伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン

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第6話

​「……終わった」


​翌朝。
俺、三上薫は、ギルドの窓から外を見て絶望していた。
​ギルドの周囲を、きらびやかな鎧に身を包んだ集団が取り囲んでいる。
王宮騎士団だ。しかも、近衛師団と呼ばれる精鋭部隊だ。
彼らは槍を構え、殺気立っている。
​「ガルド・ベルンシュタイン!! 直ちに出頭せよ!! 昨日の勅命無視、もはや看過できんぞ!!」
​拡声魔法による怒号が響き渡る。
俺はガクガクと膝を震わせ、振り返った。
​「ガルド様! どうするんですか! 包囲されてますよ!」
「……うるさい」
​当の英雄は、俺の執務室のソファでくつろいでいた。
いや、正確には俺の予備のパーカー(洗濯済み)を顔に被り、その布越しに深く呼吸を繰り返している。
​「スゥーッ……。柔軟剤の奥にある、君本来の体臭……。このパーカーには、君が三回着用した分の歴史が詰まっている……」
「現実逃避してないでください! 打ち首ですよ!?」
「大丈夫だ。君の匂いがあれば、騎士団ごと消し飛ばせる」
「やめて! 国が滅ぶ!」
​その時。
ドォォォンッ!
執務室の扉が、魔法によって吹き飛ばされた。
​「ひぃっ!?」
​土煙の中から現れたのは、豪奢なマントを羽織った初老の男性。
そして、その後ろに控える強面の騎士たち。
​「国王陛下!?」
​俺は反射的に土下座した。
嘘だろ。国王自ら乗り込んでくるなんて。
ガルド様、あんた一体どれだけ重要な会議をブッチしたんだ。
​「面を上げよ」
​威厳ある声。
俺がおそるおそる顔を上げると、国王陛下は眉間に深い皺を寄せてガルド様を睨みつけていた。
​「ガルド。……余の呼び出しを無視するとは、いい度胸だ」
「陛下。ご機嫌麗しゅう」
​ガルド様はパーカーを顔から外し、悪びれもせず座ったまま挨拶した。不敬すぎる。
​「戯言はいい。……貴様、魔力中毒で死にかけていたはずだが?」
​国王の目が、ガルド様を値踏みするように細められた。
​「顔色が良すぎるな。魔力の乱れもない。……一体、どんな禁術を使った?」
「禁術など使っておりません」
​ガルド様は立ち上がり、すっと俺の横に来た。
そして、俺の肩を抱き寄せる。
​「ここに、『特効薬』があるだけです」
「……その男がか?」
​国王の視線が俺に突き刺さる。
「ただの貧相な事務員に見えるが」という心の声が聞こえてきそうだ。
俺もそう思います。
​「はい。彼の匂いを嗅ぐだけで、私の魔力は浄化されます」
「馬鹿な。そんな都合の良い話があるか」
「疑うのであれば……証明しましょう」
​ガルド様はニヤリと笑うと、俺に向き直った。
​「失礼、薫」
「えっ、ちょ、何す――」
​ガルド様の手が、俺のワイシャツの裾に伸びる。
そして、一気に捲り上げた。
​「うわぁっ!?」
​俺のあばら骨が浮いた貧相な腹が、白日の下に晒される。
国王陛下の前で生腹!? 恥ずかしすぎる!
​だが、ガルド様は躊躇なかった。
俺の腹に、顔を埋めた。
​「スゥーーーーーーーーーーーーーーッ………………」
​静まり返った執務室に、英雄の肺活量をフル活用した吸引音が響く。
​「んんっ……! 腹の匂いは……格別だ……! 内臓の温かさと……へそのゴマの……野生的な香りが……!」
「解説するな!!」
​俺はガルド様の頭をポカポカ殴ったが、岩のように動かない。
ガルド様はさらに顔を擦り付け、俺の腹肉を吸うように呼吸を続ける。
​すると、どうだろう。
ガルド様の体から立ち上っていた荒々しい魔力が、見る見るうちに黄金色に澄み渡っていくではないか。
まるで、汚れた水が濾過されるように。
​「な……!?」
​国王陛下が目を見開いた。
騎士たちもざわめき始める。
「馬鹿な……魔力が安定している……」「聖女様の浄化魔法以上だ……」
​一分ほど俺の腹を堪能した後、ガルド様は満足げに顔を上げた。
口元には、うっすらと俺の汗(?)がついている。
​「……ご覧の通りです、陛下。彼がいないと、私はただの殺戮兵器に戻ってしまう」
「……」
​国王陛下は沈黙した。
そして、俺の腹と、満足げなガルド様を交互に見比べ――深くため息をついた。
​「……理解した」
「陛下?」
「ガルド・ベルンシュタイン。貴様の処分は保留とする」
​国王陛下は俺を指差した。
​「その代わり……この者、三上薫を『国家重要戦略物資』に指定する」
​「はい?」
​俺の耳がおかしくなったのだろうか。
今、人間扱いじゃない単語が聞こえた気がする。
​「本日より、三上薫は王国の管理下に置く。ただし、その運用権限はガルド、貴様に一任する」
「賢明なご判断です」
「三上よ」
​国王陛下が、慈悲深い(というより諦めたような)目で俺を見た。
​「国のためだ。……諦めて、その変態の『酸素ボンベ』として生きてくれ」
「陛下ぁぁぁぁッ!!」
​俺の嘆願は無視された。
騎士たちが「敬礼! 人間空気清浄機殿!」と一斉に俺に敬礼する。
違う。
俺は事務員だ。
こんな、おっさんの鼻息で湿った腹を晒している場合じゃないんだ。
​「良かったな、薫。これで公認だ」
​ガルド様が満面の笑みで俺を抱きしめる。
​「これからは、堂々と街中で君を吸えるぞ」
「嬉しくない!!」
​こうして、俺は名実ともに、この国の「英雄専用の安定剤」として登録されてしまったのだった。
俺の人権は、ガルド様の鼻腔の中に消えた。
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