を優しく撫でた。
「……少し、怖かったです」
「そうか。……匂いを、戻さなければな」
ガルド様は俺を強く抱きしめ、俺の頭を自身の胸に埋めさせた。
「深呼吸しろ。俺の匂いで、嫌な記憶を上書きするんだ」
「……ガルド様の匂いなんて、鉄と汗の匂いしか……」
俺は憎まれ口を叩きながらも、その胸に顔を埋めた。
不思議と、嫌な匂いではなかった。
微かに香る高価な香油と、陽だまりのような体温。
ドキドキと高鳴っていた心臓が、ゆっくりと落ち着いていく。
「……落ち着いたか?」
「……はい」
「なら、次は俺の番だ」
ガルド様はニヤリと笑うと、俺の耳元に唇を寄せた。
さっきまでの優しい雰囲気はどこへやら、そこには「飢えた獣」がいた。
「ストレスで変質した『苦い』匂いも……これはこれで、刺激的で悪くない」
「は?」
「スパイスが効いている。……少し、味見させてくれ」
「ちょ、倉庫! ここ倉庫だから!!」
ガルド様は聞く耳を持たず、俺を資材の木箱の上に押し倒した。
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